被害者の会1 

 

 

 

「…ひどい。」

椅子に括られたまま、二人がかりで運び込まれた少年。

身体中に殴られたり蹴られたりした跡がある。

エリは泣きそうになりながら少年を見上げた。

「言う事を聞かないからさ。せっかく仲間になろうと誘ってるのに。」

死柄木がつまらなそうにいう。

彼は最近になって父親と行動を共にするようになった別組織のリーダーだ。

ヒーロー達の動きが活発だからと、エリはいつもの隠れ家から移され、ここへ来ていた。

来てしばらくしたら、少年が誘拐されてきたのだ。

「前の時は話し合いで何とかしようと思ったけど、どうやらそれ無理そうだから、暴力に訴えてみたんだけど…これも駄目かな…。」

「………クソが!」

吐き捨てるように言う。

「その虚勢がいつまで続くかな。」

そういって死柄木は部屋を出て行こうとして、ドアのところで振り返った。

「ああ、エリちゃん。子供は子供同士。一緒に静かにしててよね。僕、子供の面倒見るのとか嫌いだから。」

そう言ってパタリとドアが閉められた。

ガチャン。外からカギのかけられた音がする。

この部屋は、エリを監禁するための部屋だ。

内装はそれほど悪くはないが、窓には鉄格子がはまっているしドアも内側からは開かない。

ベッドや、絵本、ぬいぐるみなどおもちゃもある。

が、子供が好きそうなものを適当に置いてあるといった感じだ。

水や食事は差し入れられる。

トイレやシャワーは頼めば行かせてもらえるが、当然監視付きだ。

少年を閉じ込めておくのに勝手が良い部屋だと思われたのだろう。

「お兄ちゃん、大丈夫?」

「………。」

幾分荒い呼吸が苦しそうだ。

ペットボトルの水でタオルを冷やし色の変わった口元に当てる。

「っ。」

しみたのだろうか。ビクリと体が震える。

「ご、ごめんなさい。」

「………イヤ。」

青紫に腫れ上がった瞼を少し開けてエリを見る。

紅いきれいな目だ。

「………お前も………つかまってんのか?」

「………そんな、感じ………。」

「へっ。」

笑った!笑った!こんな時に!

熱を持っている個所をしばらく冷やすと少し楽になったのか、首を持ち上げ、真っ直ぐにエリを見返してきた。

両手は後ろ手に縛られているし、両足は椅子の足に括り付けられているのにこの人は負けてない!

