「続く先に、 」
後編
きっかけこそ些細なことだった。
けれど、そこから互いに芋蔓式にアレもコレもと文句を言い続け、しまいには相手を非難し罵倒していた。
土方の言った言葉は銀時を傷つけ、銀時の放った言葉は土方を傷つけた。
それ以来二人っきりでは会っていない。
初めのうちは謝ろうと思っていた。けれど、こっちから折れたら負けだ…というつまらないプライドが働いて。
自分から謝るのはごめんだ。けど、どうか謝りに来てほしい。
何度そう思っただろう。
相手を嫌いになったわけではない、互いに言葉が過ぎただけ。
少し時間をおいて、お互いに頭が冷えればまた元に戻るとのんきに構えているうちに時間ばかりが経った。
そのうちにいまさら謝るのもおかしいのでは?と思われるほど時はたち。
何食わぬ顔をして話しかけてみようか…なんてずるい考えが浮かぶ頃には。
もう、銀時は自分のことなんてなんとも思っていないかも…。そんな不安がよぎり始めた。
『仲直りしようぜ。』なんて持ちかけたら。
『仲直り?ああ、はいはい、仲直りね。いいよ。…けど、もう今更恋人同士なんてものには戻れないぜ』そんな風に薄笑いを浮かべて言われそうで。
だったらこのままで。…いつかは、仲直りができるんじゃないか…なんてどこかに望みをつないだままの関係の方がまだましだ…と思えて。
最近は。町で会うと、誰かが間にいれば言葉を交わすことすらある。(とは言っても『ああ』とか『そうか』とかその程度だったが)
元々喧嘩ばかりの二人だったから、他人の目からは仲の悪い二人としか見られていなかっただろう。
そのせいで、逆に『この頃は喧嘩をしなくなりましたね』なんてまるで仲が良くなったかのように言われる矛盾がさらに土方を動けなくする。
付き合っていたころから、結婚というような誰にでも分かる形で収まることはできないことは分かっていた。
だから家族という形ではなくとも、つかず離れず。何かあれば行き来し、時に喧嘩し、時に酒を酌み交わし、時に肌を合わせ…。
そんな風にずっとやっていけたらいいと思っていた。
けれどそれは、ただ土方にとって都合の良い言い分なだけで、銀時はそうは思っていなかったのかもしれない。
だとしたら…。
あの時喧嘩をしなかったとしても、いつかは、やはり別離が来たのかも知れない。
そんな考えは、土方の心を掻き乱したが、ほんの少しだけ慰めた。だったら仕方ないじゃないか…と。
多分もう、銀時を追い、いつか振り返ってはくれないか…と、求め続けることに疲れてしまったのだ。
だからだろうか?
断りづらかったのは確かだが、断れなかったわけじゃないのに見合いを受けてしまったのは…。
はあ。と溜息をついて、見合い写真をしまおうと目を上げた時。
ふと、障子の向こうに有る潜む人の気配に気がついた。
「?」
殺気はないので『敵』ではないのだろう。
けれども真選組の誰でもないような気がする。
相手も土方が気がついたことが分かったのか、そっと障子が開いた。
「………お前…。」
障子の隙間から滑り込んできたのは銀時だった。
なんで…?
とっさに言葉の出ない土方をよそに、そっと障子を閉めた銀時は土方の目の前まで来た。
銀時は今までに見たことのない顔をしていた。
普段のやる気のないゆるい顔でもなく、ごくごくたまにしか見れない煌めいた眼をする時とも違う。
怒っているのでも、笑ったり喜んだりしているのとも勿論違う。
無表情といっていいような、感情というものをどこかに落してきたような顔をしていた。
「………それが見合い写真?」
「………え?」
「へえ、美人じゃん。」
土方の手から写真を取り上げ、一瞥するとそのままぽいと返してきた。
「………そうか…?」
「顔じゃないです…ってか。性格ですよ…ってことですか。」
「はあ?」
写真を封筒にしまい机の上に戻しながらも、訳が分からず首を傾げる土方。
そもそもなぜ銀時がここにいるのか?そのスタートラインからよく分かってない。
「今日、新八がお宅のジミーに会って、結婚話を聞いてきた。」
「………山崎の奴。」
会った時に万事屋の子供たちの話だけではなく、こちらの話も披露してきたらしい。
「まだ噂にもなってないよね。」
「………っていうか…。」
「正式発表とかすんの?記者会見とかしちゃったりするわけ?金屏風の前で二人並んで、指輪とか見せちゃって。」
「……おい、」
「プロポーズの言葉とかって?子供は二人くらいがいいです〜なんて。」
「万事屋。……お前…どうかしたのか…?」
「どうかしたか…って?ええ、もう。どうかしちゃってますよ。あの日からずっとね!」
「…あの日…って…。」
