夢の形
このあたりは普通の地方都市だった。
県庁所在地であり、都心ほどではないにしろそこそこ発展しており、たくさんの人々が生活していた。
駅の周りには多くの商業施設が立ち並び、少し離れたところには住宅街が広がり、さらにもう少し離れると田畑が広がる。
そういう、普通の都市だった。
その様子が一変したのはほんの1週間前。
徒党を組んだ敵の集団が、大挙して攻撃を仕掛けてきたのだ。
当然都市の機能はマヒし、主だった建物は壊された。
死者多数、負傷者さらにその数倍。
無事だった者も取るものも取り合えず、逃げ出した。
政府だってヒーローだって、手を拱いていたわけではなかった。
死者の回収、けが人の搬送、そして、逃げ遅れた多くの人の救出。
さらに、この都市を拠点として攻撃を繰り返してくる敵への牽制。
政府の要請を受けたヒーロー、自主的にこの地へ集まったヒーロー。
それぞれが自分の持てる個性を使って事態の収拾を図ろうと活動した。
が、いかんせん、まったくの受け身だったヒーロー側の体制を整えるのに無駄な時間がかかってしまった。
それも、事件のごく初期という、一番時間を無駄にしてはならない時期に。
「手前らの下らねえ縄張り意識やプライドじゃ、ここは守れねえんだよ!このクソジジイ共が!」
事件発生から5日ほどたった時。
短気で有名なヒーローが、政治家達の進展のないやり取りにブチ切れなかったら、1週間たった今でも、事態は何ら動かなかったかもしれない。
「ダメだよ、かっちゃん。そんな言い方しちゃ。そちらの手には負えない事態ですので、こちらに全権委任して下さい。ってお願いに来たんだからさ。」
にっこり笑った幼馴染のヒーローは、よっぽど腹黒そうな笑顔を張り付けて、有無を言わさず事態収拾の権限を一切合財奪って行った。
「お前のほうが絶対性格悪いと思うわ、クソデク。」
「あそこで、かっちゃんがキレてくれたからこそだよ。」
そう話す二人の会話を聞いた元A組のクラスメイト達は、会議室で行われた交渉のどこまでが計算だったんだろうかとため息をついた。
ともあれ、現場で動くヒーローたちにとって、ようやく自由に動ける土壌が整ったわけで。
これ以降は、逃げ遅れた人々の救出を最優先としつつも、事態を収束させるための作戦が遂行されることとなった。
あーあ。
眼下に広がる都市は、ひどいありさまだ。
壊れていない建物のほうが多いだろうと思われるほど、主だった建物は瓦礫と化している。
ところどころから、薄い黒煙が上がっていた。
「へっ、見事にぐっちょんぐっちょんだな。」
「かっちゃん、言葉、選んで。」
呆れつつも、通常営業の幼馴染に、ふと気持ちが軽くなる。
県庁舎に拠点を置く敵に対し、こちらが拠点に選んだのは奇跡的に無傷で残っていた城だった。
「あっちが県庁舎なら、こっちは昔の県庁舎ってことで。」
そういった僕に、『城は県庁舎じゃねえ、クソが』と冷静に突っ込んだのも幼馴染だったか。
しかしまあ、実際のところ、県庁舎から程よく離れていて、大人数を収容出来、それなりに街を見渡せる高さのある建物が、城くらいしか残ってなかったのだ。
天守閣の屋根瓦の上に腰を下ろして、町を見下ろす。
『対策を立てるから』そう言ってここへ来た僕についてきたのは、最近すっかり周りには相棒認定されている幼馴染、一人。
ヒーローになってもうすぐ10年。
今年で28歳になった。
個性にもよるが、やはり体力勝負の仕事。
28歳ともなれば、そろそろ中堅からベテランへと周りの認識が変わるころ。
だからこそ、こういう大きな事件で作戦参謀のような立場もとれるというものだ。
28歳かあ。