「お前………名前は…?」

「エリ。」

「ふうん。」

「お兄ちゃんは?」

そう聞くと、ため息をつきつつ『バクゴウカツキ』と名乗った。

「…何で敵と一緒に居るんだ?」

「お父さんが………。」

誘拐されてきたこの人に、敵の一味だと思われたくなかった。いや、一味なのだけれど。けど。

「…ま。親は選べねえからな。」

「う、うん。お兄ちゃんは…何でここに…?」

「大人に、売られたんだ。」

「どういうこと?」

「今ヒーロー達は秘密裏に敵組織の捜査をしている。

お前の親のところかどうかは分からねェが、相当数の人員を割いているらしい。

俺は前にも1回敵に誘拐されてっから、外を出歩くときはちょいと離れたところに見張りが付いてたんだが、今日はそれが無くなってた。

捜査に人員割いてても俺に監視は付いてたのに、今日はそれが無ェって事はわざと隙作って俺を誘拐させたんだろ。

で、今頃この場所を特定して体制整えてるってとこだ。利用すんだから、回収くれェはしてもらえるだろうが…。その時まで五体満足かは分からねえなあ。…こうなると…。」

「お兄ちゃん…。」

「まあとにかく、ここから逃げってェと思うなら俺のそばにいろ。」

「うん。」

「…逃げてェのか?」

「うん。もう人が死ぬのは見たくないの。」

「そうか。」

そう言って疲れたような息をついた。

「お水飲む?」

「貰えるか?」

「うん!」

コップに水を注ぎ、口元に充てる。

ぎごちなく傾けると、少しこぼれたが何とか飲ませることができた。

「…なあ、エリ。」

「なあに。」

「餓鬼なんざ普通は足手まといなんだ。なのに、この部屋を見る限りどうもお前は大切にされてるらしい。」

「………。」

「…ってことは、組織にとってお前は役に立つ個性を持ってるってこった。」

「う、うん。」

「どんな個性なんだ?」

「…個性を…壊せるの。」

「壊す?」

「うん。詳しいことは分からないけど、エリの血を触ると個性が無くなっちゃう…みたい。」「そりゃあ、怖えェな。」

「っ、ごめんなさい。」

「ばーか。何謝ってんだ。ヒーロー向きの個性じゃねえか。」

「ヒーロー?」

「そうだ、使い方次第で敵をガンガン倒せる強えェ個性だ。」

「っ。」

ヒーローになれるかも、なんて考えたこともなかった。

「ただなあ、外野は勝手なことを言うだろう。」

「え?」

「『カワイソウ』だの『危険』だの『殺せ』だの言いたい放題だ。」

「う、うん。」

「俺だって前に誘拐された時は勝手に色々言われたし、その後も色々言われてっし、これからも色々言われるんだろう。

しかも1回誘拐されたんなら2回も一緒だろ的な感じで使われてっしな。」

「………。」

「辛れェ時もあるだろうけどよ。ちゃんと顔上げてろよ。」

「え?」

「傷ついた顔見せんな。傷つけることができたと知ると、奴ら味をしめてもっと攻撃してくる。何も聞こえませんて顔してちゃんと前見てろ。」

「うん。」

「そうやって頑張れるなら、たまには愚痴くれェ聞いてやる。」

「うん、うん、エリ、頑張れる!」

それからしばらくして、勝己はまた部屋から連れ出された。

ボロボロなのに、「死ね!クソ敵!」と啖呵を切ることを忘れない。

そして戻された時はもう椅子に繋がれてはいなかった。

どさりと部屋に放り込まれる。

「お兄ちゃん!」

「………クソが。」

「大丈夫?立てる?ベッドに…。」

身体を支えようとするが、エリの力では無理だった。

「…馬鹿、…ベッドが 汚れんぞ。」

「そんなこと!」

「ここで いい。」

実際床から動かしようもなかった。

ハンカチやタオル、持っている布を総動員して濡らし、腫れ上がっているところを冷やす。

氷が無いためすぐに温くなってしまうが、そのたびに濡らしなおした。

もう床もびしょびしょだったが、気になどしてはいられなかった。

そうしてしばらく必死でタオルを換えていると、遠くの方でカタリと音がした。

「?」

「…遅せえわ。」

その時まで気を失っているのか眠っているのか、静かに目を閉じていた勝己がパチッと目を開けた。

「お兄ちゃん?」

顔を覗き込むようにすると、ガシガシと頭をなぜられた。

「傷、冷やしてくれて、ありがとな。」

乱暴だけど優しい手だ。

「エリ、こっち側にいろ。」

「?う、うん…。」

言われるままにドアとは反対側となる勝己の頭の方に移動した。

バタンと大きな音がしてドアが開いた。

「小僧、なにをやった!」

下っ端の敵が怒鳴りつける。

「俺は何もしてねえよ。」

まだな。と小さく呟いた声はエリにしか聞こえなかった。

下っ端敵は、後ろを気にしつつ部屋に入ってきた。

勝己の腕がゆっくりと上がる。

そして、BOOOONと大きな音がして爆発が起きた。

「うわっ!」

「きゃ。」

近付いてきた敵が壁まで吹っ飛ばされる。

「あっちだ。」

という声がして、数名のヒーローが駆け込んできた。

「こ…れは。」

怪我をした少年に幼い少女、爆破の焦げ臭いにおいに壁のそばで気を失っている敵。

そんな惨状をどう判断したのだろうか。

「エリちゃんだね。」

