いっぽ

 

 

今日。

1222日は、影山の誕生日だ。

少し前から気にしてはいたのだけれど、プレゼントとかは用意してない。

いっくら考えても何を上げればいいのか見当がつかなかったからだ。

バレー用品とか実用的なものはプレゼントっぽくない。けれど、高価なものや記念になるものっていうのも何か違う気がする。

でもでも、誕生日を無視するわけにはいかない。

 

だって、あれは…やっぱり誕生日プレゼントだったと思うのだ。

 

621日。日向の誕生日の日。

その日は、我ながらテンションが高かったと思う。

『小さい』ことがコンプレックスの日向は、とにかく『大人』になることが嬉しかった。

しかもでかい1年生部員がそろう中一番チビな自分が一番先に大人になるとか!

朝練の時からハイテンションだった日向に、菅原が笑った。

「日向。今日はどうした?」

「俺、俺!今日誕生日なんです!」

そこで『へえ』となり先輩たちが集まってきて『おめでとう』をたくさんもらった。

嬉しくてさらにテンションが高まった日向に「へえ、日向が一番なんだ。」と山口。

「一番小っさいのにね。」と月島が哂い。影山は、ただふうんという目で見ていた。

何だよ同級生甲斐のない奴ら!

バレー部は部全体が仲の良い部活だけれども、そこは男子高校生の部活。

プレゼントをあげたり貰ったり、パーティなんてことしない。

そんなのは当たり前だと日向も思っているし、そこまでして祝われるのもちょっと負担を感じてしまう。

だから、朝練でのその時の盛り上がりだけで部での誕生日祝いは終わりだと思っていたし、それで満足していた。

その日の昼休み、上がったままのテンションを抑えきれなかった日向は裏庭で一人バレーボールを持ち出して練習をしていた。

ひとしきり体を動かしていたとき、影山が顔を出した。

「一人で練習になるのか?」

「いいんだよ、じっとしてらんないだけだから。それとも、練習相手してくれんのか?」

「………もう、昼休みも終わる。」

「あ、本当だ。」

予鈴まであと5分。

「今やりすぎんなよ。午後の部活に響く。」

それもそうなんだけど、後5分をもったいなくも思ってしまう。

そんな日向に、影山は牛乳のパックを差し出した。

「へ?」

「ヨーグルトと間違えた。」

影山の手元には彼がいつも飲んでいるヨーグルト飲料がある。

「え、あ。」

日向が受け取ると、影山は自分のヨーグルト飲料にストローを差し込んで飲みながら行ってしまった。

動いたせいで喉は渇いていたので、ありがたくいただくとして…。

「あ、金。」

ま、いいか。後で部活の時に渡そう。どうせ、請求してくるだろうし。

そう思っていたのに、影山は何も言ってこなくて、自分もすっかり忘れてしまっていた。

ずいぶん後になって思い出して。

あれは、もしかして誕生日プレゼントだったんじゃないだろうか。と思い当った。

その後、影山が何か日向に奢ってくれたことはない。あの時だけだ。

そう思ったら、なんだかすごく嬉しくなった。

あのころは、バレー部として共に活動を始めたものの、お互いの気持ちはまだ複雑だった。

もちろんチームメイトとしての自覚は出来つつあったが、打ち解けるとか仲間とかいうのにはまだ遠かった。そんな時期。

なのに祝ってくれた。

それも、日向にとって全く負担のない祝い方。

多分、影山は日向があれを誕生日プレゼントだと気が付かなくてもかまわなかったのだ。

だから、12月になり影山の誕生日になっても特に何も要求してこない。

日向のようにテンションが高くなるわけではないから、部のみんなだって今日が誕生日だなんて知らないはずだ。

だから祝ってやれるのは日向だけ。

なのに何の用意もできてない。

 

今はあの6月の時とは大きく状況が違うというのに。

 

 

