イーストシティの街から少し離れたところを流れる一級河川の河原では。
年に一度、盛大な花火大会が行われるのが恒例だった。
当然、その警備に当たるのは東方司令部の指令室の面々であった。
やさしい笑顔を 〜花火大会〜
「ねえ、ハボック。ここなんだけど…。」
「え、これ俺じゃねえよ。ブレダ、お前だろ。」
「何だよ、トウエン。これ以上俺の仕事を増やすなよ。」
「何よ。私の仕事は増えても良いって言うの!?」
「まあまあ。」
「あ、そうだ。大佐に押し付けちゃえ!」
「「おい。」」
指令室内はいつもにも増して慌ただしかった。
通常の仕事に加え、花火大会の警備計画を立てたりしなければならない為だ。さらに言うなら、夏場はイーストシティ内で小さなイベントがいくつか行われるので、慌ただしく過ごすことになる。
他の皆が当たり前に取れる夏季休暇も、指令室では夏が終わってから。しかも、まとまった休みは望めない。大抵は、非番の日にもう1日くっつけて休むという形になる。そうなると、実家が遠かったりする者は、帰省すら出来ない訳で。
自分の隊を引きいて、現場で警備にあたらなければならない少尉3人組の共通認識は『夏はキライ』だった。
花火大会が近付いてくると、とにかく大忙しだ。
警備本部周辺は、ホークアイ。本部より上流がハボックで、下流がリアーナ。イーストシティ市街はブレダで、フュリーは本部設営と通信機器の設置・管理。マスタングは警備本部に詰めて、指揮を執る(来賓の接待込み)。ファルマンはマスタングに張り付き護衛兼雑用。…と大まかには分れているが。 何しろ、範囲が広過ぎる。
大会の関係者と打ち合わせしつつ、警備計画の調整や変更を行う。周辺の交通規制、見物人の誘導……。考えるのも嫌なくらいに、仕事が後から後から後から後から追いかけてくるのだ。
「…いつから花火大会は見るものから、警備するものに変わったんだろう…。」
「軍人になったときからね。きっと。」
「…そうか。大人になってから、花火大会なんてまともに見てないな。」
「奇遇ね、私もよ。」
すっかり冷め切った弁当を、警備本部のテントの隅でつつくハボックとリアーナ。テントの中も外もざわざわと落ち着きはないし、組み立て式の簡易テーブルに折りたたみの出来るパイプ椅子がわびしい気持ちに拍車をかける。
暑さのため、二人とも軍服の上着は早々に脱ぎ捨て、Tシャツ1枚だ。しかしこれもすでに汗だくで、何度か着替えることになるだろう。
ハボックは、ぼんやりと昨年の花火大会を思い出していた。
どうしても一緒に見たいという当時の彼女の要求を叶えるべく、警備の途中で後を部下に任せて少し抜け出したのだ。ほんの1時間弱位だったか?あれはあれで楽しかった。
しかし、夏中慌ただしくてまともに会えなかった為、秋になる前に振られたんだった。あの時もリアーナを飲みに誘い愚痴ったのだったと思い至って、少し気まずくなる。
「…何よ?変な顔して?」
「…いや。」
「………?」
きょとんと見返してくるリアーナは本当に可愛らしくて。
「…二人で花火大会なんて、夢の又夢かなあと思って。」
「ああ。」
苦笑する、リアーナ。
「1コ考えたけど。」
「花火大会を見る方法?」
「そう。しかも、二人で一緒によ?」
「え?どんな方法だよ?」
「東方司令部の管轄外の花火大会の日程を調べて、二人でその日に合わせて休みを取って見に行く。」
「………。」
「………。」
「…面倒くせえな。」
「同感。」
二人同時に溜め息を付く。何もそこまでして…と思ってしまうのだ。
同じ部署にいるために、二人同時に休みを取るのいうのがまず難しい。それに、『花火大会』と『二人一緒に』のどちらにウエイトを置きたいかといえば、『二人一緒に』の方で。
時々重なる半休を一緒に過ごすことで、結構満たされるといえば満たされているのだ。少なくとも仕事で毎日顔は合わせているのだし。
ただやっぱり、夏のイベントとして一緒に花火を見られたらいいなあ、と言う想いは捨てられないのだ。
ミーティングを行うために本部に集まるとき以外は、互いに顔を合わすことすら難しい忙しさ。
夕方の5時。
最後のミーティングの為に本部のテントに集まった。
続々と集まり始めた見物人を横目に、慌ただしく最終確認をする。
そして、テントを出てそれぞれの持ち場へと散ってゆく。ハボックも自分の持ち場へと戻ろうとして、
「ねえ、ジャン。」
後ろからツンツンとシャツの裾を引っ張られる。
ファーストネームを呼ぶときはプライベートの時。きちんと決めた訳ではないけれど、何となく普段からそうしている二人。
この忙しいときに、プライベートな話?何だろう?