さすがに生まれた頃の記憶はないけれど、互いの母親同士が仲が良いため、生まれてそれほど立たない頃からいっしょくたにされてきたらしい、幼馴染。
無い記憶は古い写真が補完してくれている。
つまり、この、隣で、所謂うんこ座りをしている、いい歳こいて不良全開の幼馴染とも28年一緒に居るということだ。
無いわあ。
幼いころはともかく、小中学校のころはとことん苛め抜かれた。
そのころは恨みもしたし、怯えもしたし、だいぶ苦手だったけれど。
今になれば、あの時の彼の態度は極一部だが正当性があり………というより、あれ、ちょっとは僕も悪かった?とか反省してしまうレベルの出来事だった。
極幼いころに、二人で見たヒーローが活躍するテレビ番組。
『大きくなったらヒーローになる!』
そう叫んだのはどちらが先だっただろう。
『一緒にヒーローになろう!』
無邪気にそう約束した。
何の疑いもなく一緒になれるものだと思っていた。
それが、あっさり裏切られたのは、二人がたった4歳のころだ。
個性があるのが当たり前の世の中で、何の個性もない無個性の自分。
それは同時に、『ヒーローになるのは諦めなさいよ』という神様だか運命だかからの宣告に他ならなかった。
けれど、自分はどうしても諦めたくなかった。
自分が『諦める』と言ってしまったら、もう、そこで終わってしまう気がした。
そのくせ、体を鍛えたり、格闘技等を覚えたり…などという、『無個性でもできるせめてもの努力』をすることもなく。
やっていたのは、ちょっと度を越したファンと同じレベル。
ヒーローの個性や特徴、戦い方をノートにまとめ、悦に入る。…それだけ。
幼いころに爆破の個性を発動させ、それを使いこなすために努力を重ね、さらに体も鍛えていた幼馴染からは、いったいどんな風に見えていたんだろう。
『お前にヒーローは無理だ』と何度言われただろう。
『諦めろ』『いい加減にしろ』『無個性のくせに』
あの当時、僕を傷つけた彼が発したたくさんの言葉。
自分のことで精いっぱいで、彼の気持ちなんか少しも考えなかった。
無個性だと分かった時に僕も絶望したけれど、同時に彼だって『僕と一緒にヒーローになる』という夢を諦めなければならなかったのに。
なのにそれを何度も言わせた。
今ならわかる。
他の大人は…もちろん母も、いくら僕がヒーローになりたくてもどうせなれやしないと思っていたから(知っていたから)無理に止めなかっただけだ。
『ヒーローになる』そう叫び続けた僕がどこまでも本気だったことを、分かっていたのは彼だけだった。
本気なくせに、体も鍛えない、戦い方も、体の動かし方も知らない。
そんな僕が、もし仮にヒーロー気取りで危険に飛び込んだりしたら…。おそらく多分、いや確実にコロッと死んでいただろう。
『お前、怖ええよ。』
何の時だったかは忘れたけれど、あるとき1回だけ、そう低く呟いた彼の声を覚えてる。
幸いにして、個性を受け継ぐことができ、こうしてヒーローをやることが出来てるわけだけど。
個性を持ったからこそ、当時の自分の無謀さがわかるというものだ。
だって、無個性のままだったら、雄英高校の実習たった1回であの世行きだ。
元々餓鬼大将気質の幼馴染。
僕が無個性だと分かった時、もしかしたら心の中で、『だったらヒーローになれないデクの分も強いヒーローになる』くらいのこと考えていたかも。
うん、ありそう。
なのに、その当の相手が無謀な夢を諦めなかったら。
まるで、『お前じゃ二人分の夢なんか叶えられない』と言われているようには感じないだろうか。
かっちゃんはそう受け取りそうだよね。
そりゃあもう、僕を見ればイライラしただろう。うん、本当。
