やさしい笑顔を 〜はっぴぃ・ハロウィン〜
「よー。似合うじゃねーか。」
「怪しさ倍増ですぅ。」
「いえ、と…ってもお似合いですよ。」
大笑いするブレダ。その後ろに隠れるフュリーに笑いをこらえるファルマン。
見上げるほどの長身で、黒マントに牙をつけているハボックは、確かに何となく近付きたくない感じだ。
「お前らなあ。」
ハボックは腰に両手を当てて、溜め息をついた。
「…人の事。言えねえから。」
「………ぅ。」
「………。」
「だから、イヤだって言ったんです〜。」
今日はハロウィン。
夜にはイーストシティ中を仮装した者が歩き回り、『今夜だけよ』と親に言い含められた子供たちが袋を手に走り回る。
さらに中央公園では屋台が並び、ダンスパーティのような集会もあり、朝まで大騒ぎとなる。
そんな街中でトラブルが起きないわけもなく、東方司令部ではかなり大掛かりな警備体制を敷くことが決定している。ところが。
おちゃらけた上司の鶴の一声で主だったものが仮装をすることとなってしまったのだ。
曰く。
『街の皆さんの楽しみにしているイベントだ。雰囲気を壊しちゃまずいだろう?』
………。
そして、意味もなく張り切って全員分の衣装を用意してきた。
ブレダ・ファルマン・フュリーの3名はある童話のシリーズだそうで。それぞれ卵・ぼうし屋・時計を持ったウサギ。
そして、無謀にもホークアイに主人公の女の子の服を着せたかったらしいが、こちらは冷たい一瞥で却下された。
「大丈夫です。私が中尉に似合う服を探してきます!」
そう叫んだのは、リアーナだった。
「…トウエン少尉…。」
妹のように思っているリアーナからの一言にホークアイは困惑したように口ごもった。
「とびっきり素敵なものを選びますから!」
こぶしを握り、目がキラキラと輝いている。
「…わ…分かったわ。」
「「「「「おお。」」」」」
根負けして頷くホークアイに皆が感嘆の声を上げた。
ハボックとリアーナはシリーズが違うらしく。ハボックがドラキュラでリアーナが魔女だという。
「大佐は、何になるんスか?」
「それはその時まで秘密だ。」
「は……あ。」
警備本部に指定されているテントの中はごった返していた。
酔っ払って保護された者。落し物、喧嘩、迷子。事情は様々だが、ごちゃごちゃとした印象が拭えないのは人数が多いだけではない。
テント内に居る軍人の約半数が仮装をしているからだ。
もう、誰が軍人で誰が一般人なのか訳が分からなくなっている。
現にハボックも、何度も自分の部下に『ちょっとそこのあなた。』と肩を叩かれている。
そんな時、ドヨドヨとその場がざわついた。
何事かと見ると、お姫様と紳士。そして魔女がやってきたのだ。
「うわ。ホークアイ中尉?」
誰かが声を上げた。ふわりとしたドレスを着て髪にティアラをつけているのは紛れもなくハボックの上司だった。そして、その隣で満足げにタキシードを着ているのはマスタングだ。
「あ、ずりい。」
人には『仮装』をさせておいて、自分は『正装』だなんて。
けど、その後ろから現れた魔女を見て、ハボックは息を飲んだ。
「っ、リアーナ!?」
「あ。ハボック。」
仕事中なのでファミリーネームだ。
「何?それ。怪しすぎ!」
ハボックの格好を見てけらけらと笑っている。
「お前。…なんだよ、そのスカート。」
「うっ。」
途端に顔を背ける。
「んもう!分かってるわよっ!こーんなスカートが似合う年じゃないってことくらい。」
魔女なのだから全身黒ずくめなのは想像できていた。けど、問題はそのスカート。さらに言うならそのスカート丈だった。
膝上20センチ以上はあるだろうという超ミニなのだ。
素材がレースを幾重にも重ねたものなので、歩くなどして動くたびにふわりふわりとそれ以上に見えそうになる。
せめてもの救いは長いマントをつけているせいで、後ろからは見えないということだろうか。
「ばか。年とか、似合う似合わねーじゃねーよ。」
「ばかって何よ、もうー。」
「断われよ。」
「そのつもりだったわよ。……でもさ、…中尉が…。」
「え?…中尉?」
何時もなら、無茶を止めてくれるはずの人だ。
「う…ん。ほら、ドレス着せちゃったでしょ。」
「あ?けど、大佐が用意する気だった奴より、ずっと良いぞ。」