「お前にとっちゃなんてことなかったのかもしれないけど、俺にはお前といられる時間はすっげえ幸せだったんだよ!そりゃお前は真選組第一で、畜生なんて思ったこともあったけどさ。そんでも仕事を取っちまったお前なんてお前じゃねえって思ってたし。会える時間が少なくたって会えた時にいっぱいイチャイチャすればいいやってさ。だけど、なんかそう言うのを態度に出すとがっついてるみてえでみっともないんじゃね、なんてどうでもいい見栄張っちゃったりしてさ。挙句、下んねえことで喧嘩しちまって。何かすぐに謝りに行ったら負けたみたいな気がして謝る事もできないし。一緒にいたいと思ってんのは俺だけなんじゃねえの?とか考えだしたら、もう動けなくなっちゃってさ。ああ、土方謝りにきてくんねえかな?なんて思ってるうちに時間ばっかりたって。あれ、これ、俺振られた?みたいな。もう土方は俺のことなんて何とも思ってねえから仲直りなんてできなくていいと思ってんの?なんて思い始めたらさらに何にもできなくなっちゃってさ。それでも土方が一人身のうちは、まだもしかしたらいつか仲直りできて元の鞘に収まれるんじゃね?みたいに心の隅っこで淡い期待なんかしちゃってたんだけど、今日土方が結婚するって聞いたら居ても立ってもいられなくなって。取り返すのは今しかねえんじゃねえか…って。いやもう、取り返すも何も遅いのかも知んないけどさ。」
ろくに息継ぎもせずに一気にまくしたてる銀時を、相変わらず口のよく回る奴だなあと土方は感心した。
そして、どこまで自分たちは似ているのか?とちょっと呆れた。
「………何だよその顔。俺が真剣に話してんのに…。」
「呆れただけだ。」
「ちょ、ひど…。」
「お前にじゃない。…いや、お前と俺とに…だ。」
「え?」
「いくら似た者同士だって言ったって、そんなに似てなくてもいいのにな。」
「…土方?」
「俺も同じことを思ってた。いつか仲直りできんじゃねえか…って。けど、最近は少し諦め始めてた…。」
「だから、結婚すんの?」
「誰が結婚するなんて言ったんだよ。」
「へ?」
「この間1回会っただけだ。」
「ええええええ!?」
「断りづらい相手だったからな。」
「じゃ、結婚すんの?」
「………まだ、決めてねえ。」
「………迷う…ってことは、結婚しても良いとも思ってる…ってこと?」
「……いや…ただ…。」
この一言を言うのは、激しく恥ずかしい。
けれど、土方が結婚するという話を聞いて屯所まで来てくれた銀時の勇気に比べたら、たった一言自分の気持ちを吐露するくらいなんでもないことのような気がした。
「………ただ、お、お前と…お前と一緒にいられないんなら、結婚相手なんて誰でも一緒だと…思…。」
最後まで言い切らないうちに、強い力で抱きしめられた。
久しぶりの銀時の腕。
少し甘いような銀時の匂い。
なんで諦められるなんて思ったのだろう。
抱きしめられただけで、鼓動が跳ねまわるほど好きなのに。
そっと銀時の唇が土方の頬を滑る。
「………ん…。」
重なり合った唇は、もう何年も触れ合っていなかったのが嘘のようにしっくりと馴染む。
余りの心地良さに、何度も何度も角度を変えてキスを交わす。
はあ…。
二人して息が上がったころ、漸く唇を離した。
「………なあ。」
銀時がこちらを窺うように声を上げた。
いつだってこちらの都合を優先してくれる。
そんな銀時の優しさを、土方のことなんて大して好きでもないのではないかと邪推したこともあったけれど。
先ほど銀時は言ったではないか。
『真選組第一で畜生と思った』とか、『だけど仕事をとったお前はお前じゃない』とか。
土方が考えていたよりも、土方の深い部分をきちんと理解してくれていたのだ。
その上で土方十四郎という人間を好きになってくれていた。
ちらりと机の上を見た。
書類が山積みになっているのはいつものことだけれど、特に急ぎのものはなかったはずだ。
仮にあったとしたって、今この状態で冷静に仕事ができるとは思えなかった。
「………隣へ…。」
襖の向こうは土方の私室になっている。
この部屋は仕事用で基本的に誰でも出入り自由になっているが、私室への出入りは制限されている。
以前も何度かここへ忍んできたことのある銀時はそれを知っていた。
「ん。」
もう二度と離さないとばかりに、土方が部屋の電気を消している間も隣室へと移動する間も銀時はずっと腕を掴んでいた。
もう大丈夫だと、何があったって離れるつもりなんかないのだと。だからもう不安がる必要などないのだと…どうしたら伝えられるだろう?
土方はそっと銀時の髪に指をさしいれた。
柔らかい気に入りの手ざわり。
今度は土方の方から唇を求めれば、そのまま布団の上にもつれ合うように倒れた。
慌ただしく服を脱ぎ、じかに肌を触れ合わせれば、幸福感にクラクラする。
「………結婚、………するの…?」
土方の体をゆっくりと堪能するように撫で回しながら、銀時が聞く。
「………男同士は…結婚、できねえんじゃ ねえのか…。」
乱れた呼吸の合間にそう言えば、そうだったね、と嬉しそうに笑う。
ああ、こいつが笑った顔を見たのは、いったいどれくらいぶりだろう…?
土方が苦しんでいた間、銀時も同じように辛かったのだろうか。
抱き寄せて、その脊に腕を回すと二人の体がピタリと重なる。
首筋に銀時の唇を感じながら熱い息を吐いた。
馬鹿な二人はきっとまた下らないことで喧嘩をするだろう。
けれど、今度は間違わない。
つまらないプライドだとか見栄だとか。そんなことよりも、大切なものがある。
『ごめん』と言って『好きだ』と伝えれば、それだけでどうしても無くせないものが手に入るのなら。
みっともなく足掻くことだって、きっとそれほど悪くない。
20100509UP
END