『やさしいシリーズ』の設定で。
七夕伝説
「今夜は雨かねえ?」
「この雲行きじゃあなァ。」
「残念ですね。1年に1度の逢瀬だというのに。」
「雨降ったら会えないんでしたっけ?」
指令室で男4人が窓の外のどんよりとした曇り空を見上げていた。
そこへマスタングとホークアイ、それに資料室から戻ったリアーナが入ってきた。
「何だ?窓の外に何かあるのか?」
首を傾げたマスタングに、それぞれ口を開いた。
「違いますよ。今日は7月7日でしょ。」
「七夕、ですから。」
「この雲行きじゃ夜は雨かなって話してたんです。」
「確か、雨が降ると会えないんですよね?」
「……ああ、七夕か…。」
つられるようにマスタングも窓の外に目をやった。
どんよりと立ち込める黒い雲。
こんな日は、自分も『無能だ』とからかわれるのが必至だから好きではないが。
1年に1度っきりのデートを取り消しにされるカップルに比べれば、まだマシか?
マスタングがそう考えていると。
ホークアイとリアーナが顔を見合わせた。
「七夕…だったわね。」
「ですね。…織姫と彦星の…。」
女性二人。きっとかわいらしくもロマンチックな会話が展開するものと誰もが思った。
「あれですよね。仕事サボって遊びまくったんで、1年に1度しか会っちゃいけないって罰を喰らった…。」
「自業自得ね。」
「ですよね。」
当然と言う風に頷きあう二人に、室内の温度が一気に3度下がったような気がする。
「あ、エエと。この伝説には異説もありまして…。」
慌ててファルマンが口を開いた。
「天女に恋をした若者が竹を伝って天まで昇ったんですが、天界で暮らすには王が出した試験に合格しなければなりませんでした。
それは食べ物は必ず横に切るというものでした。若者は上手くこなしていたのですが、最後の最後に出てきたウリをうっかり縦に切ってしまったため、そこから水が流れ出して天の川となり、二人は離れ離れになってしまったと…。」
「へ…へえ。そんな話もあるんだ。」
「ざ…残念だったよなあ。最後の最後で…。」
「間抜け、だわ。」
「本当ですね。詰めが甘いんですよね。」
「目的を達成するためには、慎重に行動することが重要です。」
さらに、室温は3度下がった。
「………もう、いいよ。」
二人の厳しい批判に、マスタングが力なく手を振ってこの話は終わりとなった。
これ以後、マスタング組の中で七夕の伝説について語られることは一度も無かったという。
「何をしているんだね?」
その日。帰宅しようとマスタングが司令部のロビーまで出てくると、2週間ほど前からそこに置かれていた大きな竹の前に指令室のメンバーが揃っていた
皆出払っているのかと思ったら、こんなところにいたのか…。
丁度、ハボックに抱え上げられたリアーナが。笹の上の方に短冊をつけようとしているところを皆が見上げているところだった。
「お願い事ですよ。」
にっこり笑うリアーナ。
「君は七夕に批判的なんじゃなかったのかね?」
その場に参加しているホークアイにも目をやりながら言うと。
「それとこれとは別です。信ずるものは救われるんですよ?」
由来や伝説に異論があろうと。叶えてくれるというのなら、一応お願い事はしておこう…ということらしい。
「………。なるほど。」
その現金さに呆れながらも、そうまでしてする願い事に興味があった。
「何を願ったんだね?」
「それが、偶然皆一緒だったんですよ。」
「ほほう。」
「知りたいです?」
「あ…ああ。」
多少の嫌な予感はしつつも頷くと。
「「「「「「今年こそ大佐がサボりませんように!!」」」」」」
揃って言われて一歩引く。
「大佐。私たちの願い。叶えてくださいね。」
にっこり笑うリアーナと、ニヤニヤと笑う男性陣。
そして、口元だけにうっすらと笑みを浮かべるホークアイ。
背筋にゾクリと何かが走った。
「……あ、……ああ。善処しよう。」
マスタングは、その場から逃げるように帰宅の途に付きつつ、『七夕』は鬼門だと溜め息を付いた。
20060617UP
END
リアーナとホークアイは、サボるものには罰を…と思っていると思う。
ほんとは「やさしいシリーズ」に入れるつもりで考えていたのだけど、あまりの色気の無さで。こちらへ。
(06、06、24)