『やさしいシリーズ』の設定で。



 

 

いらっしゃいませ。

 

 

 

「いらっしゃいませ。」

 店の扉が開いて、入ってきた二人組みに笑顔を向けて『…おや』と思った。

 以前何度かこの店へ足を運んでくれていた客だった。

 そう、確か。

 あの背の高い男性が彼女に振られたとかで、一緒にいる少し太めの(失礼)男性ともう一人(今日はいないけど)すっとしたきれいな女性が彼を慰めていたっけ。

 散々グチを零して、女性に背中を叩かれ、男性には『お前女の趣味悪い』とかうんざりされつつ。酔っ払った背の高い男性を二人がかりで支えていく。

 そんな光景を何度も見た。

 当時は2〜3ヶ月に1度は姿を見かけたのに、そういえばこのところはずっと見ていなかった。

 確か職場の同僚とか言っていたっけ。

「どうも、今日予約してたんですけど。」

 今夜入っている予約はただ1組だけ。

『東方司令部』

 一口に東方司令部といっても限りなく人数はいる。

 今日は、確か焔の錬金術師ロイ・マスタング大佐が率いる小隊の有志による飲み会だとか…。

 では、彼らは軍人なのだ。……あの、キレイなお嬢さんも…?

「確か、30名ほどと窺っておりますが。」

「ああ、俺らは幹事。皆それぞれ仕事を終えたら来ますから。」

「分かりました。お席はこちらです。」

 少し奥まったところにある半個室のように区切られた席へと案内する。

「あ…あの、すみません。先に謝っておきます。」

「…は?」

「多分、…ってか、かなり皆はじけると思うので…。」

「ああ…。」

「ストレス溜まってるんで…。何かありましたら苦情はマスタング大佐の方へ…。」

「おい、ハボック。」

「や、平気だろ。」

「いや、後で来れたら来るって言ってたぞ。」

 マスタング大佐が?

 こんな(と言ったら失礼だけど)下士官達と居酒屋で飲むのか?

「だったら、余計に大丈夫だろう。かっこつけだから『ご主人、何かあったら私が責任を持つ』位言いそうじゃねーか。」

「ああ、かもな。」

 楽しそうにニヤニヤと二人で笑う。

 そういえば、この長身の男性の振られた理由のトップはマスタング大佐に彼女を取られたと言うのではなかったろうか?

 ちょっとした意趣返しなのだろうか?

 果たしてこのような小さな居酒屋からの苦情を、国軍大佐が取り上げてくれるのかどうかは分からないが『何かあったらそのようにいたします』と言うと、二人ともイタズラが成功した子供のような顔をして笑った。

 ……本当に軍人?

 この二人が?

 軍人と言えばとっつきにくく、いつもいかめしく無愛想にしているイメージがあった。

 高圧的で、尊大で。

 なのに、普通の若者に見えるこの二人が?

 暫くして、数人が集まり始めた。

 なるほど中には、りっぱな体躯を持ち合わせているものや。

 どこで作ったのか、大きな傷跡を惜しげもなくさらす偉丈夫もいて。

 数人参加している女性も、鍛え上げられ筋肉の付いた体をしていた。

 そんな若者が10人以上集まり始めると、『軍人』の集団らしく見えてきた。

 酔って笑って、幾分大きな声なのには圧倒されたがそれほどお行儀の悪い飲み方じゃない事に内心ほっとしつつ、料理や酒を言われるままに出していった。

 酒宴が始まり、1時間ほどたった頃だったろうか?

 再び、店の扉が開いた。

「いらっしゃいませ。」

「ウチの馬鹿共がお世話になっていると思うのだが。」

 マスタング大佐?本当に来た。

「み、皆さんあちらで…。」

 その鋭い視線が奥の個室に向けられる。

 と、信じられないことにフッと柔らかく微笑んだのだ。

 まるで、『しょうがないな』と小さな子供を見る親のように。

「大佐。早く中入ってください。」

「おや、すまん。」

 そして、その後ろからは久しぶりのお客様。

 栗色の髪をさらりと流した彼女だった。

 ああ、分かっていてもとても軍人には見えない。

 二人は、ためらうことなく乱れ始めた軍人の輪の中へと入っていった。

「大佐ぁ。お疲れっス。残業終わったんスか〜?」

「ああ。…ったく、お前がギリギリで不備のある書類なんぞを作るからだなあ。」

「不備があったのは悪かったっスけど、俺が書類作ったのはずっと前ですからね!」

「そうです。仕事をサボる大佐が悪いんですぜ。」

 途端に、そうだそうだ〜と回りから声が上がる。

 相手は、『大佐』だぞ!?

