年賀状ラプソディー
(第294訓その後…的な…)
「よう。」
町中で、土方が銀時に呼び止められたのは、確かもう2月に入ってからだった。
なんやかやと縁のある真選組と万事屋。
顔を合わせれば言葉を交わすくらいのことはするが、二人の場合は『言葉を交わす』というよりは『喧嘩』の方が多い。
しかもたいていは、どちらかが身内の誰かを連れていることが多く。こうして二人だけで顔を合わせ、しかも喧嘩腰ではない…というのはかなり珍しい状況だった。
「んだよ?」
せっかく穏やかな空気なのだから、何も無理に険悪にしなくてもいいだろうと、土方がただ言葉を促せば。
う〜〜〜、とか、あ〜〜、とか、しばらく唸っていた銀時がその懐から1枚の紙を取り出した。
「こ、こ、これ、遅くなっちゃったんだけどさ。」
「?」
土方に紙を押し付けるように渡すと、そのままそそくさと行ってしまった。
「あ、おい?万事屋!?」
一体何なんだ?と手元を見れば………。
「…年賀状?」
初めに言ったとおり、もう2月も過ぎている。何なんだ?今頃?
しかも。
筆ペンで書かれたと思われる文字は『あけましておめでとうございます』
宛名に『土方十四郎様』 差出人に『坂田銀時』
………これだけかよ。
溜息をつきつつ、どこかに隠されたメッセージとか暗号とかがあるんじゃないかと何度もひっくり返してみたけれど、どうやら何もないらしい。
銀時の意図がさっぱり分からない。
…分からないけど…。
土方はそれを隊服のポケットにそっとしまった。
そして、その数日後。
「副長〜、こんなのが届いてますよ?」
「何だ?………年賀状?」
「今2月だってのに。…相変わらず独特な感じで生きてますよね、万事屋の皆さんは。」
手渡されたはがきを見れば『大河「龍馬伝」を銀魂は全力で応援しています』
「………。」
「………。おい、年賀状……か?」
「はあ、まあ、一応年賀はがきに印刷されてるんで…。」
見れば筆ペンで書いたと思われる文字を印刷したものだった。………アレ?
「俺も貰ったんですよ。一応書いて出したんで。」
そう言って山崎が見せるのは、宛名だけが違う同じ文章。
「副長も出してたんですね。」
「一応、近藤さんの所在を知らないかと思ってな。」
近藤の意中の女性に一番近い位置にいるのが万事屋の面々だから、一時行方不明だった上司の所在を聞いても不自然じゃないはずだ。
年賀状を出した当時に、心の中で必死に繰り返した言い訳をもう一度繰り返す。
「沖田隊長や、近藤局長のところにも同じものが来てましたよ。案外みんなマメなんだなあ。」
そう言って山崎は、残りのはがきを渡すために部屋を出て行った。
確実に気配が遠のいたのを確認して、土方はそっと机の引き出しを開けた。
中には先日万事屋から貰ったはがきが入っていた。
筆ペンで書かれた文字は銀時本人が書いたものらしく、どちらのはがきも同じ筆跡だった。
けれど、直接手渡された方のはがきは、明らかに直筆だ。
………どういうことだ…?
『万事屋』から『真選組副長土方十四郎』宛ての年賀状は印刷で、同じものがたくさん配られていて。(宛名の几帳面な文字は新八のものだろう)
『坂田銀時』から『土方十四郎』宛ての年賀状は直筆で、たった1枚(か、ごく少数)で。
そこに何らかの意味が含まれているのだと、思いたがっている自分に苦笑する。
何らかの意味…って何だよ?
意味なんかあるわけがない。多分何となく気が向いただけだ。
そう言い聞かせているくせに。
銀時からの年賀状を再び大切に机の引出しにしまった。
「………………ない。」
ある日、ふと机の引き出しを開けてみると、いつもの場所にはがきがなかった。
土方の背中から冷たい汗が噴き出す。
慌てて引き出しの中をさらってみるが、見つからない。
書類の間に紛れてしまったのだろうか?