まさか、軍人同士だと遊びにも行けないから別れよう…とか?昨年の嫌な思い出が甦って、内心ビクつきつつ振り返った。
「何だ?」
「…あのね。私、考えたんだけどさ。」
「うん?」
少し口ごもりながら話し始める。やっぱり、別れ話か…?
「時間決めてさ、…見るっていうのはどう?」
「へ?」
「あーもう。だから、花火をよ。」
「時間、決めて?」
「そ。時間決めて、その時は仕事の手を休めて花火を見る。そしたら、一緒の場所じゃないけどせめて同じ花火を見ることになるでしょう?」
「リアーナ。…お前……かわいい。」
「ばっ。何、真顔で言ってんのよ!」
恥ずかしい奴!とか叫ばれる。…けど、可愛過ぎだろ、その発想は。
「分かった。…何時にする?」
「んーと、終了の少し前位が一番落ち着くかなあ?」
「……他の時間帯と比べると、な…。」
「うん、じゃあ。終了の15分前ね。だから……8時15分。」
「分かった。アラーム、セットしとけ。」
「うん。…秒まで合わせよう。」
互いの腕時計を覗き込みつつ、時間を合わせてアラームをセットする。
「いい?この時間は、例え目の前に指名手配の極悪犯がいても花火を見ること。」
「分かった。」
ハボックよりもずっと仕事熱心なリアーナが、そうする訳など無いのに。真面目な顔をしてそんなことを言うから、余計に愛おしくなる。
「じゃ、後で。」
「おう。気をつけろよ。」
「ありがとう、大丈夫よ。」
8時15分を楽しみにしながら、自分の持ち場へと戻った二人だった………。
……のだが!
忙しい、忙しすぎる!
迷子など当たり前。スリに喧嘩、置き引き、痴漢。軽犯罪の宝庫かここは!
トイレの行列が長すぎるとか、屋台で買った食べ物が半生だったとか不味かったとか。そういうことを軍に相談してどうする?
つり銭が足りない…って、それは屋台のオヤジに言ってくれ。
普段履きなれない靴やサンダルを気張って履いてきたのはいいけど、転んだの靴擦れしたのって、そういうのは救護センター!
大体大人が迷子になってどうする!?
「ハボック少尉!そいつ、そいつです!」
「おう、分かった。2人付いて来い!他は被害者の保護!女性隊員にさせろ!」
「はい!!」
くっそ、今度は痴漢だ。
確かに、被害者のねーちゃんは、触ってくれと言わんばかりのプロポーションと露出度だったけど!触っちゃいかんだろ。皆、我慢してんだから…って、ちがーう!
…ちっ、無駄に足の早い奴だな!
「あっ、アイツ!今、財布スッた。現認!」
「本当ですか、トウエン少尉。」
「あ、逃げる!」
「ちょっと、待ってください!」
「待てない。あの、赤いシャツの人、被害者。」
「はい、保護します。」
「あー、財布捨てた!」
「自分が拾いに!」
「よし、追いかけるよ!」
「はい!(もう、とっくに走ってるじゃないですか〜)」
絶対に、慣れてる。前科あるかも。
…って、暑い!ブーツが悪いわ。夏は蒸れるし、走りづらいし!足が水虫になったらどうしてくれんのよ!…まあ、指令室にいるときは、誰もまともにブーツなんか履いてないけどさ。
…ああ、もう。足早い!人ごみ、邪魔!逃げられちゃう!
「「あ。」」
一瞬、目があった。
「「そいつ。」」
「おっし。」
お互いに、相手が追いかけていた犯人が自分へ向かって来る状態。
リアーナは痴漢の腕を取って投げ飛ばし、後ろ手に捻じり上げた。
ハボックは首根っこをつかまえて、相手を取り押さえた。
「サンキュ、助かった。こいつ、痴漢。」
「え、何。許せないわね!もう1・2発…って冗談よ。何で、腕を押さえるの?」
「や、お前ならやりかねんと…。」
「失礼ね。こっちのはスリ。慣れてるから前科あるかも。助かったわ。ありがとう。」
それぞれ、元々追いかけていたほうの部下たちが引き連れていく。
「どうだ、そっちは?」
「もう、大繁盛よ。」
「こっちもだ。」
「大変よねえ。」
「この後がな。」
捕まえた犯人ごとに、事情聴取して書類を作成しなければならないのだ。
……はあ、メ・ン・ド・ク・サ・イ。 そろって溜め息を付いたとき。
ピー・ピー・ピー・ピー
ピピッ・ピピッ・ピピッ・ピピッ
立て続けに、時計のアラームが鳴った。
「「え?」」
思わず顔を見合わせた。
「あ、8時15分。」
「え、もうそんな時間か?」
ドーーーン!!
