被害者の会2
翌朝。
「お兄ちゃんにやってもらった!!」
そういってエリは満面の笑みを浮かべる。
耳のところを少し残すようにして髪を編み込みにしてきた。
「ク、センスいい。」
「しかも奇麗にできてる。」
「クソ、才能マンめ。」
女子の声が低く聞こえてくるのに苦笑しつつ「かわいいね。」と褒めれば嬉しそうに笑った。
朝食も『おいしい!』とはしゃいで食べているが、今日は施設に戻らなくてはならない。
エリの笑顔も曇りがちだ。
昨日以上に勝己にべったりと甘えている。
「お前なあ。トイレくれェ、行かせろや。」
「うー。」
そうやって我が儘を言えるのは勝己にだけなのだ。
施設に戻ればまた『いい子』でいなければならない。
時間になりクラスメイト達は登校していった。
出久は『初めにエリを見つけたのは自分だから』などという、もう今更言い訳にもならないような理屈をこねて見送りに加わらせてもらうことにした。
施設まではオールマイトが付き添ってくれることになっている。
車を寮の前に回すまでもう少し時間があるようだ。
「あのね、昨日蛙のお姉さんが『お手紙書くといいわよ』って教えてくれたの。お手紙書いたら読んでくれる?」
「おう。」
勝己がそう答えると嬉しそうに笑った。
遠くから車が近づいてくる。
エリが勝己の手をギュッと握った。
「大丈夫、頑張れる。」
自分に言い聞かすように呟く。
『きっと今までより良くなるよ。』そういってあげたかったけど、何の力もない自分には無責任なことを言う資格はない。
「大丈夫、強くなる。だって、エリ、ヒーローになるんだもん。」
「え?」
「大人になったらヒーローになるの!そうしたらお兄ちゃんの事務所に入れてくれるんだって。あ、そうしたらお兄ちゃんと一緒に居られるね!」
「おうよ。」
エリは勝己とつないだ手をぶんぶんと振った。
「頑張る、頑張れるよ!」
車が寮の前に着き、後部座席から降りてきたオールマイトがエリを車の中へ導く。
「じゃあ、な。」
「うん、またね!」
「おう。」
車のドアが閉まり、エリは施設へと戻って行った。
脇に置いてあった鞄を持ち勝己は校舎へと向かう。
その後ろを歩きながら。
「かっちゃん。エリちゃんを雇うって本当?」
「まあ、あいつの個性はうまく使えりゃ役に立つだろ。」
「………。」
軽く言う。
エリが成長して、本当にヒーローになるかどうかは分からない。
なるにしたって事務所に入る入らないを決める頃にはエリだって成長しているのだ。
自分の個性をさらに生かせるところが他にあるとすれば、そちらを選ぶ可能性も十分ある。
そんなことは百も承知の上で、でも、大切なヤクソク。
…けれど。
「僕を入れてくれるって言ってたのに。」
「…はあ?」
「昔はバクゴージムショに僕を入れてくれるって言ってたのに…。」
責めるような出久の口調に、勝己は不機嫌そうに眉を釣り上げた。
「へ、手前の方にその気がねえのによく言うぜ。」
「っ。」
確かに高校卒業後を漠然と思い描くときに想像するのは、グラントリノやサー・ナイトアイの事務所に入れたらいいなあ、という感じのことで、勝己と同じ事務所だとか二人で一緒にとかは全く考えていなかった。
さらに独立する頃にどうなっているかなんて、まったく分からないし想像もつかない。
勝己とは『時々現場で会うかもなあ。その時に喧嘩にならなければいいなあ。』位のイメージしかなかった。
勿論友人として幼馴染として、今より距離を縮められたら良いなあとは思うが。
それでも思ってしまうのだ。
勝己がエリに差し出した手。あれは昔自分に向けられていたものだったのに…。と。
出久が転べば『立てよ』と手を取ってくれる。泣けば『しょうがねえな、お前は』と頭をガシガシされる。それでも泣き止まなければ、背負って家まで連れ帰ってくれた。
口が悪くたって勝己が優しくて面倒見がいいことなど、昔から自分は良く知っていたはずなのに…。
何故二人の仲はこんなにも拗れてしまっていたんだろう。
その理由を勝己にだけ押しつけてはいなかったろうか。
勝己の本質は変わっていなかった。
昔出久にしてくれていたように、エリに、弱い者に、当たり前に差し出せる手を持っている人なのだ。
今までに勝己が出久に言い放った言葉。これらには本当に悪意しかなかったのだろうか。