呼ばれたエリはコクリと頷いた。

「保護しに来たよ、さあ、おいで。」

「………。」

一瞬戸惑うが、勝己が背中を押した。

「行け。」

「う、うん。」

見たこともないヒーローは信じられないが、彼の言うことなら信じられる。

おずおずと立ち上がるとヒーローに手を差し伸べられた。

その手を取って部屋を出ると、入れ違いにガリガリの男が部屋に駆け込んできた。

「爆豪少年!」

「オールマイト。出てこないという約束だったじゃないですか!」

「なんてひどいことを!救急車両を回してくれ!早く!」

「はい。すぐに。」

「私の生徒を利用したことは絶対に許さないからな!」

「ほかに方法がなかったんです。」

「けど、未成年の仮免すら持っていない子供にさせることではないだろう!」

そんな声や捕獲した敵を外に連行する者、他に隠れている者がいないか確認する声など、多くの人が行きかう中、複雑に作られた隠れ家の中を歩いて外に出た。

建物の外も関係者と思われる人がたくさん行き交っていた。

ヒーロースーツを着た者。

警察官。

そして救急隊の制服の二人が担架を持って駆け込んでいった。

あれで勝己を運び出すのだろう。

喧騒の中、ふと空を見上げると、とてもきれいな空だった。

「……怖い。」

きれいすぎて怖い。自由すぎて怖い。

今までの生活からは確かに抜け出したかった。

けれど、これからの生活がどうなるのか全く想像ができなくて……怖い。

連れられるままに本部のようなところへたどり着いた。

「エリちゃんだね。」

「はい。」

「君を保護しに来た。怪我はないかい?」

「…はい。」

メガネをかけた知的な男性が話しかけてくる。表情が変わらないのでちょっと怖い。

「あ、エリちゃん!」

「え?…あ。」

少し前、一度抜け出した時に会ったグリーンのヒーロースーツの優しそうな人。

「良かった!無事だったんだね!」

「うん。」

この人は自分を助けようとしてくれた人だ。

ああ、本当に外に出られたんだ。少しだけほっとした。

「はい、そこ!開けてください!」

救急隊の担架が早足でやってきた。

「お兄ちゃん!」

慌てて駆け寄った。

「君、危ないよ。」

「どいて、どいて。」

「お兄ちゃん!」

「…『お兄ちゃん』?」

グリーンのヒーロースーツの人が首をかしげた。

「エリちゃんは、お兄さんがいるの?」

「そうじゃなくて……待って、お兄ちゃん!」

走り去ってしまいそうな担架を追いかけた。

勝己が合図を送ってくれたのか、ようやく担架も止まった。

「お兄ちゃん!」

勝己の手をギュッと握る。

「外に、出られたな。」

「うん。怪我、大丈夫?」

「へっ。」

まただ、また笑ってる。

「…怖いよ。」

小さな声で囁いた。

「それでも、顔を上げていろ。」

「うん。あのね、わたし、考えたの。」

そういってエリは少年の耳元に顔を寄せた。

「私、ヒーローになりたい。」

こんな自分には無理かもしれない。けれど、自分のような怯える子供を救えるのなら。

「いいんじゃねえ。」

勝己は小さく笑った。

そしてエリにしか聞こえないような小さい声で言った。

「お前がいっぱしのヒーローになれたら、俺の事務所で雇ってやる。」

「本当?約束よ!」

「ああ。」

ニヤリと笑う。

そんな素敵な未来が待っているのなら、生きていける。

そう思って立ち上がった時。

「かっちゃん!?」

後ろから声がする。

「クソデク。んだ。ヒーロー気取りかクソが!」

「な、何、どうして!こんな、怪我!」

「手前ーらが無能だからだろうが!」

「あああ、爆豪!?どうしたんだ!?誰にやられた!」

赤髪のヒーローが駆け寄ってくる。

「うるせえわ、クソ髪。」

「こ、これ、爆豪少年、安静にしてなさい。」

先ほどのガリガリの男性が慌てる。

「爆豪君?」

「爆豪ちゃん?」

女の人の声。

「爆豪、…これは…。オールマイトどういうことです!」

細い布を幾重にも首元に巻いた黒いヒーロースーツの男が、ガリガリの男に詰め寄っている。

ふふ。

途端にワッとにぎやかになった様子を見て、思わず笑ってしまった。

笑ったら気持ちがすごく楽になった。

「じゃあ、な。」

「うん、またね。」

「おう。」

担架が救急車に運ばれる。

何人ものヒーローが乗り込もうとして、結局ガリガリの男だけが乗っていった。

「エリちゃん。」

「はい。」

「少しお話、聞かせてもらえるかな。」

「はい。」

今までの自分にさよならする。

そして、ヒーローになる。

これがその第一歩だ。

 

 

 

 

 

END

20170516UP

 


すっかり蚊帳の外になってしまったかっちゃん救済話。
エリちゃんが本誌に登場してすぐに思いついて書き始めたんですが、その後出てきた監禁されている部屋の様子とかのシンクロ率が高い気がしたので、
このままでは二次創作にならなくなりそうな気配が…。
本誌でこの件の決着がつく前に…と思ってUPしました。
「1」とある通り「2」もあります。
「2」は「1」の半年後の話。続けてUPしていきます。
(20170620UP:月子)