2週間ほど前。

この冬の初雪が降ったのと同じ日。

言うつもりはなかったのにつるりと出てしまった「好きだ」という言葉。

一瞬目を見張って、じっと日向を見ていた影山は「………俺もだ。」とぼそりと受け入れてくれた。

そして所謂『お付き合い』というものが始まった…と思うのだが。

元々バレーを通して、毎日部活で会っていたし。その流れで下校も途中までは一緒だった。

朝練のある日は当然早朝から一緒で…。

つまり日中は授業時間以外のほとんどの時間を共に過ごしているということ。

土日だって部活があるから、毎日顔を合わせるわけで…。

いざ『付き合おう』となったところで、特に何かが変わったような感じはしない。

いつもの通り、ボゲと怒鳴られ、トスを上げてもらい、くたくたに疲れて帰宅する。その繰り返しが続いている。

なにかこう、恋人同士のような甘い雰囲気になったこともないし、そういえば手をつないだことも、キキキキスとかもない。

ただ、1つ変わったことといえば…。

帰宅時に日向が利用するバス停まで一緒に歩いてくれるようになったこと。影山の通学路からすると少しだけ回り道になるらしいのに。

そして、日向の乗るバスが来るまで話をする(主に日向が)。

その時の穏やかな時間は好きだ。

ちょっとだけ距離が縮まった気がするから…。

 

かじかむ手にはあっと白い息を掛けると、じんわりと暖かくなる。

「帰るぞ。」

「おう。」

今日は日向のカギ当番だ。

部活が終わり、1年生で片づけを終え。月島と山口は少し前に部室を出て行った。

暖かい季節の内はおしゃべりしながらのんびり帰り支度をする部員がいるときもあり、カギ当番になったとしても同時に帰宅する者が何人もいるということも珍しくなかったが。

秋を迎え、日が短くなり寒さが厳しくなってくると、自然と部活が終われば皆一目散に帰宅するようになる。

「寒いのを我慢して体調崩したら、ただのバカだろう。」

部活帰りのワイワイした空気が結構気に入っていた日向が、この頃みんな帰るのが早いなあと少し寂しく思いつつ言った言葉にそっけなく返された影山のセリフ。

冷てえ奴と思いつつも納得はしている。

皆遊びでバレー部にいるわけではない。

ましてや2週間ほど前に初雪が降り、以来、数日に1度は降雪がある。

好んで帰宅時間を遅らせる理由は、………普通は無い。

「畜生、雪の奴め。」

「………。」

小さく呟いた日向に影山が仕様がねえなというため息をつく。

日向が、小さな巨人に憧れてこの烏野高校への進学を希望した時、始め親は反対した。

通学の不便さが理由だ。

日向の家からはバスや電車を乗り継ぎ、スムーズに行けて1時間近くかかるという場所。乗り継ぎがうまくいかなかったらもっとかかってしまう。

何もそんな無理をしなくても、他にもっと行きやすい高校があるだろう。と言うのが親の意見だった。

が、日向にとっては『烏野高校』であることが重要なのだ。

「チャリで行くし。」

あっさりといった息子を普段明るく元気な母親がギロリと睨んだ。

「雪が降ったらどうするつもりなの。」

「う。」

平坦な道ならともかく、(いや平坦でも積もってしまったら自転車は無理だけど)自転車通学で使う通学路は山を1つ超えるのだ。

雪が降り積もったら危険極まりない。

いくら運動神経が良く活発であることは重々承知していても、親としては心配するのは当然だった。

「雪が降ったら自転車通学は禁止。積った雪が解けるまでの間はバスと電車を使う。…それが約束できないなら、烏野は反対。」

「………。」

日向にとって大事なのは『烏野高校』へ行くということだ。

冬の間は通学が不便になってしまうが、だからと言って烏野を諦めるという選択肢はなかった。

その雪がとうとう2週間前に降ってしまった。

仕方なくバスと電車を使った通学に切り替えたところだった。

自転車通学の時の分かれ道よりも、少し遠くにあるバス停まで並んで歩く。

校門をでると、坂ノ下商店が見えてきた。

「肉まん、食ってこうぜ。」

「ああ。お前、家に帰るまでまだ時間かかるしな。」

「う、うん、」

家にたどり着くまでにまだまだ長い行程のある日向のため?