まあそうは言っても、当時は僕だって辛かったからね。
おあいこ。
僕の中では勝手にそういうことになっている。
「で、どうすんだよ。」
「うん。」
いつのころからか。
救出主体の時の作戦は僕。
戦闘主体の時の作戦はかっちゃん。
そんなふうに役割分担ができていた。
とにかく敵をぶっ飛ばせばいい。という時のかっちゃんの作戦は、本当に容赦なく完膚なきまでに敵を叩き潰すえげつないものだ。
勝利のための完璧な方程式。
けど、救護者がいるときにそれをやってしまうと、助けるべき人も吹っ飛ばしてしまう。
そういう加減をしなければならないのが面倒らしく(やればできる癖に)『お前やれ』と丸投げされたのはいつだったっけ…。
けど、それ以来僕の立てた作戦に、反対を唱えたことは一度もなく。
尚且つ、自分に与えられた役割を期待以上にこなしてくれる。
だからこそ、逆にかっちゃんが主体の掃討作戦のようなときは、僕も必死で期待に応えようと頑張る。
そうやって活動しているうちに、なんだか周りからは『相棒』とか言われはじめ、何となく大きな事件や作戦ではいっしょくたにされることが多くなった。
事務所ちがうのにねえ。
ねえ、かっちゃん。
子供のころ一緒に見たオールマイトに憧れて。
『敵をやっつけて一番強いヒーロー』になりたかった君と。
『人をたくさん助けられるヒーロー』になりたかった僕。
今、その夢はかなえられているかな。
僕が、無個性でもどうしてもヒーローになる夢を諦められなかったのは。
ただ『ヒーローになる』のが夢だったからじゃないよ。
君と一緒に、君の隣でヒーローになりたかったからだ。
「きめェ。」
かっちゃんがボソッと呟いて、瓦の上に腰を下ろした。
「え?」
「ニヤニヤしてんじゃねえよ。何考えてんだよ、こんな時に。クソが!」
「あ〜、いや。えへへ。」
そうだよね。
あの瓦礫の一角には、まだ人質として捕えられてたり、怪我して動けなくなったりしてる人がいるのに。
僕たちが助けに行くのを今か今かと待っているのに、のんびり回想してる場合じゃなかった。
それは、うん。分かってるんだけど。
二人の間にある、一人分の隙間を埋めるべく、かっちゃんに近づく。
「かっちゃん。大好き。」
その頬にチュッと口付ける。
「ば!なに!」
大丈夫だよ、今は報道ヘリとか飛んでないし。
ため息一つついて。
かっちゃんの顔が近づいてきた。
くちゅ、っと唇が重なって、ぐいっと肩を抱き寄せられた。
プライベートで『相棒』になれたのはヒーローになって4年くらいしたころから。
この座も狙ってたからね!ずっと。
そう言ったら。
『好きになったのは俺の方が先だったわ、クソが!』と真っ赤になって怒鳴られたっけ。
今回の事件が起きてから、作戦決行時以外のほとんどの時間を隣で過ごしているけれど。
当然だけど、こんなふうに触れ合う時間も場所もなかった。
なだめるようなキスは、これ以上には深くならない。
この、分かってくれてる感は、本当くせになる。
「もっとイチャつきたかったら、とっとと終わらせろ。」
「うん。…けど、僕の立てた救出作戦が終わったら、次はかっちゃん担当の掃討作戦に自動的に移行だからね。」
「分ーってる。」
「じゃあ、作戦ね。」
僕が考えた作戦を、みんなに知らせる前にかっちゃんに話すのはいつものこと。
僕とは違うものの見方で、足りない部分を補完してくれる。
逆もまた然り、だけどね。
平和の象徴だったオールマイトは、本当に大きい存在で。
僕一人じゃ、とても受け継ぐことなんか無理だったけれど。
この頃思うんだ。
かっちゃんと二人でなら、何とかいけるんじゃないか…って。
へへ、自惚れかな。
20161028UP
END