 他人事ながら内心焦っていると、『煩いぞ』と唸った後、大して気に留めた風も無く『こっちへどうぞ』と開けられた奥の方の席へと付いた。

 その間に、女性の方はもう一つ開けられた席。背の高い男性(確かハボックと呼ばれていた)の隣に座っていた。

「大佐ってば、飲み会の話を聞いた途端凄い勢いで仕事し始めたのよ。ホークアイ中尉が、呆れてた。私も、呆れたけどね。」

 記憶にあるのと同じさっぱりとした口調で、女性が笑う。

「じゃあ、大佐も来た事だし。改めて乾杯すっか〜。」

 後から参加した二人の飲み物を届けると、皆がグラスやジョッキを持ち上げた。

「はい、大佐。一言。」

「…そうか?…では、諸君。

セントラルから来た嫌味の権化のような視察団がようやくこの地を去った。

 弁当箱の隅をつつくような、せせこましい指摘は幾つかしていったが。たいしたアラ捜しも出来ずに肩を落として列車に乗り込む後姿に、胸のすく思いだった。」

 そういえば、このところ普段よりさらに横柄な軍人が街中を練り歩いていたような気がしたが…アレは視察団だったのか…。

「それもこれも、みな有能な私のおかげと…。」

 え〜〜と不満げなブーイングが起こる。

「後ろから殴ってやりたくなる衝動を抑えてくれた皆のおかげだ。」

 そうだ〜、と楽しそうな声が上がる。

「今日は。会費で足が出る分は私が出そう。」

 うお〜、やった〜。と歓声が上がる。

「この抑圧された数日の分、存分に楽しんでくれたまえ。…乾杯。」

 『かんぱ〜〜〜〜い』とグラスが上がり、それぞれ飲み干される。

 楽しげに部下達と笑い会う国軍大佐。

 ありなのか?そんなの。

 そしてふと気付く。

 先程の女性が、ハボック氏となにやら楽しそうに話をしている。

 幾分顔を寄せて、笑い会う様子は幸せそうで…。

 ようやく、このところ彼の氏が『振られた』とヤケ酒を飲む必要が無くなった理由を知ったのだった。

 良かったですねえ。

 彼女に心の中で祝福を送る。

 当時から、彼女がハボック氏を憎からず思っていたのは感じていたから。

 …と言うか、きっと気付いていなかったのなんてハボック氏くらいだろう。

 

 

 酒宴は続き、そろそろお開きの時間となった。

 その時。

 バタンと乱暴にドアが開けられ、店内に軍人が飛び込んできた。

「マスタング大佐!テロの一報が入りました!至急、司令部へお戻り下さい!」

「!!!!」

 まるで、ビデオテープの停止ボタンを押したかのように、全員が一瞬止まった。

「店主!すまないが人数分のミネラルウォーターを!」

「はい!ただ今!」

「全員正気だな!」

「はい!!」

 今の今まで楽しそうに酔って笑っていたのが嘘のように、厳しい表情になる。

 全員がミネラルウォーターを一気に煽ると、次々と店を出て行った。

「ハボック。」

 マスタング大佐はハボック氏を呼び止めて、何事か話している。そして。

「世話になったな。」

 そう言って颯爽と出て行ってしまった。

 一番最初に来た、太めの彼もその後に続く。

 その後ろからハボック氏が。

「あ〜、お勘定お願いします。」

「は?」

 『テロ』と言う言葉と『お勘定』と言う言葉が、一瞬では結びつかなくてぽかんとしてしまう。

「驚かせてしまってごめんなさいね。踏み倒すなんて事しないんで、安心してください。」

 ハボック氏の隣から、彼女がにこりと笑う。

「あ、ああ。はい、お会計ですね。」

 ハボック氏が出したのは、会費を集めたと思われる細かい札たくさんと。恐らく大佐から預けられた大きな札数枚だった。

「あ、あの、皆さん。酔っていらしたようですけど…大丈夫でしょうか?」

「大佐はあの位なら素面と同じです。他の皆も…まあ、車の運転なんかはまずいかも知れないけど、警備や人員整理くらいなら平気でしょうね。」

「そ…うですか。」

「じゃ、又寄らして貰います。…宜しければ。」

「ご馳走様でした。」

 二人に、『是非又いらしてください。お待ちしています。』と言うと、嬉しそうに笑って出て行った。

 これから、テロの現場へ向かうのであろう皆に心の中で祈る。

 

 どうか、皆さん怪我などなさいませんように。

 そして是非もう一度いらしてください。

 

 又のご来店を心よりお待ちしております。

 

 

 

 

20070315UP
END

 

 

何というか、実に何とも無い話だねえ。
本来なら、きっと飲酒した後は任務には就けないとは思うんだけどね。
実は、「今日はホワイトデーだからお前達は楽しんでいけ」とか大佐に言われて、
ハボックとリアーナだけおいてけぼりを喰らう…ってのも考えていたのだけど。
そんなことを妄想した頃にはホワイトデーにUPできないのは確実だったのでやめました。
(07、03、20)