「やさしいシリーズ」の設定で。
熱にうかされる
「………。」
ブルブルと言葉も無く震えるフュリー。
「…恐ろしいことの前触れかも知れません。」
普段よりさらに顔色を悪くするファルマン。
「………今日は…雨が降るかなあ…。」
溜め息つきつつ、窓の外の晴れ上がった空を見上げるブレダ。
「…不気味…。」
顔をしかめるリアーナ。
「…悪いモンでも喰ったんスかね?」
何か落ちてるものを拾い食いしたのかも…と彼の今朝からの行動を反芻するハボック。
「何でもいいわ。今日の分を上げてくれさえすれば。」
歯切れの悪い他のメンバーに比べ、ホークアイの言葉は明快だった。
と、いうのも。
いつもは隙あらばサボろうとする直属の上司マスタングが。
何故か大人しく机に座っている上に、絵に描いた有能っぷりを発揮してバリバリと仕事をこなしているのだ。
他の司令部ではありえない『サボる上司』に慣れている面々にとっては、正に面妖としか言いようの無い事態なのだ。
「デートの予定でも入ってるのかな?」
「だとしても、本腰入れ始めるのはいつもギリギリよ?」
「ですよね。」
「何か、いいことでもあったとか?」
「だったら何で、あんなに不機嫌そうな顔してるんですか?」
「じゃ、逆に嫌なことがあったとか…。」
「そしたら、とっくにサボってる。」
「ですよね。」
ぼそぼそと噂する部下の言葉も耳に入っていないような集中ぶりだ。
思い当たるところのあるホークアイだけは淡く苦笑していたが。
「…あ…。」
リアーナがふと声を上げた。
「…まさか…。」
「どうした?」
「…私、過去に1度だけ真面目な大佐見たことあった…。」
「…っ。……ああ、…又か。」
「…何だ、それか。俺なんかもう4回目だ。そういえば。」
東方司令部勤務の一番長いブレダが溜め息をついた。
「……大佐。…風邪引いたんですね。」
フュリーががっくりと肩を落とした。
「天邪鬼なこと、この上ないですね。」
ファルマンも苦笑する。
普段あれだけサボりまくるくせに。
熱があるとか、どこか怪我をしてるとか。何か精神的にダメージを受けているとか…。
周りが、この場合は休んでも仕方が無いだろうと思うときに限って真面目に仕事をするのだ。
性格の歪みまくったこの上司ならではだ。
「あの調子じゃ39度は越えてんじゃねーか?」
「越えてるのに100センズ。」
「38度台に50センズ。」
少額とはいえ上司の熱で賭けを始めた部下達。さすがに不謹慎だと咎めようと顔を上げたホークアイだったが。
軽口を叩きながらも、皆の手元の作業がスピードアップしているのに思わず表情がほころんだ。
それぞれが今日の自分の仕事を早く終えて。上司の看病だとか、それを担当する者のフォローだとかをしようというのだ。
「ハボック少尉。トウエン少尉。今机の上にある書類が終わったら、大佐を家に連れて返ってもらえるかしら。」
「「はい。」」
「医務室に連絡を入れておくから、寄って診察を受けさせて。」
「はい。」
「何か食べさせておいたほうがいいですよね。ハボック、途中スーパーに寄って。どうせ、大佐の家に食料なんて無いんだから。」
「分かった。」
良く気のつくリアーナと、何だかんだ言ってマメなハボックの二人に任せておけば、上司の方は大丈夫だろう。
『医者は嫌いだ』などとごねたりしたら、力技で担いでいってもらえば良い。
「ファルマン。悪い、今日の巡回替わってくれ。」
と、ハボック。
「はい。」
「フュリー曹長。出来たらあの資料、資料室へ戻しておいてくれる?」
リアーナが台車に積んである資料を申し訳無さそうに示す。
「はい。大丈夫ですよ。今日中に返却できると思います。」
「ブレダ少尉。大佐が終えた書類のチェックをしましょう。」
「分かりました。」
ホークアイ一人では到底追いつかない。それほど、マスタングは物凄い勢いで手を動かしていたのだ。
「…中尉。」
「何かしら?」
リアーナがふと、ホークアイを呼んだ。
「大佐…大丈夫…ですよね。」
少し不安げな声音に、他の皆も顔を上げる。
口ではあれこれ言ったって、皆具合の悪い上司を心配しているのだ。
その証拠に『こんなにはかどるなら、いつも具合が悪ければいいのに』などと言う者は一人もいない。
「体力はおありだから、少し休めばすぐに良くなるわ。」
「良かった。」
それでも、明日位は欠勤と言うことになるだろう。
やはり今日の分だけでも終えていってもらわなくては…。
残り少なくなった書類を見つつ、声をかけるタイミングを計るホークアイだった。
20060330UP
END
大佐…。
これは出演しているといえるのでしょうか?
きっとハボに担がれて家に帰り、リアーナに叱られながらおかゆでも作ってもらうのでは?
始終冷静な中尉が素敵。
(06、04、01)