電車でGO! 2
試合後のクールダウンやミーティングは会場の隅で行った。
「明日はバスが使えることになりました。」
穏やかに武田先生は言ったけど…つまりそれは、今日バスを使ったバスケ部は勝ち残れなかった…ってことなんだろう。
幸いにも。
我が烏野高校バレー部は、今日の試合を2つとも2セット先取という形で勝つことができた。
明日は今日を勝ち残った4校が準決勝、決勝、3位決定戦を行う。
バスケ部が参加していた大会がどんなレベルの大会なのかは分からないけれど、同じ高校の部活同士。
どうせなら勝ってほしいと思うものの、バスが使えるのは嬉しい。という、複雑な心境。
改めて明日の集合時間等を伝達され、今日は解散となった。
最も、解散とは言っても結局ぞろぞろと連れ立って駅へと向かうことになる。
そして朝とは逆の順番で電車を降りていく。
解散の時間がずれたのか、青城ともかち合わなかったので、2年生や月島・山口達が下りてしまったら、後は俺と影山の二人だけとなった。
この路線は、所謂『田舎』と『都会』をつなぐ路線だ。
夕方のこの時間ともなれば、人々が帰宅に使う路線となり、駅に着くたびに人が降りていくばかりで、電車の中は徐々に閑散としてくる。
空いた座席に影山と並んで座って、今日の試合のことなんかをぽつぽつと話す。
穏やかな時間。
心地よく揺れる電車。
そんなものが相まって、いつの間にか眠ってしまったみたいだった。
「おい、日向。おい!」
「…んん。」
「起きろ、降りるぞ!」
「んんんん。お疲れ…。」
「このボゲ。お前も降りるんだよ!」
「へ?」
寝ぼけたままの俺を、影山が強引に立たせる。
訳も分からず腕をつかまれて、空いた扉からホームへ降りる。
「………あれ。」
そこは馴染んだ俺の降りる駅だった。
影山の降りる駅は二つ前だったはずなのに…?
「目エ覚めたか?この後バスに乗るんだろう?しっかりしろよ。」
「…へ?」
「ああ?」
「なんで…?影山…?」
「……俺も寝ちまったんだよ。気が付いたら降りる駅で、ドアが閉まる時だった。」
「だったら、1個前で降りれば良かったじゃねーか。」
「この時間反対側はそんなに本数が多くないだろ。1個前で待ったって、ここで待ったって大して変わらねえ。」
そりゃ、そうかもしれないけど。
タイミングによっては結局は同じ電車に乗ることになるのかもしれないけど。
でも。
多分。
俺をこの駅で起こすためだ…きっと。
何だか、起きたときの記憶を思い起こせば、たぶん俺は影山に寄りかかって寝てたみたいだし。
1個前で影山が下りたら、そこから俺は起きなきゃと思いながらうつらうつらして、で、もしかしたら乗り過ごしてたかも知れなくて…。
乗り過ごしちまったら、そこから反対の路線で戻ってきて、で、バスに乗って…多分帰宅はものすごく遅い時間になったはず。
でも、影山がこの駅まで付き合ってくれて起こしてくれたから、俺は熟睡できたし、乗り過ごすこともなかった
「………サンキュ。」
「いいって。じゃあな。」
そういって影山はホームを歩き出した。
反対のホームへは階段を上がって、線路の上に作られた通路を渡っていかなければならない。
俺も慌てて後を追いかけた。
「電車来るまで一緒に居る。」
「は?いいよ。帰れよ。」
「いる!」
「別に責任とか感じる必要ねえし。」
「そんなんじゃない。」
ただ、一緒に居たいだけだ。
階段を上がる影山を追いかけて、反対側のホームまで行く。
隅の方にあるベンチに座る影山の隣に並んで座った。
「…バスの時間大丈夫なのか?」
「うん。この時間は、割と本数ある方だから。」
土曜日だから平日よりは本数が少ないけれど、朝と夕方はそれなりに便はある。
次の電車が来るまで約15分くらいか、ならバスの時間も大丈夫だろう。
