電車でGO!
市が主催する十数校が参加して行われる小さな大会がこの土日に行われる。
「今回は学校のマイクロバスは借りられませんでした。」
「じゃあ試合会場までは電車ですか?」
「はい。皆さんには現地集合で、電車等を使って行ってもらいます。ボールなどかさばる物は僕が車で運びますので…。」
「今回は市の体育館だから割と近いですしね。」
「では、明日。8時30分に、会場の体育館で集合ですから。遅れないようにね。」
「はい。」
「特に日向くん。君が一番遠いから大変でしょうけど…。」
「大丈夫です!!」
烏野メンバーの中で一番会場から遠いところに住んでいるのは自分だ。
駅までバスで出てそこから会場の最寄駅まで電車で行く。
土曜日なので本数は平日より少ないようだし、初めて行く場所でもあるので少し早目の電車に乗ることにする。
バスが遅れなくてよかった。目当ての電車に乗り込んでほっとする。
後は、降りる駅さえ間違えなければ無事時間より前につけるだろう。
さすがに1年で時間ぎりぎりはまずいだろうと思うのだ。
それに、自分は試合前はやたら緊張してしまう。今のところ大丈夫だが、会場が近づいてきて急に腹が痛くなったり気分が悪くなったりしないとも限らない。
やはり余裕をもって出てきて良かった。
そして、二つ目の駅で。
「お。」
「あ。」
影山が乗ってきた。
「お前、ここ?」
「ああ。」
いつもは顔を合わせれば、まず学校まで全速力で走るのだが、今日はそういうわけにはいかない。
そういえば並んで電車に乗るなんて初めてじゃないだろうか?
隣に立つ影山をそっと見上げる。
やっぱり背エ高けエ。
もっと高い奴もいるし、他校にはさらに高い奴もいるけれど。
すっと伸びた立ち姿が、高いと思わせるのだろうか?
「ね、見て、あの子。」
「背、高〜い。」
「髪サラサラ〜。」
「ちょっと、カッコいいよね!」
「バレー部みたい。きっと格好よくスパイク打つんだろうね!」
少し離れたところにいる女子高生たちが、きゃっきゃ言っているのが聞こえた。
残念外れ。こいつはセッターでした。
けど、前に一度音駒との練習試合でスパイク打ったこともあったなあ、と思い出す。
普通に打ったら、俺より上手いんじゃねえの。くそ、ムカツク。
その時、ガタンと電車が揺れた。
「お。」
「…大丈夫か。」
よろけた俺を、影山がすっと支える。
「悪イ。」
「ボゲ。」
車内だから大きな声は出せない。そのせいか今日の『ボゲ』はなんだか甘く囁かれているような気がして、不思議な感じがする。
「見た?今の!」
「見た見た!カッコいい。」
クソ、なんで俺が影山の点数稼ぎに協力してやらなければいけないのか!
もやもやしているうちに次の駅に着いた。
「げ。」
「?影山?」
ホームを見て顔色を変えた影山。
「あれ、飛雄じゃん。ちびちゃんも。」
「大王様…。」
見ればその後ろには十数人程の青葉城西のジャージ。
「なんで電車なんですか。」
そうだ、青城は私立だから、確かウチよりも大きくて立派なバスがあったはず。
「野球部と試合が重なっちゃってさ。じゃんけんでバスの権利争ったんだけどね〜。」
負けたんだな。
「及川さんがじゃんけんしたんですね。なんで岩泉さんか国見に頼まなかったんですか?」
「く、俺がじゃんけん弱いみたいに言わないでよ!」
「実際弱いじゃないですか。勝ったの見たことありません。」
「ぐ。」
「電車の中では静かにしろ。クソ及川。」
「岩泉さん、はざス。」
「おう、影山、おはよう。」
隣で俺もペコリと頭を下げる。
「烏野も今日は電車か。」
「はい。」
「うちもなあ。このクソ川が『今日はいける気がする』とか言って調子こくから。」
「やっぱり。」
「他のメンバーは…?」
そうだ、青城はもっとたくさんの部員がいたはずだ。
「現地集合だからな。近い奴らだけさっきの駅で集まったんだ。」
そうか…多分北川第一の学区の近くに住んでるやつらがさっきのところで乗ってきたんだ。
会話こそないものの、乗り込んできたラッキョヘッドともう一人の奴(…国見?)とも影山は目で挨拶してた。
「ちびちゃん。なんで飛雄の影に隠れてんの?」
ニヤニヤと笑いながら大王様がこっちを覗き込む。
「うう。」
「からむな及川。」
ああ、この人いい人!