「そうでしょー。…ところがさ、私が渋っていたらにーっこり笑ってさ『私には着せておいて、あなたは着ないの?』って言うのよ。ああ、怖かった〜。」
思い出したのか、自身の体を抱きしめてぶるりと身震いする。
「……そ………か。」
それは断われないな。
「しょーがないわ。今夜だけだし、自分じゃどうせ見えないんだし、思い出さないようにすれば…。」
ブツブツと諦め気味に呟いている。…が、ハボックはそれどころじゃない。
トレーニングを欠かさないリアーナの足は程よく引き締まっていてラインがきれいだ。そのきれいな足が短いスカートの下からすっきりと伸びていた。
普段は軍服だし、私服でもパンツや長めのスカートの多いリアーナのめったに見れない姿に男たちの目が釘付けになる。
面白くはないが、軍人はまだ良い。ハボックと付き合っていることを知っているから、まさか手を出したりはしないだろう。
問題は一般人だった。
パトロールに出た時、誰かが襲おうとしないとも限らない。リアーナだって黙ってやられはしないだろうが心配だ。
「お前、今日はずっとここに居ろよ。」
ダメ元で言ってみる。案の定。
「はあ?何言ってんの。」
と聞き返された。
リアーナの性格は分かっている。部下に押し付け自分は楽をしようなどとは考えない。ただでさえ慌ただしい今夜、リアーナが大人しくテントに篭ってくれるはずもなかった。
「………っ。」
イライライラ。
「余裕のないことだな。ハボック少尉。」
「っ。大体、あんたが…。」
「んー?可愛いだろ?」
「そりゃあ。……って、違うでしょうが!」
今の時間はマスタングの護衛が担当のハボックは、テントの外できびきびと働くリアーナを歯噛みしながら眺めていた。いや正確には、必要以上にリアーナに接近しようとするどこの誰とも知れない男共をだが。
相手が一般人のため、リアーナもいちいち丁寧に対応している。それも、気に入らない。ほおっておけ!そんな奴。
「大丈夫だ。見てみろ。」
「は?」
マスタングに示されて辺りを見回す。
リアーナしか見ていなかったから気が付かなかったが、同じようにイライラと歯噛みしているのは自分だけじゃなかった。リアーナの隊の隊員たちも同じように険しい顔で言い寄る男たちを睨みつけている。
『うちの隊長に手を出したら、ただじゃおかねーからな!』と言ったところか。中には女性隊員も含まれていて、改めてリアーナがどれだけ隊員に慕われているかが分かる。
「トウエン少尉ばかりを気に掛けていないで、自分の仕事をしたまえ。」
「してますよ。」
少しだけ余裕を取り戻してハボックはにやりと笑った。
「あんたが逃げ出さないように見張るのが、今の俺の仕事っスから。」
「うっ。」
“しまった”と顔をゆがめたマスタングに溜飲を下げたハボックだった。
「ちょっと、そこの彼女〜。」
はあ、と内心溜め息をつくリアーナ。これで何度目だろう。
パトロールに出る時間となり10数名でテントを出発したのだが、トラブルの処理や本部との連絡のため一人減り二人減り。最後までついてきた副官も先ほど酔っ払いをテントへ連れて行くために戦線を離脱した。
大きなトラブルがないのは良いが、一人になったとたんに声を掛けられるようになった。
自分は軍人だと説明すればあっさりひいてくれる者も居るが、『良いじゃんサボろうよ。』とか言う不届き者も居て。
何となく。本当に何となーくだが、ハボックがテントに居ろといった訳が分かったような気がした。
ミニなの?このミニスカートがいけないの?
むしろその下の足が問題なのだが、リアーナは気付かない。
長い長い片思いが実って、めでたくハボックと付き合うようになったけど。その前にハボックは散々他の女性と付き合っていた、それを一番傍で見ていた。
そのせいか、リアーナは自分が男性にとって魅力があるのだろうなどとは露ほども思ったことがない。
隊員が自分を慕ってくれるのは、軍人として仕事を頑張っているからで、それ以上に人をひきつける魅力があるなどという自覚もない。
その無自覚さにハボックがやきもきと心配するのだが、それも気がつかない。
中央公園までたどり着き、再びはあと溜め息をついた。
結構な音量で音楽が流れ、多くの人間が踊っている。楽しそうではあるが、足を踏み入れるのを躊躇した。何かあったとき一人でどの程度対処できるだろうか?
