エイプリール・ストーム 後編
いぶかしげに振り返った十四郎を銀時はギロリと睨みつけた。
「俺が、2年の松平栗子と付き合ってるって噂があるんだってな。」
不機嫌な低い声。
「ああ、そうらしいな。」
何を今さら。とニュアンスに含ませ答える。
「何で言わねえんだよ!」
「何で…って…。」
「全校で噂されてたんだぞ!」
「落ち着けって。」
「何だってんだよ!」
「坂田、落ち着けよ、な。」
椅子を立って、間近で銀時の顔を覗き込む。
「う。」
ようやく興奮が収まってきたらしい。少々気まずげに唸り声をあげて黙り込んだ。
「何を怒ってるんだ?」
「だから、噂が。」
「噂が?」
「俺の知らないところでどんどん広がりやがって。」
「まあ、仕方ねえよ。こういうことは本人にはなかなか伝わらないものだしな。」
「…にしたって。…お前も知ってたんだろ?」
「まあ。」
「じゃあなんで俺に言わねえんだよ!?」
「初めはただの根も葉もない噂だと思ったからだよ。すぐに消えると思ったからほっといたんだ。けど、消えるどころかどんどん噂はエスカレートしていった。
どこそこで二人でいたとか、二人で歩いてるのを見たとか。
…本当なら、目くじら立てて否定して回ることもねえだろ。」
「本当なんかじゃ、ない。」
ふてくされたように銀時が唸る。
「…二人でいたのに?」
「『万事屋』がらみだよ。」
「最初は俺もそう思ったんだけど…。」
十四郎がそう言うと、はあああとため息をついて『今回だけ、特例な』と言って銀時は依頼内容を話した。
「松平から相談されてたんだよ。キャプテンになったばっかりで、どうしたらいいか分からないことがたくさんある…って。」
「…なんで『万事屋』に…?」
「ほら、親がとっつあんじゃん。下手にほかの教師には聞けねえし、当たり前だが親にも聞けねえし愚痴もこぼせねえ。
ヘタに愚痴こぼそうもんなら、とっつあんが首突っ込んでくんのは目に見えてるからな。
部活の先輩たちだって、親が教師となりゃ、ツツヌケになるのが怖くて当たり障りのないことしか教えちゃくれねえ。…で。」
「『万事屋』に依頼か。……それも、おかしくねえ?」
「まあ、俺が一番立場的にニュートラルだからじゃねえの?それとなくバレー部の3年の奴らに話振ったり顧問に探りいれたりして、仕入れた情報を彼女に伝えてたわけだ。」
それで何度も会うところを目撃されたのか。
「でも、彼女の方はお前を好きなんじゃねえの?嫌がらせにも耐えてたし。」
「嫌がらせ?」
「お前結構顔広いしな。やっかむ女子もいるんだよ。」
「………。」
「まあ、一応風紀委員でできる限りガードはしてたけど…。」
「………はああ。」
大きくため息をつくと、銀時はドスンとベッドに腰かけ、頭を抱えてしまう。
「坂田?」
「ほかの奴らはともかく。お前は俺が誰を好きか知ってんだろう。どうして、否定してくれなかったんだよ。」
「…どうして…って。」
「せめてこういう噂があるって教えてくれたっていいじゃねえか。」
「その後気持ちが変わったのかと思って…。」
「変わるわけねえだろう!1か月もたってねえってのに!今まで何年思い続けたと思ってんだよ!」
ぐいっと腕を引かれ、ベッドに腰かけた銀時の膝に座るような形で抱きすくめられる。
「坂田…。」
ぎゅうと抱きしめてくる腕は、銀時のやるせない気持ちを表しているようで、十四郎の方も切ない気持になってきた。
噂に引きずられた。
噂の方を信じて、銀時の気持ちを信じきれなかった。
『バッカじゃねえの、そんな噂デマに決まってんじゃん。だってあいつは俺が好きなんだからな。』
そう言って笑いとばせるだけの自信がなかった。
「本当に、彼女とは何でもないんだ。」
「うん。」
「本当だぞ。」
「うん。分かった。」
十四郎を抱きしめたまま、耳元で繰り返す銀時に頷き返す。
「ごめん。もっと早くお前に伝えてれば良かった。…そうすれば噂ももっと早く消えて、松平だって執拗な嫌がらせを受け続けなくて良かったのに…。」
十四郎は、銀時の背中をそっと抱き返した。
「………松平、な。」
少しして落ち着いたのか、銀時がボソボソと話しだした。
「本当はお前のことが好きだったんだ。」
「え?」
「前に、手紙渡してくれって頼まれた。…去年の秋くらい。」
「それで?」
「一応『万事屋』への依頼だったんだけど、断ったんだ。『本気なら自分で渡した方がいい』…って言って。格好付けてそんなこと言ったけど、本心では自分の手でライバルを増やしたくなかっただけだった。
結局松平はお前に手紙を渡せずじまいで、実は内心ほっとしてた。」
「………。」
「やなやつだろ。」
「そんなことねえよ。」
十四郎の言葉にも苦笑してるのは、自分で自分を許せないと思っているからだろう。
「内心後ろめたく思ってたから、せめて今回の相談にはきちんと乗ってやろうと思って。」
罪滅ぼしの意識もあって、普段以上に親身になっていたのだろう。それが他人の目には銀時が彼女を特別扱いしているように見えたのだ。
「…で、噂になっちまったわけか。」
「そうらしいな。まあ、あれだ。春休みの間に懐がさみしくなったんで、仕事断ってられねえ…ってのもあったけどな。」
「あれはお前が悪いんだろうが。」
「責めてねえ…って。俺が悪いのは重々承知してる。」
「…そう言えば、俺が嫌がらせを受けてるのを助けた時、松平泣いてたけど…。」
「泣いてた…?」
アレは、好きな人に助けられてほっとしたのか?
