「はつ恋」

 

毎週月曜日の朝は、全校朝礼が行われる。

学園長の話や、生徒会からの連絡事項などが告げられた後。珍しく教頭が壇上へと上がった。

そして、スーツ姿の若者が3名続く。男2名女1名だ。

「今日から2週間、本学園で教育実習をする先生方です。」

おお。

生徒たちがざわつく中、自己紹介が始まる。

「………え。」

ぼんやりと眺めていた銀時が3人目に前に進んだ女性を見て思わず声を上げた。

 

 

昼休み。

相変わらずクラスは違うのにいつもの6人のメンバーが、学食で思い思いのメニューで昼食を取っていると。

「あれ、教育実習の女じゃね?」

隣のテーブルの生徒が、学食の入口を見て行った。

「ん?」

6人がそちらを見ると、薄いグレーのスーツに意思の強そうな顔立ちの女性が学食の中を見回していた。

「ああ、社会担当だとかって言ってたっけ…。」

「名前は…確か…。」

「ええと、………笹田…。」

受け持ちは2年のクラスに振り分けられたので、実際には自分たちには関係ない。大して記憶にも残っていなかった名前を思い出そうとしていた時。

その女性はずんずんとこちらに向かって歩いてきた。

「あ〜、いたいた、やっぱりそうだ。」

軽く手を振りながら近寄ってくる。

???

「銀時!元気だった? いや〜、すっかり大きくなっちゃって!」

「と、透子。」

銀時の天パの頭をガシガシとかき回しながら、懐かしそうに笑う。

「朝礼の時から気になってたのよ!なんたってあんたの頭は目立つからね。」

「やめろ、ってば!」

天パの髪をさらにぐちゃぐちゃにかき回された銀時が、その手を振り払う。

「知り合いか?」

十四郎が銀時に聞く。

「…あ〜、まあ。昔近所に住んでた姉ちゃんで…。」

「銀時が引っ越すまでご近所さんだったのよ。小っさいころから、死んだ魚のような目をしてたんだけど、相変わらずね。」

「っ、余計な御世話だ!」

銀時が引っ越す前…ということは、まだ銀時の両親が生きていたころか…。

十四郎はふと、そう思い当たったが口にすることはしなかった。

「で、銀時と同室の子…って誰?」

「あ…俺ですが…。」

「君?…お名前は?」

「土方十四郎です。」

「そう、よろしくね。いい子なんだけど、マイペースな子だから。」

「…はあ。…いい子…ですか…。」

「ちょ、土方、どうしてそこで引っかかる!?」

「いい子のお前が想像つかなかったから…。」

「ああ、確かに、坂田の旦那はいい子…ってより、ちょいとひねった子…ってかんじですねぃ。」

「ってより、ねじくれ曲がった…ってとこだろ。」

半笑いで高杉が言う。

「まあ単に困った奴ともいえるが…。」

「何言ってんだよ、桂。坂田はいい奴だぜ!なあ!」

近藤が笑いながら銀時の背中をバシバシ叩く。

「痛てえんだよ!ゴリラ!」

透子は、言いたいことを勝手に言い合う6人を、楽しそうに見ていた。

「何だか、楽しくやってるみたいで安心したわ。銀時は何かと誤解されやすい子だしね。」

「誤解?」

「ほら、髪が銀色だしね。」

「…銀色だと誤解されるんですか?」

本気で分からない、という風に十四郎が透子を見返した。

「え、うん、まあ、ほら、染めてるんじゃないか?とかね。」

「染めてないのは見ればわかるし、染めるくらいならまず天パの方をどうにかすべきじゃないでしょうか。」

「ぷ。本当、そうね。」

「そうね。とかあっさり認めてんじゃねえよ、透子!」

「ふふふ、じゃ、またね。」

笑って手を振って透子は食堂を出て行った。

「…初恋の相手…か?」

高杉の言葉に『ぶ』と銀時が噴き出す。

「近所のお姉さん…か。良いな。」

「美人さんだったからな。」

近藤がうんうんと頷く。

「え、マジかよ?」

十四郎が銀時を見る。

「気づいてないかも…と思ったらやっぱりですねぃ。」

沖田は呆れて溜息をついた。

モテまくる上に案外女子に対する扱いだって上手いくせに、基本的なところがおおざっぱなのが十四郎だ。

「あ、や、ほんのガキの頃の話だし、初恋…ってほどのもんじゃ…。」

「ふうん。」

「や、あいつ面倒見がいいからさ、近所のガキ大将みたいなやつでさ…。」

「坂田の旦那ぁ。まるで、浮気した旦那が必死に言い訳してるみたいでさあ。」

「っちょ、変なこと言うなよ!」

銀時が、慌てて沖田を止めようと声を上げた時。

 