エースの人が大王様を止めてくれてる間に、影山が少し距離をとる。
「いちいちビビんなよ。この間は、かっけえとか言ってたくせに。」
「だってあの時は1階と2階で離れてたから。」
駅に着くたびに城西のメンバーが乗り込んできて徐々に増えていく。
「あ。田中さん、西谷さん。」
「おう日向、影山。この電車だったのか。」
2年生の5人と、その後ろからは月島と山口が乗り込んできた。
「…何王様の陰に隠れてんの?」
「王様じゃねえ。」
「隠れてねえ。」
青城より人数は少ないけど、これだけいればとっても心強い。くっついてた影山から少しだけ離れた。
月島と影山は相変わらずの言い合いを初めて、語彙の少ない影山が盛大に舌打ちをしたあたりで、『うるさいよ』と縁下さんに怒られた。
次の駅で大地さんとスガさんと旭さんが乗ってきた。
「青葉城西と一緒って、なんなのコレ。」
旭さんが幾分オロオロしてるけど、西谷さんが『切符買って電車乗る普通の高校生だって分かって、かえって身近になったじゃないですか』とあっけらかんという。
相変わらず西谷さんはかっけえ!
「お前は常にへなちょこだなあ。」
なんて大地さんにカラカラと笑われて、旭さんはさらにず〜んと落ち込んでいた。
そして次の駅で清水先輩と、谷地さんが乗り込んできて、これで全員そろったことになる。
清水先輩の姿を見た途端田中さんと西谷さんが、いつもの通りの大声で挨拶しようとしたけど、大地さんに物凄い目で睨まれて黙り込んだ。
ついでに大王様も何か声を掛けてたみたいだけど、ガン無視されてる。へへ。
清水先輩もかっけえ!
「おはよう。」
先輩の中にいるのが気づまりだったのか、谷地さんが俺たち1年のところへ来る。
「おっはよ。」
「おす。」
「おはよう。」
「おはよう、谷地さん。」
それぞれ挨拶して、月島と影山が谷地さんのほうへ手を伸ばす。
そして谷地さんが肩からかけていた本人のバッグや、部の備品なんかが入っているバッグを持つ。
「あ、え、や、平気だよ。」
『持つよ』なんて言ったら、谷地さんのことだから遠慮するのは目に見えている。
それを、なんかこうさらりと持ってあげられるってのも、この二人が女子に人気がある理由なのかも。
や、背が高いとか、顔がいいとかってのもあるんだろうけどさ。
さっき騒いでた女子たちだって、大王様が来たら一気にそっちの方がカッコいいって言ってたのに、今の二人の様子を見て『私はやっぱりあの子がいい』とか『メガネの子だってクールそうでカッコいい』とか勝手なことを言っている。
同じように谷地さんの荷物に手を伸ばしてたけど一歩出遅れた山口と、目を合わせてちょっと苦笑いした。
見ると、清水先輩のバッグは縁下さんと成田さんが持ってあげていた。
そのそばでは、田中さんと西谷さんが何やら落ち込んだ感じで立っている。
俺と山口もあんな風に見えるのかな…と思ったらちょっと気分がメゲた。
会場が近づいてくると青城のメンバーはさらに増えるし、他校の選手らしいのも乗ってきた。
さっきの女子たちも降りてしまうし。
何かすげえ男子率が高い。
しかも背の高い奴が多いからなんか圧迫感が半端ない。
たいていは青城の奴らと話ている大王様も、時々思い出したように影山に話しかけてくるし、ついでみたいにこっちにも話を振ってくるし…。
さらには谷地さんにまで話しかけている。
この人本当に女の子好きなんだな。影山が呆れたようにため息をついていた。
1回戦目は違う高校とだけど、勝ち上がればいずれ青城とも戦うんだよなあ。
広い体育館の中で見るより、狭い電車内でしかも近くで見る方がなんだか大きく見えて…。
あ、やばい、緊張してきたかも…。
まだ、吐くほど気持ち悪いわけじゃない。
腹が痛いと思うほどの違和感じゃない。
けど、このままいったら…。
慌てて車内に張ってある路線図を見る。………後3つ。
次の駅までは大丈夫だろう、…けど後3駅分我慢できるだろうか?
ど、どうしよう!?
「…日向?…大丈夫か?」
影山がぐっと屈んで顔を覗き込んできた。
「………。」
今の状況を伝えようとしたけど、声が出なかった。
影山は自分のバッグからタオルを出すと、それを俺の口元を抑えるようにあてがった。
「山口、これ、頼む。」
山口に谷地さんのバッグを渡した。
「うん。日向、大丈夫?」
「日向?気分悪いの?」
山口と谷地さんが心配そうにこっちを見ている。
…月島は呆れたように見ていた。分かってるよ!『又かよ』って思ってんだろ!