それとも、好きな相手に他の男子と付き合ってるっていう噂を知られていると分かったからなのか?
いくら考えても正解何か分からないんだろう。
多分一生、『女ごころ』なんてやつは、自分に分かることなんてないんだろうなと十四郎は思った。
「松平のこと、どう、思った?」
「どう…って別に…。」
「いい子だぜ。」
「そうか?」
それでも十四郎が彼女に興味がないと分かってほっとしたらしい。
落ち込んでいたらしい銀時の声が、普段通りに戻る。
「可愛い子だったろ?」
「…そうかな?」
「そうだよ。…まあ、お前の方が美人だけど。」
「それ、全然褒め言葉じゃねえよな。」
「えええ!?思いっきり褒めてるんだけど!」
「どこがだよ。」
「え、全力で!!だってそこらの女子より、お前の方がずっと美人だもん。」
「もん、とか言うな。」
「ええ〜、だってさ。沖田も、顔整ってるけど、どっちかって言うと女の子みたいっての。何か人形見たいでさ。そこへ行くと、土方の顔ってこう凄みがあって迫力の美人顔なんだよな。」
「ふうん?」
「あれ、何だよその気のない返事。思いっきり褒めてんだぜ、俺からしたら学園一美人に見えるから!!」
そりゃ、お前の眼の方がおかしいんじゃねえの?と思う。
が、まあ。不細工といわれるよりはいいか、と思い直した。
「そりゃどうも。」
礼とばかりにすぐそばにあった銀時の唇にチュ、っとキスをした。
けど、内心はそれだけじゃない。
信じきれなかったことへの謝罪の方が大きかった。
他の誰が噂を信じたって、自分だけはそれを真っ向から否定しなければいけなかったのだ。
銀時の本気を疑った。…自分がしたことはそう言うことだ。
『ごめん』なんて言葉では、足りないくらいだ。
「わ……わ……。」
うろたえる銀時の腕から逃れて、自分の机に戻った。
いやがらせが続いている栗子のために明日は噂はデマだったと、広めなければならないだろう。
宿題はまだ途中だし、英語のリーダーの授業も確か明日は自分が当たる番だから予習をしておかないと…。
ああ、面倒くせえなあ。
ノートをめくりつつそんなことを考えていると。
「なあ。」
フリーズした状態から脱したらしい銀時が近付いてきた。
「何だよ?」
「もう一回。」
「はあ?」
「な、さっきのもう一回。」
「やだね。」
「ケチケチすんなよ。」
「それが人にものを頼む態度かよ。」
「土方〜。」
「やだ…って。」
「いいじゃねえか。」
「イ・ヤ・ダ。」
「おい〜〜。」
「知らん。」
「減るもんじゃなし。」
「減る。」
「何がだよ。」
「口。」
「はあ?」
「お前、俺の口がなくなってもいいってのかよ。」
「なくなるわけねエだろ。」
「なくなったらどうすんだよ。」
「あのなあ…。」
隙あらばキスを奪おうと顔を寄せてくる銀時の腕から必死に逃げる。
ああ、もう。うっとおしい。
『坂田が女と付き合う?バッカじゃねえの、そんな噂デマに決まってんじゃん。だってあいつは俺が好きなんだからな。』
今は確信もって言える。
や、大っぴらには言えねえけど…。
20090801UP
END
ラブラブ度加減に拍車がかかってまいりました。
…ってか、むず痒い。
(20090804UP)