勿論影山自身だって腹は減っているのだろうと思うけれど。

この頃影山が優しい。…ような気がする。

心の中にくすぐったい気持ちが広がる。

こんな優しい奴だったっけ?と思うのと同時に確かにこんな奴だったかも。とも思う。

割と何でも全力な日向に対して、熱さは一緒なはずなのにどこか影山は余裕をもって日向を見てくれていた気がする。

そんな影山に、何か誕生日プレゼントをとずっと考えているのに、何も思いつかない。

大体もう、後は帰るだけになってしまって、今更プレゼントも何もあったもんじゃない。

せめて…。

「あ、俺、肉まん売り切れてないか先行って確認してくる!」

「あ、おい。」

走り出した日向の後ろで影山の呆れたようなため息が聞こえる。

だってもう、後がないのだ。

坂ノ下商店に駆け込む。

先ほどまでバレー部でコーチをしてくれていた烏飼が、すっかり店の兄ちゃんになってそこにいた。

「おう、日向。」

「コーチ!肉まんある?2つ。」

「何だ影山の分もか。」

「へ、あ、うん。」

何で日向が2個買うと、影山の分もって事になるんだろう?

「あ〜肉まん1個とカレーまん1個で終いだな。」

「あ、ラッキー。影山カレーまん好きだからちょうどいいや。」

2つ分の代金を払って店を出ると、ちょうど影山が坂を下りてきたところだった。

ああ、情けない。

今から、自分にできるのは肉まんを奢るくらい。

けど、牛乳1個に肉まん1個。って丁度いいくらいなんじゃないかな、と思うのだ。

値段がどうとかではなくて、なんというか…『重さ』が。

「ほら。最後の2つだった。」

そういってカレーまんの方を差し出す。

「ああ。」

受け取った影山が、ポケットから財布を出そうとするのを制した。

「いらね。」

「は?」

「プレゼント。」

「………。」

驚いたように少し目を見開いて、カレーまんと日向とをきっちり3回見直して。

「サンキュ。」

そういった影山はひどく柔らかい表情をしていて。ドキリと日向の心臓がなる。

他の人間が見たら相変わらずの仏頂面に見えるのかもしれない。

けれど、日向には分かる。

なんかすんごく喜んでくれたらしい。

「いいんだ、俺ももらったし。」

そういったら、あ〜んと一口かぶりついた影山が日向を見た。

「気、気、気が付かねえほど無神経じゃねえんだからな。」

「…そうか。」

うわあ、なんだこのむず痒い空気。

二人並んでゆっくりとバス停まで歩きながら、肉まんを頬張る。

買ったときは熱いくらいだった肉まんも冷えた外気の中ではあっという間に冷めてしまう。

空腹も手伝って、すぐに食べ終えてしまった。

肉まんが入っていた紙袋を捨てるため道沿いにある公園へ入る。

ごみ箱にごみを捨てれば、誕生祝いは終了だ。

そっけなさすぎたかな。

今は6月の時とは違い、付き合っているのに。

もうちょっとなんか、それっぽいモノにすべきだったろうか…。

今更そんな不安が湧き上がるのは、さすがに好きな人への誕生日プレゼントが肉まんってどうよって気持ちが確かにあるからだ。

すっかり日が落ちて、暗くなってしまった公園。しかも雪がところどころ残っているとなれば、こんな時間に遊ぶ子供もいない。

静かな公園を突っ切ればバス停への工程がちょっとだけショートカットされる。

もうすぐバス停だ…と思ったら、歩くスピードが鈍った。

確かに、1日の内のかなりの時間一緒にいるのだけど、二人きりになれる時間は少なくて。

だからもう少し…。

そんなことを思っていたら、並んで歩いていた影山が立ち止まった。

「?」

振り返ったら目の前に影山がいて。

 

物凄く高いところからキスが降ってきた。

 

 

 

20140703

END

 


季節外れの影山誕生日話。
20140720UP:月子