「2年生になりました」

 

 


「うああああ〜ん。ひ〜じ〜か〜た〜!!!」

寮の廊下を歩いていた十四郎は、後ろから銀時の絶叫が聞こえてきて、何事かと振り返ろうとした。

その途端、ドンと何かがぶつかってくる。

「うお。」

「土方〜、土方〜、助けて〜〜〜〜。」

しがみついてきたのは銀時。

「な、何なんだよ、いきなり!離せよ!」

「いやだ〜、もういやだ〜!」

人の話など聞きもしない銀時に十四郎は、はあああと溜息をついた。

「どうしたんだよ?」

こうなったら話を聞くまで離さないだろう。

隣にいた高杉はニヤニヤと笑いながらこちらを見つつ、我関せずと傍観の構えだ。

「何なんだよ、あいつ!あいつ〜〜〜!」

「…?あいつ?」

しがみついたままの銀時をちょっと鬱陶しいと思いながらも、律儀に聞き返す。

「こら、銀時。」

そこへ現れたのは桂だった。

「貴様俺がまだ話の途中なのに、どこへ行こうとしてるんだ。…大体だなあ…。」

「うわあ、もう、やだ、お前の話なんか聞きたかねんだよ!!」

そう言ってシッシッと桂を払うようなしぐさをしつつ、更に十四郎にしがみついてくる。

この頃になると、何事かと人が集まりだしていた。

「…何だよ?またお前たちか…。」

「寮長!!!」

3年の先輩が声をかけてくる。

そこへすかさず銀時が叫んだ。

「部屋替えしてくれ!!!こいつと同室なんていやだ〜〜〜!!!」

銀時がそう叫んでビシっと指差したのは、桂だった。

 


2年生と3年生は学年末に新しい学年に向けて、寮の部屋替えをする。

卒業生の抜けた後の部屋に新3年生が入り、2年生の抜けた後に新2年生が入る…という形で、新年度新たに入学してくる1年生の分の部屋を開けておくのだ。

新3年生の部屋替えは昨日までに終わり、今日は新2年生。…つまり、銀時や十四郎の学年が移動となる。

新たに発表された部屋割に従って、十四郎もつい先ほど部屋替えを済ませたばかりだ。

「…全然知らない奴より良い…って言ってたじゃねえか。」

発表された部屋割を一緒に見た時、確かに銀時はそう言っていた。

その銀時と今年同室になるのは桂だ。

ちなみに、十四郎の同室者は高杉で、沖田は山崎という同じ剣道部の同級生、近藤は又別の同級生と一緒だ。

「こいつうるせえんだよ、そんでしつこいんだ。」

「………そうなのか?」

これまで1年間同室だった高杉に聞く。

「…さあ、俺は適当に聞き流してたし…。」

肩をすくめる高杉に、お前もそうしろと銀時に言えば。

「俺だって初めはそうしてたよ!けど、返事しねえといつまでもしつこく付いてくるし、細けえことにうるせえし!」

あああ、もう!!と頭を十四郎の背中にこすりつけてくる。

「いちいちいちいち小せえことをネチネチ言いやがって!京女かよ!手前は!」

「京女に限らず女性はネチネチしているものだ。それを包み込む度量がないから貴様はモテないのだ。」

「…お前らそれを女子のいるところで言うなよ。」

十四郎は溜息をついた。

「寮長!後生だから、部屋割変えてくれ!!俺はこいつと一緒にいると気が変になる!!」

血を吐くような叫びとはこのことだろうか?

普段割と飄々としている銀時の必死の様子に、さすがに寮長である上級生もガシガシと頭をかいた。

「いやあ、気持は分からんでもないが…。原則的に部屋割の変更は禁止されてるからなあ。」

「原則…ってことは例外もあるんだろ!」

「だからまあ、いじめがあったとか、極めつけに相性が悪いとか…。」

「極めつけに相性が悪いんだ!!!」

「あ〜、いやだから…。一方が口うるさい…っていう…それくらいじゃ…なあ。」

「そうだぜ、それくらい我慢しろよ。世の中にはいろんな人間がいるんだ。相性が合わないくらいで逃げてどうする?」

十四郎に言われて、ぐと銀時は押し黙った。

「ヅラと会わないから替えてもらって、次の奴とも合わなかったらまたゴネて替えてもらうのか?」

高杉が半笑いで言う。

「………。」

さすがにそれは『わがまま』の範囲だと気付いたのだろう。

銀時はうううう、と唸りながら十四郎にしがみつく腕にギュッと力を込めた。

十四郎は内心溜息をつく。

『万事屋』なる便利屋を校内で営んでいる銀時。

様々な依頼を様々な方法でこなしていく彼は、それなりに要領良く見えるし、社交的にも見える。

けれど1年間同室で暮らしてきた十四郎には分かっていた。

彼は一人っ子の典型で、甘えんぼで、人の選り好みも激しく、できるなら自分のペースを崩さず生きていきたいと思っているのだ。

たまたま十四郎はそんな銀時と上手く付き合うことができたが、すべての人間が銀時に都合よく接してくれるわけもない。

銀時は1年間桂と友人として付き合ってきたのだ。彼がどんな人間かくらいは分かっていたはず。

結局これは、急激に環境が変わってしまったことへの拒否反応に過ぎないのだろう。

十四郎はそう思って未だ背中にしがみついたままの銀時の頭に手を伸ばしポンポンと叩いた。

「急に桂に慣れられない…ってんなら、俺の部屋に遊びに来ていいから。」

「え、いいの?」

現金なもので途端に銀時の声が弾む。

しょうがねえな、と十四郎の隣から溜息が聞こえる。

「入り浸るなよ。」

高杉もそう言って頷いた。

 


 

気がすんだらしい銀時の様子に、寮長は『うまくやれよ。』と言ってその場を離れて行った。

それが合図のように、集まっていた者たちも散っていく。

「………なあ。」

未だしがみついたままの体制で銀時が十四郎の耳元にそっと囁いた。

「んだよ?」

自然と答える十四郎の声も潜めたものとなる。

「俺、来年は絶対に又土方と同室になるから。」

「…はあ?一度同室になった者は、二度同室にはなれねえって決まってるだろ。」

「そんなのは俺がどうにかする。」

「どうにか…って…。」

「とにかくありとあらゆる手を使って、来年は一緒になるからな。」

「………。」

すっかりヤル気らしい銀時。

そんな事が出来るものなのだろうか?

けど、銀時ならやってしまいそうな気もする。

どんな手段を使うのか?

本当に思い通りに出来るのか?

風紀委員会に所属していながら、半分くらいは『規則は破るためにある』と思っている十四郎。

寮則を曲げてでも来年は同室になれるのかどうか?

 


 

「お手並み拝見。だな。」

「おうよ。」

 


 

思わず零れたのは共犯者の笑みだった。

 

 


 

 

20101221UP

END

 


なんやかやで、皆銀時に甘ければいい。
(20101225:UP)