影山は奪い取るように俺のバッグを取り上げて、自分のと一緒に担ぐ。
「澤村さん。俺たち、いったん降ります。」
「日向か。」
「はい。」
「2本後の電車に乗れれば集合時間は間に合うから。」
「はい。」
「日向〜、出すもん出して、すっきりして早く復活しろよ!」
からりと西谷さんが言う。
「ま、これも試合前の通過儀礼みたいなもんだしな。」
田中さんが笑う。
「そう言うなよ、日向自身は辛いんだからさ。」
うう、菅原さん優しい。
「あ、でも影山君が行かなくても…私ついてますよ。」
谷地さんが言う。
もしも間に合わなかったときに、二人も選手が欠けたら困ると思ったんだろう。
が、大地さんが優しいんだか容赦がないんだか、分からない感じで言った。
「いいんだよ。なかなか復活しないようなら、担いででも会場まで日向を運んでもらわないといけないんだから。」
「谷地さんじゃ、日向抱えられないだろ。」
菅原さんもにっこり笑う。
「え、でも、復活しなかったら試合出られないんじゃ…。」
「ま、その辺は何とか。」
「うん、試合始まっちまえば…なあ。」
それに全員がうんと頷く。
そんな烏野メンバーに、『鬼畜か』と青城メンバーがドン引きした気配が伝わる。
いや、俺だって、試合出るつもりだし!
次の駅に着いて、影山に半ば抱えられるようにして電車を降りる。
「そういや、初めて日向が気分悪くなったのって青城との練習試合の時だったよなあ。」
なんて言う田中さんの声が後ろから聞こえてきた。
「吐く前に自己申告して電車から降りるなんて、成長したよな。」
や、影山が気が付いてくれたんですけどね。
「飛雄が同級生と喧嘩したり、人の世話焼いたりできることの方が驚きだよ。」
小さな大王様の声が聞こえたかと思ったら、ベルが鳴りドアが閉まった。
「トイレどこだ?」
駅の表示を探しているらしい影山の声が上から聞こえる。
そうだ、初めて気分悪くなったのは青城との練習試合の時で…。
あの時は田中さんの股間に戻したんだった。
その上腹も痛くなるし、試合が始まっても緊張しっぱなしで、ミスばかりして1セット目を落とした。
その最後だって影山の後頭部にサーブ直撃させて、で、影山が怒って。
「………ヒ。」
真顔で近づいてくる影山を思い出した。
全身から何やら冷たい汗が噴き出して、ぶるりと体が震えた。
「?日向?大丈夫か?」
「あ………うん。」
あれは軽くトラウマだ。
一番怖い記憶が影山なのに、その影山に介抱されてる自分。なんだこれ。
けど、旭さんに教えてもらった緊張を解く方法。何か、今回も有効だったみたいだ。
「…何か、収まってきたみてえ。」
「大丈夫なら、次の電車が来るまで座ってろ。」
ホームの中ほどにあるベンチに座らされる。
傍に二人分のバッグを下すと、影山は近くの自販機で水を買ってきてくれた。
「サンキュ。」
冷たい水が喉を通って行って、少しほっとする。
「大丈夫なんだろうな。」
「うん。収まってきた。前に旭さんに聞いた『一番怖いものを思い出す』っていうの、あれが出来た。」
それが影山だってことは内緒だけど。
「ふうん。」
影山は、自分の分のバッグを抱えて隣に座った。
「毎回なんでそんなにビビるんだ?」
「影山はなんでビビんねえの?緊張とかしねえの?」
「緊張っていうか…気合いは入るけど…。それよりも、わくわくする。」
「わくわく?」
影山からなんかそんな言葉が出たのに驚く。
「今度の相手はどんなチームだろう?とか、この間合わせたコンビネーションをどこで使ってやろうか?とか、そんなこと考えてたらビビる暇ない。」
「へえ。」
「失敗することより、攻撃が成功した時のことを想像しろよ。」
「え?」
「最初の頃は手さぐりで合わせてた部分も多かったから、自信が持てなかったってのも分かるけど。今はちゃんと武器として日向の速攻は有効だって分かってるんだし。」
「あ、うん。」
「それに、気持ちよく成功した時の『やった!』って感じとか。あと、日向の速攻に振り回されてる相手チームの驚いた顔とか。」
「うんうん。」
「今日もやってやるぜ、って思ったらビビってる気持ちなんか吹っ飛ぶだろうが。」
「確かに…そうかも。」
「それに。あと半年…もねえか、来年になったら1年が入ってくるんだぞ。その1年よりビビってたんじゃ示しがつかねえだろうが。」
「あ。」
「お前がビビった時に田中さんが声かけてくれたみたいにさ、今度はお前が声を掛けてやる番だろ。」
「そ……か。」
練習でもずっと一緒だし、たぶん部内でも一番話をするのは影山とだけど。
いつも『速攻がどう』とか『タイミングがどう』とかばかりで、こんなメンタル面の話をしたことはなかった。
「…でも、それって大地さんたちが卒業しちゃうってことだよな…。」
「まあな。」
「やだなあ、みんな留年してくれねえかな〜。」
「頼んでみたらどうだ?」
「本気で頼んだら、旭さんあたりは残ってくれっかな!」
そんな話をして、二人でクスクスと笑った。
と、次の電車が来るというアナウンスが入った。
「乗れそうか?」
「悪い、もう1本待って。」
気持ち悪いのはすっかり治った。
腹の違和感もとっくにどっか行った。
だけど、もうちょっとだけ。
影山を独占したいんだ。
20140824UP
END