机の上に山と積み上がった書類を唖然と見る。
この、中…?
新しく積み上げられた書類の間にある訳はないので、古いものから恐る恐るめくって探すが、見つからない。
………どこだ?どこへ行った?
次第に手が焦ったものとなっていく。
「副長!」
「うわああ。」
突然かけられた声に驚いて手が滑った。
ざざざざ〜〜と書類の山が崩れる。
「わ、副長!?」
「手前!」
「お、お、俺のせいじゃないです〜。」
突然声をかけたお前が悪い!と言いたかったが、じゃあ、何で声をかけられて焦ったのか…の理由が説明できないので、仕方なく睨みつけるだけにする。
「で、…何だ?」
「あ、ああ、見回りの時間っすよ。」
「ああ、もうそんな時間か…。…今日は…総悟とだったな…。」
「はい。沖田隊長は、縁側で昼寝してますんで。」
「分かった。」
分かりづらいが、縁側など見つかりやすい場所で昼寝をしているのは、見回りに行く気でいるということだ。
ただ、最後まできちんと見回りをするのかといえば、そうはならないのが総悟なのだが。
案の定。見回りに出て、それほどしないうちに逃げられる。
ち。と舌打ちをしつつ、煙草の火をつけた。
いつもだったらもう少し必死に探すのだが、今日はそんな気になれなかった。
頭の中はなくなったはがきのことでいっぱいだ。
隊士たちには机の引出しの中は、決して見ないように言ってある。
重要書類や、局長印なんかが入っているからだが、誰かが開けたんだろうか?
あそこは総悟ですら滅多に開けないのに…。
………開けたのか?
いや、借りに見られたとしたってただの年賀はがきだ。しかも必要最低限のことしか書いてない。
そんなはがきをどうにかしようとは思わないだろうし、借りにあれで悪戯を思いついたのなら、先ほど顔を合わせた時に何か言って来ていただろう。
誰かが捨てた………?はずはない。
以前に重要書類を捨てられて大騒ぎになってからは、隊士たちには土方に捨てても良いものかどうか確認を取ってから捨てるように言ってある。
じゃあ、どこかいつもと違う場所に置いたのか?
最後に見たのはいつだったろうか?
仕事が立て込んで、自分でもに詰まってきたなあと思うようなとき。
真夜中に一人で書類整理をしていて、まだまだ終わらない書類の山を見て嫌になったとき。
そして。
………町中で、銀時の顔をずいぶんと見かけていないとき…。
そっと引き出しから出して、眺めている。
どこの乙女だよ…と自分でもあきれるが、誰に迷惑をかけているわけでもない。
うっかり同じ性別の男に惚れてしまって、苦悩したこともあったが。どうにもこの気持ちは消えないのだと悟ってからは、ずっと隠し通す覚悟を決めた。
だから…、貰ったはがきを眺めて癒されるくらいのことは許してほしい…。
そんなことを考えながら、巡回コースをたどっていると。ドン、と誰かとぶつかった。
「っ、すまねえ。」
「ああ、いや、……って多串くん?」
「よ、万事屋!?」
今まで考えていた本人が突然現れて、土方の心臓はドクンと跳ね上がった。
「何?ぼんやりしちゃって、そんなんで見回りになんの?そんなんだから税金ドロボーなんて言われんだぜ?」
普段通りの銀時の軽口に、返す余裕もない。
「ああ、悪かった。」
「へ?」
「………離せ…。」
ぶつかったはずみなのだろう、銀時が土方の手首を掴んだままでいた。
「あ、………ああ。」
離せと言ったくせに、銀時がすぐに手を離すとなんだか残念な気がして、どこまで勝手なんだと自嘲する。
口の中で小さくじゃあ、と言って逃げるようにその場を離れた。
「……ちょ、多串くん…?」
戸惑うような銀時の声に振り返ることもできずに屯所まで走って戻った。
部屋は、見回りに出た時のまま、書類が散乱していた。
自分で整理するから、と隊士たちに手をつけさせなかったのだ。
どこだ? どこだ? どこだ?