もしも出久が勝己の本質を見失っていなければ、受け取り方は変わっていたかもしれない。
それでも勝己の言葉で自分が傷ついてきたのは本当だ。
だから自分だけが悪いとも思わないけれど、少なくとももう少しマシな関係は築けていたのではないかと思ってしまう。
寮から校舎までは5分ほどだ。
今は1限目の後半といった時間。授業に出るのは2限目からとなるだろう。
時間に余裕があるせいか、勝己が歩く速度ものんびりとしている。
それでもほどなく校舎についた。
昇降口で靴を履き替え勝己が歩き出そうとしたとき、思わず出久は勝己の制服をつかんでいた。
「かっちゃん、ズルい。」
「…はあ?」
「ズルいよ。」
「何の言いがかりだ、クソが!」
「だって…。」
初めはエリが勝己だけを特別視していることに驚いた。
自分には気付けなかった何かに、勝己は気付いたのだろうかと思った。この差はなんなのか?気付けなかった自分には、ヒーローの適正というものが無いのではないかと不安になった。
次いで、大人とも堂々と渡り合う勝己に驚いた。
元々態度はでかいし言う事もでかいが、それはあくまで『子供』の中での話だ。
自分の要求を通すために使えるものを効果的に使って交渉する。出久には無い発想だった。
出久は、昔から勝己の個性に憧れていた。
だから、苛められようが虐げられようが、一心に彼を見続けてきたつもりだった。
なのに何故、彼が外出する時にipotを使用する理由や、人からどういう扱いを受けているかとか、半年前の作戦中に捕えられ大怪我をしていたいきさつを他の人間から教えられなければならないのか。
ましてや、出久の眼がすでに彼を見なくなりはじめていたことを、他でもない勝己自身から知らされるとか。
「やっぱりズルいよ、かっちゃん。僕は、昨日から君のことで頭がいっぱいだ。」
「へ、知るかよ、ウゼェ。」
幾分呆れたように肩を竦める。
今急いで教室へ向かったって、どうせすぐに授業は終わってしまう。
そんな時間帯だからこそ、勝己にしては珍しく相手をしてくれているのだろう。
そうでなければ、出久の手を振り解いて行ってしまっているはずだから。
「エリちゃんが慕ってるのはなんで君なのかな。」
昨日から何度も思った。
自分じゃないことはどうでもいいのだ。
そうではなく、なぜ彼なのか?彼の何が他と違うのか?違う風にエリには見えたのか?
例えば優しく手を差し伸べる。エリのことを心配する。それらは他にも大勢の人がしていることだ。勝己だってエリを心配しているだろうが、表から見て分かりやすいわけではない。
言葉づかいは相変わらずだし。子供相手に怒鳴らないというだけで、他の人間には声を荒げた姿を見せてもいる。
にも関わらず、なぜ彼なのか。
「ブツブツうるせえ。」
「う。」
声に出してしまっていたらしい。
「べつに慕ってるとかじゃねえだろ。」
「え。」
「これはアレだ。『同病相哀れむ』ってやつだ。」
「『同病相哀れむ』?」
首を傾げる出久を見て、勝己は『はあああ』と大きなため息をついた。
そしてほぼ無表情になる。
出久はドキリとした。
こんな勝己の顔は見た事がない。
大抵は怒っているかイラついているかだが、勝己は感情が表に出やすい。
見れば大体彼が今どんな気分でいるのか分かるのだが、今は全くわからなかった。
「神野で警察に保護された後、俺は事情聴取を受けた。当然予想できたことだった。知っている限りの情報を話した。あんな奴らとっとと捕まったほうがいいと思ったしな。」
「うん。」
「それと並行して念入りな健康診断もされた。変な薬を打たれてないか、変な個性を掛けられてないか。そういうのを調べるんだと言われりゃあ、まあ、それもそうかと思った。ちゃんと調べてもらった方が安心できる。」
「うん。」
「俺の体に異常はみられなかった。」
「良かったね。」
「へっ。」
吐き捨てるように勝己は嘲笑った。
「俺の手首には拘束された時の跡が残ってた。それが消えるまでの数日、どんな思いでそれを見てたか分かるか!なのに奴ら、今度は敵に誘拐され監禁されてたのに何で何もねえんだと始まった。実はもう寝返ったからじゃねえのか。示し合わせて誘拐されてオールマイトを亡きモノにしようとしたんじゃねえか。今も何らかの方法で敵に情報を伝えてるんじゃねえか。」
「何それ!酷い!」
警察や政府まで、彼を疑ったのか!?
