君をみつけた日
後編
その夜。良い気分でベッドに入った銀時だったが、夜中にふと目を覚ました。
やべ、眠れねえ。
昨日までは、入寮している生徒は1年のほんの一部だった。
けれど、今日は1年生の入寮者50名あまりが同じ建物の中にいるのだ。
決して建物の壁が薄いわけではないのだが、多くの人間の気配がして落ち着かない。
明日は2・3年が戻ってきて、およそ150名もの生徒がここで生活することになる。
げ。
想像しただけで気分が悪くなった。
元々銀時は、両親と3人暮らしだった。
幼いころに両親が亡くなってからは祖父母に引き取られ、祖母がその後すぐに亡くなってからは、祖父と二人きりの静かな生活だった。
昼間はともかく。夜にこれほど多くの他人と一緒になる機会はめったにない。
修学旅行の時などは『旅行だから』と割り切れたが、これからはここで3年間暮らしていかなければならないのだ。
「………さ、かた…?眠れねえのか…?」
銀時が途方に暮れていると、十四郎が目を覚ました。
「あ、悪ぃ起こしたか?」
「平気だ。俺も、寝付けなかっただけだ。」
「…お前も…?」
「まあな。」
「うるさすぎんだよな。」「静かすぎんだよな。」
………。
「「は?」」
「うるせえだろ?」
「や、静かすぎだろ?」
………。
それから二人は互いに自分の家庭環境を競うように話した。
銀時が、自分の境遇をこれほど構えずに他人に話をしたのは初めてだったかもしれない。
そして、自分とは真逆の十四郎の環境に驚く。
「はあ?9人兄弟!?」
そんなのはTVの中だけの話だと思っていた。
「ああ、もう家に居場所がなくて寮に入ったんだ。」
大部屋に数人で雑魚寝が当たり前。1枚の布団に一人で眠ったことなど過去に数えるほどしかない。
誰かがトイレに起きれば、手や足を踏まれるのは日常茶飯事。
生まれたばかりの姉の赤ん坊は夜泣きするし…。誰かの寝言、歯ぎしり、鼾がどこからか聞こえてくる。
「………へえ…。」
銀時だって、普通に両親兄弟がそろっている他人の家族を羨んだことがないとは言えない。
けれど、ここまで行くともうただ別世界で溜め息しか出ない。
十四郎の方も、自分とはまったく違う環境にいる銀時に驚いたようだ。
ただ、互いに自分とはあまりに違いすぎるために同情だとか憐憫だとか、そう言う感情は全くといいほど浮かばなかった。
それが銀時には心地よかった。
確かに自分はこれから一人で生きていかなければならない、両親や祖父母が亡くなって寂しいとも思う。
けれど、他人に同情されるほど自分を可哀想だと思ったことはない。つもりだ。
だから、驚きつつもそれ以上の目を向けてこない十四郎にさらに好感を抱く。
「…なんか、話たらすっきりした。ちっとは眠れそうだ。」
「ああ、俺もだ。」
クスリと笑い合って、2度目の『お休み』を言い合って布団をかぶった。
寝心地の悪さに完全に慣れるまでには、まだしばらく時間はかかるだろう。
けれど、十四郎も同じように(理由は真逆だけど)眠りづらいと思っていて、それを克服しようとしているのなら。
同じように頑張っている者がすぐそばにいるというだけで、気持はぐっと落ち着いた。
いつもと同じとまではいかなくても、これなら何とか眠れそうだと思った。
翌日は、足りない日用品などを買出しに揃ってバスで出かけた。
1年生の多くが買出しに出ていて、スーパーやホームセンターのあちこちに見知った顔があった。
シャワールームや、トイレの掃除をどうするか…?など、を何となく決めながら、両手に大きな袋を提げて戻ってくると、寮はさらに賑やかさを増していた。
2・3年生が戻ってきたのだ。
ざわり。
再び銀時を見て、あたりがざわめく。
ち、またかよ。
いつものこととはいえ、うんざりする。
隣で十四郎は何を考えているのか、今までも何度か同じような場面に遭遇しているのだが特に何も言わない。
気付いてねえのかな…?
