やっちゃった
「前出すぎだ!クソデク!」
怒鳴り声とともに首根っこをつかまれて、ぐいっと後ろに引きずり倒された。
「ぐえ。」
ひどいよ、かっちゃん。そう言おうとしたときに斬撃が飛んできて、僕の前に立ったかっちゃんが篭手で受け止める。
「うわあ。」
やっとそこで冷静になる。
確かに僕が前に出すぎちゃってた。
これじゃ、かっちゃんの爆破が出せない。
「ごめん。」
敵の位置、味方の位置。もう一度確認して、かっちゃんの左斜め後ろに走った。
今日は敵2対ヒーロー5の団体演習だ。
ただし、敵役の2名には特別に本物のプロヒーローが来てくれていた。
その個性はデータとして頭に入っているものの、いざ戦い始めると当然事態は流動的で。
教科書みたいにきれいに答えは出ない。
じっくり考える時間もない。
勘とか戦闘センスとか瞬発力とかそんなのが問われてくるわけで…。
そうなると経験値の高いプロたちが有利になるのは必然。
そういう中で、こちらはどう連携して行くべきなのかってとこが、多分この演習の目的なんだろうけど。
知ってるプロヒーローの登場に興奮して、その強さに感動して、舞い上がってた。
『演習』とはいえ、気を抜けば怪我は必至。
負けたりきちんと戦えなかったりすれば、評価にも響く。
落ち着け、僕!
大丈夫、やれる。
「かっちゃん!」
「うるせえ。」
この頃、作戦中だけはだいぶ意思疎通ができるようになってきた。
二人、タイミングを合わせてダッシュした。
『演習』は一応僕たちの勝利とされた。
『演習』としては…だ。
学生にしては、プロヒーロー相手に良くやった…という感じだろうか。
プロの方だって、まさか学生相手に本気で個性をぶつけるわけにもいかないし…って言うんで。
ただ、どういう場面でどう動くか。
相手の個性に対して、正しく連携ができていたか…。
そういうところが評価の対象となったわけだ。
「爆豪、保健室。」
相澤先生の短い指示にかっちゃんが「ち」と舌打ちする。
え?保健室?
かっちゃん、怪我してた?
僕の記憶の中では、かっちゃんはまともに攻撃を受けてなかったように思うけど…。
避けたり、爆破で威力を軽減させたりして…。
あ、違う。1回だけ…。
僕を庇ったあの時だけ、まともに篭手で受けてた。
相手の個性は…そうだ、『しなる腕』…でそれを利用した曲がる斬撃。
篭手で受けきれなかった分で怪我してた?
ちょ、あれって、戦闘の序盤だよ?
あれからずっと怪我したまま戦ってたの?ほとんど動きを乱すことなく?
なんて、タフネス。
「行って来い。」
重ねて言われて、かっちゃんは幾分不貞腐れ気味で校舎へ向かって行った。
「先生、あの、僕。」
「お前はここで残って次のグループの演習を見ろ。それも勉強だ。」
それは分かってるけど…。
確かに一人で歩けているかっちゃんに付き添いはいらない。
仕方なく次のグループに目をやった。
僕らとは違う作戦、戦い方に感心したり興奮したりしながらも、かっちゃんの事が頭から離れなかった。
授業が終わり、大急ぎで着替えて保健室へ走る。
手にはかっちゃんの分の着替えを持って。
治療を終えてすぐに戻ってくるものと思っていたのに、結局授業中には戻ってこなかった。
そんなに重症だったの?