「ああ、そうか、これがいわゆる世間一般の『モブの意見』ってやつかと思った。」
「………。」
「エリも同じだ。」
「え?」
「敵の親を持ち、組織の中で育てられた。エリの個性によって傷つけられた奴もいる。
『そんな奴助ける価値があるのか』『大人になったら敵になるかもしれない』『危険だ』『殺してしまえ』。」
「かっちゃん!」
「これがモブの意見だ。」
「そんなこと!」
「お前お得意のネットで、ちょっと覗きゃあゴッソリ出てくるぞ。」
「嘘でしょ。」
「そんなことも知らねえお前に、エリが甘えられるかよ。」
「っ。」
「半年前のあの時、『救出されたらそういう世間の目にさらされるだろう。けど、顔を上げていろ』と言った。
何もなかったらとっくに俺のことも、俺の言ったことも忘れてんだろ。
あの時一緒に捕まってた男が変なこと言ってたな、で終いだ。けど、そうじゃないってことは今も研究所内で色々言われてるってこった。」
「………。」
「俺もあいつも『被害者』だ。だから言ってみりゃあ『被害者の会』みてえなもんだ。
ヒーローは確かに俺たちを『救出』してくれた。けど、世間の中傷からも守ってくれるわけじゃねえ。俺たち被害者を守るのは被害者自身だ。俺は必ずヒーローになる。トップヒーローになって誰にも文句はいわせねえ。
エリだってそうだ。あいつが将来どう生きていくかは分からねえが、自分が価値ある人間だと、あの時助けて良かったんだと、世間に証明しなけりゃ生きる資格はねえんだよ。」
「資格なんて…。そんなの必要なわけないじゃないか。」
「だから手前は目出度えっつうんだ。そんな手前にエリが辛いって言えるかよ。救ってやった、良かったって。もう終わったことだと思ってる手前によ。」
「っ。」
握ったままの勝己の制服。その手にさらに力がこもる。
「離せや。」
「…僕には何ができる?」
「へ、なにも。」
「僕にも何かさせてよ、君やエリちゃんを助けたいんだ。」
「手前にゃ何もできねえよ。仮に手前が俺やエリの助けるべきたったとする理由や価値を声高に唱えたって、俺たちが無理矢理言わせたって余計に叩かれるだけだ。」
「じゃあ、どうすれば…。」
制服を握る出久の手を勝己はほどいた。
「クソが、制服皺になったじゃねえか。」
「あ、ごめん。」
情けなく謝る出久を満足そうに見る。
「本当、デクだな、手前は。」
「う。」
「頑張れって感じのデクなんだろ。まあ、頑張れや。」
そういって教室へと歩き出してしまう。
「待ってよ、かっちゃん!」
慌てて勝己を追いかける。
「教えてよ!」
「うるせェなあ。手前は人を助けられるヒーローになりてえんだろ。いいじゃねえか。災害で困っている人を助けて、敵の被害を受けてる人を助けて、ご立派にヒーローやってりゃいいだろ。」
「けど。」
「それが、お前の目指してたヒーローだろ。お奇麗で分かりやすくて、いかにも平和の象徴だ。」
反論できなかった。
確かに出久の目指しているヒーローとはそういうものだったから。
颯爽と現場に現れ次々人々を助けていく。その姿に憧れたのだから。
けど、その認識のなんと薄っぺらいことか。
『人を助ける』という事がそれだけではないと知ってしまった以上、そんな表面的な活動だけでは満足できなくなることは明白だ。
なのにどうしたらいいのかわからない。
オールマイトだって政府とのパイプがあるということは、見えないところで多くの活動をしてきたという事なんだろう。
それが具体的にどういう活動なのか?そのためには何が必要なのか?全く想像がつかない。
自分にはまだまだ足りないことがたくさんある。
けれど、そんな自分には思いもよらない視点を勝己が補ってくれるというのなら…。
「かっちゃん。」
「うるせえよ。」
「僕やっぱりバクゴージムショに入りたいよ。」
「へ、所長のいう事を聞かねえ従業員なんていらねえ。」
「えー、そんなことないよ!」
「昔っからそうだ!手前が俺の言う事を聞いたためしがねえ。」
「ええー。」
そうだっけと思い返してみれば……。…ああ、そうだったかも。
所謂苛められっ子だった自分。その割には勝己に従順に従った記憶がない。
「僕意外と図太いのかな。」
「意外とじゃねえ。…まあ、けど、そんくれェの方がコキ使い甲斐はあるかもな。」
それは事務所に入れてくれると…、というよりも。
共にある未来の可能性があるという事だろうか。
事件が起きたら先を争うように現場に駆けつけ、軽口を叩き時に喧嘩をしながら敵と戦ったり、誰かを助けたり。その頃には阿吽の呼吸で共闘できるようになってたりして…。
そんな未来が来るのだろうか。
凄い、すごいや!
想像したら途端に気分が高揚する。
エリだってきっとそうだったのだ。
『被害者の会』。そういう要素だってあるかもしれない。
けれど、勝己と一緒の未来を想像したらそれがとてもキラキラしていてワクワクしてきて。
だから、その未来を掴むためなら今辛いのも頑張れる。きっとそういうことなのだろう。
『がんばれ、エリちゃん。』
心の中でエールを送る。
エリの思いにシンクロしてしまったのだろうか。うるりと涙が出てくる。
「げ、なに、泣いてんだよ。」
「感動してるんだよ。」
「キメェ。」
ああ、この素っ気なさよ。
丁度授業終わりのチャイムが鳴り、教室から教師や生徒が出てきた。
「お見送りお疲れ。え、デク君泣いてるの?」
「緑谷、どうした?」
「爆豪、お前また緑谷に何かしたのか!」
途端に勝己の眉が跳ね上がる。
「見ろデク、これがモブの意見だ!」
「う、うん。……ふふ。」
「笑ってんじゃえ!」
バシリと頭をはたかれた。
END
20170525UP