これまで十四郎を見ていて、割と細かいことは気にしない性格らしいと分かっていた。そりゃあれだけの大家族で生活していたらいちいち細かいことを気にしてもいられないのかもしれない。と、昨夜は思ったのだけど。
気付いていてもいなくてもいいけど。せめて不快に感じてねえといいなと思った。
銀時自身とは割と仲良く接してくれる友人でも、周りが銀時に対して眉を顰め始めると一緒にいるのが居心地が悪くなるらしく、離れて行った者も過去にはいたのだ。
せっかくうまくやっていけそうな奴と出会えたってのに…。
そして、それは夕食のときに起こった。
寮生は6時から8時の間に1階にある食堂で夕食をとることになっている。
昨日までは1年生だけだったので、割と穏やかな雰囲気だったのだが。今日は上級生がいるため1年生はみな緊張気味だった。
昨日ははしゃいでいた奴も、今日は大人しくしている。
銀時と十四郎が食堂へ入ると、またしてもざわりと食堂がどよめいた。
もう何度目だろう、幾分うんざりしながら銀時が小さく溜め息をついた。
「…今日は…、コロッケか。坂田、お前嫌いなのか?」
「へ?コロッケ?好きだぜ。」
「ふうん?なんか溜め息ついてたみてえだから嫌いなのかと思った。」
「俺、特に好き嫌いはねえよ。」
「ああ、俺も。そんなん言ってたら食うもんなくなっちまうし。」
「ははあ。」
『うちの食事は「あるものをある時に食う」だったから。』
今日の昼食をファーストフードで食べながらそう言っていたのを思い出す。
さぞかし熾烈な生存競争が繰り広げられていたんだろう。ものすごい早食いだった。
食堂はセルフサービスになっているので、大きなトレーに自分の分を載せながら一通りそろえて席に着いた。
どうしても1年生は1年生で固まってしまう。
その中でも割と親しくなった、沖田、近藤、高杉、桂たちが座っているテーブルについて食事を始めた。
どこの店が安かったとか、他にもそろえた方が良いものはないか?とか。おおよそ高校1年男子のする会話とは思えないような所帯じみた情報交換をしながら食事は和やかにすんだ。
6人そろって食堂を出ようとしたときのことだった。
6人の前に数人の上級生が立ちはだかった。
「おい、お前。入学早々目立つ頭じゃねえか。」
ガラがいいとは言えない仕草。ニヤニヤと笑いながら6人をとり囲む。
ああ、まったくもう。
銀時は内心盛大な溜息をついた。
ただ、驚いたのは、一緒にいる5人の気配だった。誰一人怯えた様子がない。
「染めてんのか?誰の許可取ってそんな目立つ色にしてんだよ。」
そう言って一人が銀時の髪に手を伸ばした。
その時。
すっと十四郎が銀時の前に出た。
「こいつの髪は地毛っすよ、先輩。」
低い落ち着いた声。
威嚇しているのでも、抗議しているのでなく。ただ、そうなのだと告げただけの声。
「…っ、何だ手前は。」
「こいつの同室者ですけど。」
「地毛だと〜?この髪が?」
「はい。俺昨日引っ張ってみたから分かります。確かに地毛でした。毛根まで白かったですから。」
そう言われてはこれ以上言い募れない。けど、一旦絡んでしまった以上、上級生として何とか体裁を取り繕わなければおさまりがつかないのだろう。
納得しきれない様子でいる上級生に土方はさらに言葉を重ねた。
「ちなみに天パです。プロにやってもらったんなら、もう少し何とか体裁取り繕ってくれると思うんで。」
「ちょ、土方!何それ!俺の頭は失敗パーマだとでも言うつもりかよ!」
「…そんな感じだろ?」
「ひでえ!しょうがねえだろうが、生まれつきなんだから。ち、手前はまっすぐでサラサラヘアだからって威張ってんじゃねえぞ!」
「別に威張ってなんかねえよ。」
「くそ、羨ましくなんかねえからな!」
「ははあ、羨ましいんですィ。」
「羨ましくねえって言ってんだろう!!」
沖田がまぜっかえすのに、必死に反論する銀時を十四郎たちが少し可哀想なものを見る目で見る。
「…まあ、地毛なら仕方ねえな。」
そんな銀時の様子に、絡んだ先輩たちも哀れに思ったのかもしれない。
肩を竦めて行ってしまった。
あれ、これってなんか助けてもらったっぽくね?
銀時がそんなことを思っていると、寮長の先輩がやってきてポンと銀時の肩をたたいた。
「あれ以上もめるようなら止めに入るつもりだったんだけどね。…必要なかったな。」
十四郎を見てにっこり笑う。
ああ、やっぱり助けてもらった感じだ。
「土方、サンキュ。」
「………?何が?」
当の本人はさっぱり分かってないらしい。
思わず寮長と目を合わせる。
「男前だなあ、君は。」
寮長が苦笑しながらポンポンと十四郎の頭をたたく。
高杉や桂も『天然か、こいつは』と呆れたように呟いた。
十四郎が銀時の1歩前に出て庇ってくれたときの、真黒な後頭部を見た時のドキドキ。
先輩が十四郎の頭を触った時の、チクリと痛んだ心臓。
一緒にいると、落ち着くのに落ち着かないような変な感じ。
………、何だ?これ。
20091117UP
END