「やさしいシリーズ」の設定で。

 

 

 

 軍人の女なんて、たいしたこと無いと思っていた。

 兵器や格闘技のオタクか、そうでなければ玉の輿を狙って男を物色しているか。

 あるいは自身が出世しようとか。

 その3種類しかいないと思っていた。

 

 

 

俺のマドンナ

 

 

 

 そんな俺が彼女に気付いたのは、多分彼女がどこか他の土地からこのイーストシティへと赴任してきてから間もない頃だと思う。

 いつも胡散臭く感じていた軍人の巡回。

「あなたはそっちへ回って。」

 きびきびと指示を出す綺麗な声が、耳に飛び込んできた。

 振り返った先には、明るい栗色の髪をアップにした美人が居た。

 以前に見たことのある金髪のきつめの美人とは違い、穏やかな表情の割と可愛い感じの子。

 こんな子が、軍人?

 もっとおしゃれなブティックの店員とかOLとかそんなのが似合いそうな子なのに…。

 それからは、何となく街の中で軍服を見かけると彼女を探すようになっていた。

 初めのうちこそ、他の軍人達がその様子を窺うようなそぶりを見せたりしていたけど。すぐにその言に『はい』と従うようになるのを見て、隊長としても信頼されているらしいと分かると。なんだか自分の事のように誇らしく思ったりして。

 そんな風に気にしていたから、すぐに気がついた。

 彼女の視線が誰を追っているのか…。

 俺らの商売敵、タラシで有名なロイ・マスタング…では無く。

 金髪の長身。少しタレ目気味のいっつもタバコを咥えている男。

 どこまで本気か分からないような軽口ばっかり。

 ……でも、そいつも隊員にも街の人間にも慕われているようだった。

 彼女と二人で巡回している時の気の合いようからして、二人が付き合い始めるのも時間の問題だと思っていたのだが…。

 タレ目の視線はいつも彼女を通り越し、他の誰かに向けられていた。

 彼女は、表情では笑いながらも瞳の奥はいつも辛そうで。

 だから余計に目が話せなくなったのだ。

 

 

 あ、来る。

 前方から、彼女が颯爽と歩いてくる。

 一人だから巡回ではないようだけど。

 彼女が自分を知っているはずがない、声をかけてくるはずがない。分かっているのに距離が近付くにつれ、心臓がドキドキと高鳴る。

 当たり前だが何事もなくすれ違って、内心溜め息を付いていると。後ろで何か気配が動いた。

「大丈夫?」

 彼女の優しい声。

 振り返ってみれば、5・6歳の女の子が思いっきりベシャリと転んでいた。

 その手にしっかりと握られていたはずの風船が弾みでスルリと飛んで行ってしまったようだ。

「………っ。」

 泣くかな?泣きそうだ。

 そんな女の子を抱き起こし、服に付いた汚れをパタパタとはらってやる彼女。

「怪我は、無い? どっか痛い?」

「……う……ううん。」

 泣くタイミングを逸してしまったのだろう、途方に暮れた顔をしながらも小さく首を振る。

 その我慢強い女の子に、思わず俺は近寄ってしまっていた。

「お嬢さん。はい、ハンカチをどうぞ。」

 恐らく、大人の男性にハンカチなんぞ差し出されたのは生まれて初めてなのだろう。

 ぽかんと見返してきたその顔が、一気に赤くなる。

 おや、小さくても『女性』なんだな。

 変に感心しているとその子の母親が近付いてきた。

 かけて行く女の子を見送りながら、彼女が小さく笑った。

「ふふ、ありがとう。あの子、風船が飛んじゃったことなんてすっかり忘れちゃってるわ。」

「いいえ、ただ女性には甘い性質(たち)なので。」

「クスクス。おかしい、あなたまるで大佐みたい。」

「………大佐…って、マスタング大佐?」

「ええ、あの人がこの場にいたらきっと同じ事をしてたわ。」

「…あんまり嬉しくないんですけど…。」

「ふふ、そう?」

 複雑な顔をする俺をおかしそうに見やって、『あら、私急いでたんだったわ』と早足で行ってしまった。

『じゃ、ありがとうね。』

 気安くかけられた声が忘れられなかった。

 

 

 あの時は、結局『俺』と言う人間を認識してはもらえなかったけど。

 今は違う。

「あら、こんにちは。」

「やあ、リアーナちゃん。相変わらず、綺麗だね。」

「あなたは、相変わらず口が上手いわね。」

「これが仕事だからね。又、店に遊びに来てよ。」

 こうして巡回中でも顔を合わせれば気軽に声をかけ、ちょっとした世間話も出来るようになった。

 彼女にとって、俺は気の置けない友人へと昇格したらしい。

 それは、果たして喜ぶべきなのか悲しむべきなのか?悩むところではあるけれど。

 親しく話していると、彼女の後ろから大男が近付いてきた。

「おい、そいつと仲良くするな。」

「子供か君は?」

「何だと!」

 俺の笑顔は女性だけのもの、気に入らない男にまで愛想良くはしない。

 そんな俺を、彼女は相変わらず『大佐みたいだ』と笑うけど。

「男の嫉妬は見苦しいぜ。」

 親しく口を利く『友人』にやきもち焼いてどうするよ?

ぎゃんぎゃん吠えて、彼女に宥められる奴を見て苦笑する。

 俺がどう頑張っても手に入れることが出来ないその位置に、当たり前のようにいる男。

 どれだけ俺がお前を羨ましいと思っているか、見せてやりたいくらいだ。

「じゃ、またな。」

 徐々に二人の世界を作りつつある二人に手を上げた。

「うん。」

「又、店に来てくれよな。サービスするからさ。」

「ふふ、分かった。」

「行かんでいい。」

 苦虫と噛み潰したような顔をする男に、ちょっぴり優越感を感じつつ歩き出した。

 彼女が店に来るのは俺に愚痴りたい時。

 いつも笑っていて欲しいから、俺は一生懸命励ましてやる。

 それが結果的に奴との仲を取り持ってしまっているのが悔しいのだけど…。

 仕方ないんだろうな。

 あいつと上手く行っているときの彼女が一番綺麗なんだから。

 

 

 さあ、今夜も頑張ってお仕事しよう。

 彼女が店に来る時は、『この店のNO.1を』と指名してくれるのが常だから。

 まだ当分、この座を誰かに譲る訳には行かないのだ。

 落ち込んだ君を浮上させるのは。いつだって俺でありたいんだ。

 

 

 

 

 

 

20061102UP
END

 

 

「やさしいシリーズ」に出てきたホスト君の独白。
相変わらず、名前は謎のまま。
(06、11、06)