「ここにいるよ。」の設定で。

 

 

 

食べる!

 

 

 

「あいっかわらず、お前は味音痴だなあ!」

「何だと、ヒューズ。燃やされたいかっ!」

「…もう、止めなさいよ。」

 周りの迷惑よ。と窘められて男二人は首を竦める。

 久々にセントラルで3人で会う機会を持てたため、ジモティ(ヒューズ)お勧めの飲み屋でグラスを傾ける。

 ここは、安い割には酒もツマミも美味いものをそろえている。その上、店の雰囲気も悪くない。

 そうなれば酒も進むというもので。

ほろ酔いとなれば必ずヒューズがロイをからかいはじめ、いちいち真に受けて声を荒げるロイ、そんな二人をたしなめるミリアム…というのはもうお約束だった。

「お。ちょっと失礼。」

 ヒューズが席を立って、店内の奥の公衆電話へと向かった。

「ウチのお姫様に電話!」

「もう、寝てるんじゃないの?」

「いちいち断らんでいい。早く行け!」

 とろけるような顔で受話器を握るその顔を見ると、いつも親友を止めたくなる。

「…ロイ。」

「うん?」

「………。あんた、まだ味覚戻ってないの?」

「………。」

 ヒューズは元々ロイが味音痴なのだと思っている。

 というのも、彼の基準はいつも愛する奥方で…。その料理を淡々と食べた親友は味音痴だという烙印を勝手に押したのだ。

 だが、ミリアムは知っていた。

 出会った頃はロイの方が料理が上手かったくらいなのだ。

 溺愛する妹にフルコースの料理をあっさりと作ってやっていたし。…というか、基本的に妹の口にするものは自分の作ったものでないと安心できない…というくらいに気を使っていた。

 むしろ、まともに味覚が無かったのはその妹の方だった。

 それをロイが様々に工夫を凝らした食べ物を食べさせ、きちんと味を感じることが出来るように導いたくらいなのだ。

 そして、ミリアムも…。

 学生の頃はヒューズが好きだった。

 彼に差し入れなどを作ろうと張り切るたびに、毒見役をさせたのはロイで。

 嫌味付きではあったが、味や作り方のアドバイスをしてもらい本当に世話になった。

 もっとも、自信を持って差し入れが出来るようになる頃にはヒューズはグレイシアと付き合うようになったのだから、皮肉と言うかタイミングが悪いというか…。

 そんな味覚も料理の腕も超一流の(とミリアムは思っていた)ロイが、ヒューズに『味音痴』の烙印を押されるようになったのは………イシュヴァールの内戦から帰って来た後だった。

 ミリアムだって、あの内戦には参加したけれど。

 所詮一兵卒であったミリアムは後方支援が主で、最前線に毎日送り出されていたロイとは明らかに傷の大きさが違う。

 どれほど辛かっただろう…。

 恐らくは、『幼い妹がたった一人でセントラルで自分の帰りを待っている。』

 その事実が無かったら、生き残れなかっただろう程に。

「…そんな顔をするな。」

 困ったように苦笑するロイ。

 …どんな顔をしていたというのだろう。

「元々食べる…ということに対しての執着は薄い方だったんだ。」

「…お義母様に毒を盛られたから?」

 後妻であったジュディの母親は、ロイを排除するために時折その食事に毒をもった。

ただ、本人にも罪悪感はあったのかそれほど強い毒性のものではなかった為。口の中が爛れるとか数日お腹を壊すとか…そんな事ですんだお陰でこうして生きているのだが…。

 そんな経験があるからこそ妹にはめったなものは食べさせられないと、自分が全て手作りしていたのだ…。

「ジュディの事があったから料理をしていただけで、一緒に暮らしていない今は必要ないからやっていない。だから、それほど神経質に味にうるさくなる必要は無い…そういうことだ。」

「………そうかしら…。」

「心配性だな。」

「心配しているわけじゃないわ。

 人間は大抵1日3回食事をするでしょ。10日で30回。1年で1000回以上。なのに美味しく食事が食べられないのはかわいそうと思っただけよ。」

 それを心配と言うのではないのか? 内心ロイはくすぐったく思った。

「確かに、軍の上層部のジジイ共との会食は全く持って味気ないが。」

「…それは誰でも同じでしょ。」

「だが、こうしてヒューズやミリィと一緒の食事は楽しいし美味いぞ。」

「………。」

 それでもイシュヴァールから帰ってきて暫くは、ロイが何を食べてもほとんど味を感じなかったのは事実なのだ。

「何だその疑ってる目は。」

「疑ってるのよ。」

「何故だ。」

「だって、ここ。結構美味しいでしょ。」

「まあな。…そんなに言うならこれを喰ってみろ。」

 ロイは自分用にと取り分けられた取り皿をミリアムへと押しやった。

 一口食べて。

「…何?これ。マズイ。」

「ヒューズのバカが酒を零したんだ。」

「…お皿、取り替えておきましょう。」

 こちらをちらとも見ないヒューズの取り皿とこっそり取り替える。

「戻ってきて気がつかなかったら笑ってやるわ。」

「ああ、良いなそれ。」

 ほっとしたように笑うミリアムに笑い返しながら。

 けれど美味しいと感じられる本当の理由は、彼女が一緒だからだということはもう少し内緒にしておこう。と思うロイだった。

 

 

 

 

 

 

20060708UP
END

 

 

 

おお、このコーナーとしては珍しく色気があるぞ。
イシュヴァールの後、ロイの味覚が無くなったというエピソードは元々あって、どの話に入れるか悩んだのですが。
所詮当サイトはハボ中心エド次点。
大佐の出る幕は無かったので、ここへ。
「ここにいるよ。」連載開始前のウォーミングアップと言うことで…。
(06、07、11)