保健室につくと、中はとても静かだった。
「かっちゃん?」
恐る恐る声をかけたけど、姿が見えない。
「ああ、アンタかい。」
リカバリーガールがぐるりと椅子を回した。
「爆豪なら、今、ベッドで休んでるよ。」
「そんなに重症だったんですか?」
「場所が肺や心臓のそばだったからね、ちょっと強制的に回復させた。内出血もひどかったしね。もろもろあって休ませてた。そろそろ起こしてもいい頃かね。」
回復は自分の体力を使う。
怪我が大きければ大きいほど、治した後の体に返る反動は大きい。
ベッドを仕切っているカーテンをそっと開けると、脇には外した装備品が並んでいた。
そしてベッドにはかっちゃんが静かに眠っていた。
眉間のしわがなくて、きつい目元が隠れると、想像以上に幼い顔になる。
普段からかっちゃんはとにかく怪我が少ない。
大怪我したのはオールマイトと戦った期末試験の時くらいだ。
手を抜いているとかじゃなくて、戦い方が上手いんだろうと思う。
怪我をして誰かに助けられたり、庇われたりってのはプライドが許さないんだろう。
だったら怪我しないように戦えばいいんだろ…って感じ。
それに…。
何となくだけど、かっちゃんは『現場で最後までちゃんと自分の足で立ってるのがヒーロー』みたいに思ってるんじゃないかなって思う。
僕はまだまだ必死で。
戦ったり課題をクリアしたりするのに精いっぱいだから『その後』なんて考えられないんだけど。
でもそうだよね。
プロになったら、戦うときにはギャラリーがいる。
敵を倒すのに必死すぎて、毎度倒れてたり怪我だらけになっていたりしては、情けなさすぎる。
そんなヒーローに頼れないし、守られても安心できないだろう。
やっぱり、かっちゃんは凄いや。
なのに…ごめんね。
僕が舞い上がっちゃったせいで、君に怪我をさせた。
………。
ここはとっても静かで。
いつもはぎっと睨む鋭い視線がなかったから。
怒鳴りつける声がなかったから…。
魔が差したんだ。
僕は眠るかっちゃんに、そっと唇を重ねていた。
「ん。」
かっちゃんが身じろぎする気配にばっと顔を離す。
この時の僕の首は音速を超えていたと思う。多分。
けど、離した頭をがっしりと掴まれ、また戻される。
「ん、ん。」
何が起きてるの?
訳が分からないで目を白黒させていると、ぬるりと口の中に舌が入ってきた。
「んんんん。」
からかうようにチロリと唇を舐められて、頭を押さえつけていた力から解放される。
「……か、…か、かっちゃん!?」
「どうせやるなら、これ位しろよ。」
や、そういうことではなく!
「今、何時だ?」
「も、もう授業終わったよ。着替え持って来た。」
「クソ。」
すぐ戻るつもりだったんだろうか。
本当タフネス。
起き上ったかっちゃんにかけてあった掛布団がはらりと折れた。
上半身は裸だった。
うわあ!
鍛え上げられた筋肉がきれいだ。
「舐めまわすように見んじゃねえ、クソナード。」
「あ、ごめん。」
あ。
「そうだ、演習の時ごめん。僕舞い上がってた。」
僕が謝る間にもかっちゃんは僕が手渡したYシャツを身に着けていく。
上を着終わり、ベッドから降りてヒーロースーツのズボンに手をかけた。
「まだ、着替えを覗くつもりか?」
「あ、や、わわわわっ!」
そのまま保健室の外まで走る。
ピシャンと戸を閉めて。
………。
はああああ。
大きな息を吐き出しつつ、ずるずるとその場に座り込んだ。
演習の件に関してかっちゃんからは、嫌味も怒声もなかった。
多分、これは『もういい』ってことなんだろう。
それに…やっちゃった。
…キス、しちゃんた。…ってか、されちゃった?
かっちゃんとは『幼馴染』という単語からは想像できないくらいに拗れて久しい。
だから、胸の中にあるこの思いは僕の独りよがりなのだと思っていたんだけど…。
あれは、どう考えればいいんだろう。
…っていうか、かっちゃん、どういうつもりなの?
触れ合った唇の感触を思い出して、一人赤面する僕だった。
そのころ。
着換え終えた勝己は。
『やべェ。やっちまった。半分寝ぼけてて、欲求のままに…ってか、あいつ、スルー?…いや、最初にしてきたのはあいつのほうだよな…、ってことは……?』
と、うんこ座りで頭を抱えていた。
20161201UP
END