小さなトラブルなら良い。けど喧嘩など止めるのに人数が必要な場合、一人では応援を呼ぶことも出来ない。
その時、ふと目に入ってきたのはハボックの隊の隊員だった。見れば、公園内のあちこちに散らばっている。
今はハボックの隊がこの付近を警備しているのか。何かあったときは声を上げるなりすれば、ある程度の人員はすぐに集められそうだった。
リアーナは公園へと足を踏み入れた。
数名に声を掛けられ、相変わらずうんざりしながら適当にあしらう。
と、前から来た二人組みの男にすれ違いざまに左右両方から腕をとられた。そのまま後ろへ運ばれる。
「ちょっ、と。」
「まあまあ。」
「楽しいこと、しようよ。祭りの夜だしさあ。」
下品に笑う。
これは、まずいかも。両腕をとられている上、後ろへ運ばれているので蹴ることも殴ることも出来ない。
木が数本生えていて、植え込みなどもある公園内の一角へと連れて行かれる。入り込んだら恐らく外からは見えないだろう。
「離しっ…!」
叫ぼうとしたら、ふっと右側の男が消えた。続いて左の男も…。
「?」
「だから、テントに居ろって言ったろうがっ!」
「…ジャン。」
見下ろせば、二人の男は地面ですっかり伸びていた。
「あの。ありがとう。」
怒っているらしいハボックに、声をかける。
「………。」
「…ジャン…?…どこ行くの?」
ギッと睨んでくるりと振り返り、ずんずんと人気の無いほうへと歩いていくハボックの後ろを小走りに追いかけた。あと少しで追いつくという時に、ハボックに腕をつかまれそのまま木立の中へと引きずりこまれた。
「ジャ……ン、んん…。」
木に背中を押し付けられ唇をふさがれる。
「……はぁ……、……っ!…ちょ……やめ。」
ハボックの熱い大きな手が内股を直になぜる。
「…お前は全部、俺のもんだろ…。」
まだ少し怒りを含んだハボックの声。
「っ、うん。」
そんなことを言われたのは初めてなので、戸惑いながらも頷く。
「だったら他の男に、足なんか見せんなっ。」
「え?……ん…」
再び唇がふさがれる。
何?何ですって?
離してくれる気は全く無さそうなので、逃れようと突っ張っていた腕の力を抜きハボックの背中に回す。すると幾分キスが優しくなった。
今、この人はなんて言った?『俺のもの』?『他の男に見せるな』?
まさかまさか。もしかして、もしかしたら。
『ヤキモチ』とか言うもの?ハボックが? リアーナの鼓動が早くなる。
…本当に?
「…ジャ…ン……。」
「何…だよ……?」
キスの合間に呼びかけると、ほんの少しだけ唇を浮かせてハボックが答えた。
「まさか…あの…。」
「?」
「あの、…ヤキモチ…?」
言ってしまってから、何ておこがましいことを…と自分の傲慢さに呆れる。
「…っ、悪いかよ!」
「え?」
ごめん、冗談。笑って誤魔化そうとしたら、そう叫ばれた。
「本…当…に?」
「何だよ。何か文句あるか。」
「…っ、ううん。…びっくりしたの。」
「何で。」
「だって…ジャンは(私には)ヤキモチなんて、焼かないと思ってたから。」
「?何で。」
「あの…。…何となく。」
「どうせ、情けないし、うっとうしいよ。」
「ううん、そんなことない。…嬉しい。」
リアーナはきゅっとハボックに抱きついた。
信じられない。信じられない!ヤキモチだなんて。
今、きっと。嬉しさの余り自分を構成する細胞全てがピンク色に染まっちゃってるに違いない。
抱きつかれて機嫌を直したハボックが今度は首筋に唇を滑らせる。
「…ン…。」
二人の視線がとろりと交わったとき。
『喧嘩だ〜!』『わー。よせ!』公園の方からわっと声が上がる。
「………。」
「………。」
「………。…しゃーねーな、行くか。」
「…うん。」
さすがのリアーナも心の隅でこのときばかりは知らない振りをしようかと思ったりもしたが、名残惜しげにもう一度キスをして体をはがしたハボックに、つられるように頷いた。
☆ ☆ ☆
「あ、マスタング君。」
「将軍。おはようございます。」
「エエとね。知らせておくことがあったんだよ。」
「何でしょうか?」
「来年からハロウィンの軍人の仮装は無しね。」
「はっ。何で、でしょうか?」
「結構苦情が多くてね。何かあった時、軍人と分かる服を着ていて欲しいそうだよ。」
「分かる服ですか?」
「そう、制服をね。」
この爺さんだって、海賊の仮装をしてホークアイとツーショットの写真まで撮って楽しんでいたくせに。
そんな心の中で思ったことを、口や表情に出すマスタングではなかった。
渋々承諾しながらも、それが良いかも知れない。とも少し思った。
ムキになった部下たちにきっちりと見張られ、抜け出すことも出来なかった。
「司令官なら当たり前です!」とホークアイに叱られながら、テントの中へ押し込められて祭りの雰囲気を楽しむことも出来なかった。
せっかくめかしこんだというのに…。
ハボックの話では、リアーナが危うく襲われそうになったらしいし。
その上。あのハロウィンの夜以来、妙に中睦ましいカップルにはげんなりしていたところだ。
しかし、まあ。妹のように、可愛いリアーナが。
ますますきれいになったのだけは間違いはないのだし。
「もう少し、からかってやれると思っていたのだがな…。」
小さく肩をすくめて、マスタングは自分の執務室への扉を開いた。
20051013UP
END
10月ですからね。ハロウィンにしてみました。
正直言って、ピンと来ないイベントなんですけどね〜。
何しろ最初に出てくる「ダンスパーティー」。
私がイメージしたのは「盆踊り大会」でしたから。
ま、家のキャラたちならイベント時は街の警備だろう…。
と当たりをつけてかいてみました。
(05,10,18)