キ〜ン コ〜ン カ〜ン コ〜ン

 

「予鈴だ。」

「ち、もうそんな時間かよ。」

「あ、やべ、俺次体育だ!」

慌てて立ち上がった近藤を合図に、全員がテーブルの上に広げていたトレーを片付け始めた。

「土方。」

教室へと戻ろうとした十四郎の肩を銀時がぐいと引く。

「んだよ?」

「違うからね!」

「?」

「透子が初恋とか、そんなんじゃねえから。」

「…あ〜、いや、別に。初恋くらい、この年でしてねえ方がおかしいだろ?」

「…………。」

「…俺、次移動教室なんだけど…。」

「あ、ああ。」

スルリと肩から外れた手。

どことなく不満そうな銀時の様子に首を傾げながらも、十四郎は自分の教室へと急いだ。

 

 

「………ちょっとあんた。」

「んだよ。」

「………しばらく見ないうちに…そっち方面へ…。」

「そっち方面って何だ!」

幼くして両親を亡くした近所のクソ餓鬼のことを、気にしていなかったわけではない。

けれど、その頃はまだ自分も子供で銀時のために何ができる訳でもなかった。

祖父母に引き取られたことは知っていたし、その後どうやら天涯孤独の身となったらしいことも聞いた。

心配しつつも自分の勉強や生活で手一杯であったことを言い訳に今日まで何もしてこなかったのが実情。

そんなとき、偶然にも教育実習先で見つけた特徴的な銀髪。

久々に見た子供は、小さな頃の面影を残しつつも背はすっかり透子を超え、学園内で『万事屋』なる便利屋をしつつ、したたかに生きていた。

感心もしたしほっともした。ついでに自分の非力さに少しへこんだりもしたけれど。

放課後に社会準備室へ訪れた銀時の口からこぼされたのは、男への恋愛相談だった…。

「土方十四郎クンね。」

たじろいでしまうほどのまっすぐな目。

彼のあの目に、銀時はどう映っているのだろう?

その髪の色ゆえに、今まで幾度も誤解され虐げられた経験を持つ銀時が、惚れたというのだから、きっと初めから銀時をまっすぐに見つめたのだろう。

「まあ、あれじゃない?彼は男には全く興味がないんじゃないかしら。」

「んなことは分かってんだよ!俺はただの親友なんだってことくらい。」

「親友の初恋話聞いてヤキモチを妬くなんて見たことないわね。」

「それも分かってんだよ。」

面倒臭いわね。

「…じゃあ、あれね。あの子の初恋…ってのが恐ろしく淡白で『あ、あの子ちょっといいな』くらいで終わってるから『初恋』ってのに特別な感慨も何もないんじゃないかしら。」

「………ありえそうだ。」

銀時の相槌が激しく納得した様子なので、それなりに核心をついたらしい。

「納得したんなら帰って!私これから明日の授業の準備とかレポートとか忙しいの!この後服部先生に課題提出に行かなきゃいけないんだから!」

「へえ、先生になるのも大変なんだな。」

準備室から出て行く背中を見送って。

小さかったあの頃の銀時を救えなかったことが、教師を目指したことの初めの理由なのだと、伝えることは一生ないだろうと思った。

 

 

「土方くん。」

教育実習の間は、女子寮での生活となる。(学園があまりにもへき地にあるために通うのが難しいからだ)