「明日は学校のバスが使えてよかったな。」
「まあな。…明日は戻すんじゃねえぞ。」
「今日だって戻してねえよ!」
口調に笑いが混じっていたので、こっちも半分笑いながら怒鳴り返す。
「バスケ部は、負けちまったんだな。」
「…バスケ部といえば…、4月に勧誘された。」
「え?」
「多分身長が高い奴には軒並み声を掛けてたんじゃねえかな。月島も山口も声かけられてたみてえだし。」
「へええええ。」
初耳だ。
…けど、バスケもそういえば身長が必要なスポーツだ。イズミンも背を伸ばそうと必死になってる。
「畜生。身長ほしい。」
「まあ、もうちょっと伸びねえとな。」
「うぐぐぐ。もうちょっとっていうか、にょきにょき伸びてえ。」
「それも良し悪しだな。身長が伸びれば、それに伴って体中に筋肉がつくから自然と体重が重くなる。」
「そういうもん?」
「ああ。そうなると、今と同じだけのジャンプ力や俊敏さがキープできるかどうか…難しいところだな。」
「うううん。」
「まあ、そうなったらそうなったで戦い方を変えて行けばいいんだが…。」
だとしてもそれまでにはやっぱり、今よりレシーブやサーブがうまくなっていなければ、レギュラーには残れなくなるだろう。
「うう、練習しなきゃ。やることありすぎて、時間が足りねえ。」
唸る俺を、影山が面白そうに見ている。
4月ごろから比べると、影山の表情はずいぶん柔らかくなってきたと思う。
プレイが気持ちよく決まった時に出る自然な笑顔に何度ドキリとさせられただろう。
そして、バレーをやっている時くらいしか穏やかな表情を見せなかった影山が、こうやって普段の時も優しく笑うようになったのはいつくらいから…?
と。
電車が近づいてきたことを知らせるアナウンスが入った。
え、もう15分たったの?
俺は思わず影山のジャージの袖口をつかんでいた。
日向。
と呼ばれた気がして、顔を上げたら。
物凄く近くに影山の顔があって、そのまま唇が重なった。
「………。」
「…じゃあ、な。」
ベンチから立ち上がって白線のほうへ歩いていく影山の耳が赤くなって見えたのは、気のせいなんかじゃないはずだ、きっと。
俺は慌てて影山を追って立ち上がると、その手に自分の手を滑り込ませた。
「っ?」
驚いて振り返る影山に。
「も、も、もう一回…。」
近づいてくる電車の振動が伝わるようになってきた。
電車が到着してしまう。
そうしたら、影山はその電車に乗って行ってしまう…。
影山の視線が一瞬あたりを見回したのが分かる。
大丈夫だよ、この駅の利用者はあんまりいない。ましてやこの時間に電車に乗ろうとホームで待ってる奴なんてほとんどいないから。
再び重なった唇。
今度は一瞬で離れることはなくて、ちゃんとキスできたって感じがする。
チュッと小さな音がして唇が離れて、すぐに電車のライトが光った。
「明日な。」
「うん、明日な。」
到着した電車に乗り込む影山を見送る。
それから電車が見えなくなるまで、ずっとその場を離れられなかった。
キスしちゃったよ。
キス。
影山と。
ちょっと。
今。
キス。
なんだか胸の奥の方から何かがぐわーっとこみ上げてきた。
わあああああ。
俺はダッシュでホームを駆け抜け、階段を上って通路を渡った。
改札を抜けようとして、慌ててポケットから切符を出して放り投げて。
丁度駅前に到着していた出発時間を待つバスに駆け込んだ。
一番後ろの席に座って、バッグを抱きしめる。
バスの中は差し込む夕日で、オレンジ色に染まっていた。
バスの座席もつり革も、そして数人乗っている乗客も。
みんなオレンジ色だ。
ああ、きっと俺の顔も、同じ色に染まってるんだろう。
俺のは夕日のせいじゃ、ないけどさ。
20140918UP
END