散乱した書類をひっくり返しながら探す。
きっとあのはがきが見つかれば、今日のようにぎくしゃくした態度を取らなくてすむ。
今までのように意地を張り合って喧嘩できる対等な関係に戻れる。
必死に書類の山を漁る土方は、部屋の前に隊士たちとは違う気配が潜んでいることに気がつかなかった。
しばらくして…。
「………っ!あ、あった!!」
何のはずみでか、古い書類の間に挟まっていたはがきをようやく見つけた。
大切に手に取り、ほっとして顔を上げた時。
初めてこちらを見る視線に気がついた。
「………っ。」
そこには、ここにいるはずのない人物、銀時が立っていた。
「な、お前、何、で、ここ に………。」
そしてはっと自分が持っているものに気づいて慌てて背中に隠す。
や、もう遅いけど。
「………。」
何やら複雑な顔をしている銀時は、書類が散らばっている部屋をぐるりと見回した。
そして、全然隠せてないはがきを後ろ手に隠し、はくはくと言葉の出ないでいる土方をじっと見た。
「なんかさっき様子が変だったからさ、気になって見に来ちゃったんだよね。
大丈夫、こっそり忍び込んだから誰にも気付かれてないしさ。
…にしても………。ああ、もう、何だよ、お前……。畜生、ストライク何ですけど!……」
普段なら、不法侵入で逮捕するぞくらいは言えるのに、頭が全く働かない。
銀時はそっと障子を閉めると、書類を避けつつ土方の目の前まで近付いてきた。
く、来るんじゃねえ。そう言いたかったけど、声にならない。
「ねえ、それ、そんなに大事?」
「っ。」
「なくしたら、仕事人間の多串くんが見回りも上の空になっちゃうくらい?」
「っ、ちが…。」
「部屋ん中こんなに書類ぶちまけちゃって、人が来ても気がつかないで必死に探してたんだ?」
「っ、そうじゃ…。」
「く〜〜〜〜!可愛すぎんだけど!!」
「………へ?」
「ちょ、マジ、あり得ねえだろ。俺が上げた年賀状、こんなに必死に探してくれちゃって、何?時々取り出して眺めてみてたとか?………マジでか!!」
赤くなった土方の顔に、銀時のテンションが上がりまくる。
「年末年始にちょっとゴタゴタがあってさ、貰った年賀状に返事書くの遅くなっちゃったんだよね。何か変な合成写真の結婚報告とかもあるし、訳わかんない文章もあるし。アレ、何なの?お宅のジミーから『あんぱん』って書かれた年賀状も来てたけど?…まあ、それはいいや。とにかくさあ。もう、面倒臭くなっちゃってさ、全部同じ文面で印刷しろって新八にあて名書きさせたんだけどさ。」
そこでいったん言葉を切って銀時が土方の顔を覗き込んだ。
「1枚どうしても、ちゃんと年賀状書きたい奴がいてさ。…すっげえ悩んで、1日悩んで、でもなんて書いていいのか分からなくて…。」
「万事…屋……?」
「結局『あけましておめでとう』しか書けねえの、情けねえよな。しかも、渡すときも『今年もよろしく』くらい言やあいいのに、言えねえでさ。ただ押しつけるように無理矢理渡してさ。」
「………それって…。」
絶対に成就しないはずの想いだった…。
銀時が、土方の後ろに回した手から、そっとはがきを引き抜く。
「これ。大事にしてくれてたんだ…。すっげえ嬉しい。俺の気持ちを大事にしてくれてた見てえで…。」
「っ。」
ゆっくりと近づいてくる銀時の顔を、唖然と見ていた土方だったが、唇が触れあう寸前にそっと目を閉じた。
20100514UP
END