寮へ帰ろうと校舎を出ると、ちょうど十四郎が通りかかった。

「笹田先生。」

「『先生』 く〜、いいわあ。」

今日1日『先生』と呼ばれ、何度感動を味わっただろう。

勿論まだまだ未熟なことは承知しているが、やはり教師の道を進もうと決意を新たにしたところだ。

感動にうち震える透子を少し面白そうに見つめる十四郎。

顔は確かに整っている。

銀時の面食いぶりに少々あきれながらも、連れ立って歩く。

「ずいぶん遅くまで残ってるのね。」

「委員会で…。」

他愛もない会話を交わしながらも、十四郎を観察する。

「銀時のこと。よろしくね。」

「…はあ。」

「なんか、あなたに懐いてるみたいだから。」

「………。」

複雑そうな笑みを浮かべる十四郎に首をかしげた。

「…あなた、まさか知ってるの?」

「何をですか?」

「銀時があなたに惚れてる…ってこと。」

「………はあ、まあ。」

春休みに告白されたのだという。

「…よく平気ね。」

「?」

「気持ち悪くないの?」

「??…なんでですか?」

真っ直ぐに見返されて、またしてもたじろぐ。

「最近はそう言うの結構オープンになってきた方だとは思うけど…。まだ偏見で見られると思うのよね。」

「…ああ。」

そういうことかと納得したように頷いた十四郎は、言葉を選ぶ風にして行った。

「あいつがいい奴だってのは、知ってるから。…多分、俺が一番に。」

『親友』…って言ってたっけ。

自分は所詮女で、男の子である二人の考え方や感覚なんてきっと一生分からない。

銀時と十四郎と、二人ともがそれで納得しているのなら周りが口をはさむことではないのだろう。

「そう言えば先生。坂田の初恋の相手なんだって聞いたけど。」

「あはは、そうらしいね。さっき、初めて聞いて驚いたわ。」

むしろそのあとの十四郎への恋の告白の方に驚かされたけれど。

「先生は、どうだったんですか?」

「私?」

何故そんな事を聞くのか?驚いて見返した透子に相変わらず真っ直ぐな目が映る。

「その頃あの子は小学生の低学年よ。…どうにか思いようもないわ。………まあ、あのまま近所にいて一緒に育ってたらどうなったかは分からないけど。」

記憶の中の子供が、すっかり男らしくなった姿に一瞬ドキリとした。

銀時が、中学生になり高校生になる。その姿をすぐそばで見ていたら…どうなったか分からない。

「…そうですか…。」

「…あ、生徒相手に恋愛話なんて教師失格だったかしら…。」

「内緒にしときます。」

小さく笑った十四郎と別れて、女子寮の自室へと戻った。

 

 

「土方〜。」

十四郎が机で宿題をしていると、銀時が後ろから抱きついてくる。

「んだよ。」

「今日、透子と一緒にいたって?」

相変わらずの早耳だ。

「ああ、偶然帰りが一緒になったから。」

「なあ、何話してたんだよ?」

「別に…大したことは…。ああ、なんか『先生』って呼ばれるたびに感動してたみてえだけど。」

「ふうん…。」

少し不満そうに鼻を鳴らして、銀時はそのまま十四郎にギュッと抱きつく。

「…何だよ?どうした?」

「…なあ、お前の初恋…って………、いいや、何でもねえ。」

不自然に言葉をきった銀時。

抱きついた腕はそのままだったが、言葉を続ける気はないようだ。

「お前のクラスは宿題でなかったのか?」

「出たけど、いい。」

「馬鹿、良くねえだろうが。」

それでも、無理やり銀時を引き離す気にはならなかった。

「なんか今日は土方が優しい。」

「はあ?キモイこと言うな。」

そっけなく返しておきながら、自分でも分かっていた。

なぜか今日は、銀時が自分に構ってくるのが嬉しい。

先ほどの透子との会話を思い出す。

銀時は透子と会い、自分とのことを銀時は話したのだ。

内容が内容だから、他の人間のいないところで二人きりで…だろう。

久しぶりに幼馴染にあったのだから、別におかしいことではないのに。

何故、自分はそれを面白くないと思っているのだろう。

透子が銀時の初恋の相手だから?

昼休みが終わるとき。わざわざ十四郎を呼びとめて、『違うから』と言ってくれた銀時の言葉が嬉しかったのは何故だろう。

透子が、銀時のことをなんとも思ってないと分かってほっとしたのは?

あの時。

自分が一番だ…なんて…。

まるで、己の存在を誇示する様な言い方をしてしまった…。

我ながら、なぜあんなことを言ってしまったのか分からない。

銀時は確かに十四郎を好きだと言ってくれたけど、自分はその気持ちにキチンと返事を返していない。

そんな自分に、自己主張することなど許されないし、銀時が過去に好きだった人を見て不快に思うことも許されないはずだ。

けれど、自分の中にある銀時への気持ちが恋愛感情であるのかどうなのか?今だ確信が持てないのも事実。

 

 

それでもいずれ、自分は答えを出さなければならないのだろう。

心の隅でそう決意して。

 

 

けどとりあえずは。

調子に乗って頬にキスをしてきた銀時を、1発殴っておいた。

 

 

 

 

 

20110311UP

END

 


学校行事ネタ提供は玉井様。ありがとうございました。
誰を教育実習生にしようか?思いついたのは笹田透子女史、オリキャラですみません。
ちょっとしたモヤモヤとドキドキと。 青春です。
(20110324UP:月子)