上がった花火に目をやった。
「凄いね。一緒に見られちゃった。日頃の行いだなぁ。」
「俺の?」
「ううん、私の。」
「こいつ。」
笑って逃れようとするリアーナを抱き寄せる。肩を抱いて、並んで花火を見上げた。
「綺麗ー。」
「だな。」
フィナーレへ向けて、盛り上がりつつある時間帯。丁度、スターマインが始まった。
こてんと、リアーナの頭がハボックの方へと預けられる。
犯人を投げ飛ばしたりもするけれど、ハボックにとったら誰よりも愛しい彼女で…。スターマインが終わり、辺りがふっと暗くなった時。腰を屈めてそっと唇を重ねた。
「…っ…ん……。」
そして、再び、ドーンと花火が打ち上がり、辺りが明るくなった。ビクンと二人の肩が跳ねる。
「…火薬の音に、反応する己が嫌だな。」
「本当。花火だって分かってるのにね。」
「じゃ、戻るか。」
「うん。…あのね。」
「ん?」
「一緒に見れて良かった。花火。」
「うん、俺も。」
「頑張って、ここまで犯人を追いかけて来たからよね。」
「そうだなー。」
「私ね。」
「…うん?」
「今日のが、今までの花火大会の中で一番楽しかったかも。」
少し照れた表情でそう言うと、じゃと手を上げて行ってしまった。
遠ざかって人ごみに紛れていく後姿を見送りながら、やべえなと赤くなっているであろう顔をなぜる。
仕事の手を休めたのなんて、ほんの5分にも満たない時間でしかないのに。今までで一番楽しかったって?
又、なんて可愛いことを…。
ハボックよりよっぽどしっかりしているリアーナ。あまり頼ってくれていない気がしてた。もっと我儘言ってくれたっていいのに、と思っていた。
けど、違うのだ。どちらかがどちらかにただ頼るだけの関係なんて続きっこない。
今までハボックが付き合っていた女性たちの中には。ハボックに、出来る以上のことを望んだり、ただハボックだけが負担を強いられるような要求をする子もいたけど。そういうのは、その場は何とかなっても後が続かない。
二人がお互いほんの少しずつ融通しあう。
仕事の合間にふっと相手を想う。
そんなやさしい距離感だから、リアーナとは続いているのかも知れない。
これから始まる夏の時期。二人で少しずつ想いあって楽しく過ごせたらいい。そうしたらきっと、『夏はキライ』という認識も変わってくるかも…。
そうだ。
今年はもう無理だけど。来年には二人で休みを取って、どこかの花火大会を見に行こう。
自分の持ち場へと戻りながら、絶対に実行しようと心に決める。
手続きは面倒だけど、早めに準備すればきっと大丈夫だ。
あんなに素直に喜んでくれるなら、どんなに大変でもきっと報われると思うから…。
〜リアーナの独白〜
去年の夏、ジャンは彼女に振られた。忙しすぎたのが原因。
花火大会抜け出してまでデートしたくせに。…あの時は大変だった。丁度あれこれ事件が重なって、ジャンの隊の隊員が泣きついてきたくらいだもの。
隊長同士の仲が良いせいか(ブレダの隊もね)、隊員同士も仲が良い。楽しかったと喜んで帰ってきたジャンに、実は大変でしたと言う者は一人も居なかった。
そうやって陰ながら私たちが応援したというのに、きれいに振られてきた。アホか。
そういうことを案外ジャンはきちんと覚えているもので…、いらないことをぐるぐる考えているんじゃないかなあと思っていたら案の定。『二人で花火大会なんて、夢の又夢かなあ』とか言い出すし。
さすがに私たち二人が抜け出すわけには行かないから、一生懸命考えて。同じ時間に…って提案したんだけど、ジャンのどこのツボにはまったんだか、真顔で『かわいい』とか言われるし…。本当、恥ずかしい奴。
でも、いっか。だって今年の花火大会は楽しかった。
仕事は仕事できちんとしたし。(ジャンがどう思っているか分からないけど、やるべきことをきちんとしておかないと、その場は良くても後味悪いと思うのよね。)
…それに。うん、やっぱりこれが一番大きいかな。
ジャンが他の女のところへ行くのを見なくてすんだ。
だって、確かその前の年も彼女が居て。警備を抜け出すことはしなかったけど、グチグチグチグチ散々文句を聞かされたっけ。
それが、今年は私と花火を見たいとか言ってくれて、その上私に向かって走ってきて(あの時、感動のあまり犯人を取り逃がすところだった。ああ、本当は犯人を追いかけていただけという事実には、この際目を瞑っておいてね)さらに一緒に花火が見られた。
これ以上の花火大会はないでしょう?
我儘言っていいんだぞって笑うけど。来年はどこかへ一緒に見に行こうって言ってくれるけど。
うん、それもきっと楽しいけれど。
イベントなんか無くたって、当たり前の日常の中ででも。
あなたが他の誰でもない、私を好きでいてくれるということだけで、私は十分幸せなのよ。
20050715UP
END
季節はずれは重々承知しております。けど、来年までとっておくのもね…。
という訳で、この時期(9月)のUPとなりました。
ちょっぴり、雰囲気でたかな?
出来れば短編は月一本ペースで行きたいと思っています。