やさしい笑顔を 〜充電〜

 

 

 

 忙しい!

 しかも、ただでさえ忙しいのにブレダの担当でずっと追いかけていたある凶悪犯が、西部に潜伏しているらしいとの連絡が入って、ブレダは出張中。

 とばっちりを受けたのは主にハボックとリアーナだった。

 顔を合わせるのは廊下ですれ違う時。たまたま昼食の時間が合ったとき。それ位。

 言葉を交わすのは仕事がらみがほとんどで、まともな会話も出来ない。

 それでも。

 同じ軍人だから。1日に1回はどこかで相手の姿を見かけるから。

 お互い元気で頑張っていると認識できるから。

 だから、自分も頑張れるのだ。

 

 

 『やべエな』

ハボックは心の中で舌打ちをした。

 街で喧嘩をおっぱじめた集団を何とか収めたのは良いが、殴られそうになった新人隊員を庇って、左腕をガツンとやられた。

「隊長!大丈夫ですか!?」

「ああ。大したこと無い。全員取り押さえて、連れて行け!事情聴取だ!」

「はい!」

 一斉に返事が返る。

 実際、痛みはあったが打ち身ぐらいだろうと思っていたのだ。その時は。

 けれど撤収作業を終え、車に乗り込んだ頃にはズキンズキンと酷く痛み出した。その上どこからか血が出ているのか、軍服の内側がじっとりと湿ってきているような嫌な感触。

 『全く、やべエな』

 この件の事情聴取だけでも人数が多くて大変だが、ハボックの仕事はこれだけじゃない。

 下手したら、後4・5日は司令部に詰めることになるかも知れない。

 身体が資本の仕事だ。怪我は早く治療しておくのに限るけれど、病院に行っている暇など無いだろう。

 それに、今怪我をしたなどと伝えたら、入ったばかりの隊員が責任を感じてしまうかも知れないし…。

 

 

 リアーナは丁度司令部に戻ってきたハボックの隊が、入口のところでバタバタしているのに行き合った。

『ああ、戻ってきたんだ』

 グループ同士の喧嘩だと聞いたけど…。捕らえられ連行された人数を見てハボックに同情する。これは大変だわ。

『あ、…ジャン』

 入ってきたハボックが隊員たちに指示を出している。

「あら?」

 顔色が悪い?それに左腕をだらんと下げている。

『怪我したのかしら?』

 それにしては他の隊員が心配している風では無い。

『ああ。…なる程ね』

 どういう事情かは分からないが、まだ怪我のことを誰にも言っていないらしい。

 自分だって、決して寄り道などしていられる時間は無いのだけれど…。

 リアーナはハボックの方へ、足早に歩いていった。

「ハボック!」

「トウエン?」

「丁度、良かったわ。ちょっと来て!」

「?何だよ?」

「良いから。…悪いわね、ハボック、少し借りてくわ。すぐ返すから!」

「あっ、はっ、はい!」

 少し急いでいる風のリアーナを隊員たちはピッと直立不動で見送った。

「何だよ。俺、忙しいんだけど。」

 怪我の痛みもあって、少々機嫌悪くハボックが言う。

「私だって、忙しいわよ。」

「大佐から、又何か押し付けられたのか?」

「逆。1つ2つ押し付けといた。ジャンの分も。」

「お、…サンキュ。」

「良いのよ。…こっち。」

 リアーナはハボックの右腕をむんずと掴むと、指令室とは違う方へ廊下を曲がった。

「…?おい?リアーナ?」

 リアーナはそのまま医務室のドアをバタンと開けた。

「先生。急いでこいつお願いします!」

「これ、トウエン少尉。もちっと静かに。」

「ああ、すいません。…左腕おかしいんで…。」

「なっ?お前っ、何でっ!?」

 わたわたと慌てるハボックの軍服の上着を強引に脱がせる。

「こりゃあ、酷いな。」

「………っ。」

「……あれ…。」

「……『あれ』じゃないわよ、…んもう。」

 リアーナは溜め息をついた。

 ハボックの左腕は肘から下の広い範囲で内出血をして紫色に変色をしていたし、何で傷つけたのか二の腕のほうから出た血で軍服の内側がじっとりと濡れていた。

「うわっち!」

「…ああ。骨はいっとらんかな。レントゲンを撮れりゃ良いんだが…。まあ、捻挫じゃな。」

「先生。頼むからもう少し丁寧に…。」

「贅沢を言うな。」

「じゃ、お願いします。」

「あ、おい。どこ行くんだよ。」

「私だって忙しいのよ。」

 そう言ってリアーナは医務室を出て行ってしまった。

「…一応、応急処置じゃぞ。本当はきちんと病院へ行った方が良いんだが…。」

「………。ムリっスよ。」

「仕方ねエな。マスタング組はすぐに無茶しやがる。」

「え?他にも誰か来たんスか?」

「今朝、フュリー曹長が風邪薬をな。ファルマン准尉にも後で栄養剤を取りに来るよう言っといてくれ。…後…。」

「?」

「昼過ぎにトウエン少尉が頭痛薬を貰いに来たな。」

「え?頭痛…?」

「さっきの様子じゃ、薬が上手く効いとるようだな。昼には真っ青な顔をしとったから。

 …ほれ、処置終わりだ。」

「ありがとうございます。」

「痛み止めと化膿止めだ、飲んでおけ。」

 手渡された薬を水で流し込んでいると、医務室のドアが開きリアーナが戻ってきた。

「あれ?仕事に戻ったんじゃないのか?」

「誰がそんなことを言ったのよ。」

「だって、『忙しい』って。」

「そーよ。この忙しい時に怪我なんかして! はい、上着。」

「…あ、悪ィ。取りに行ってくれたのか?」

「言っとくけど、それ、汚しちゃダメよ。」

「?」

「人事課の子に頼んで、予備の中の1着を出してもらったんだから。今、更衣室はジャンの隊の皆でいっぱいでしょう?」

「………。」

「いずればれると思うけど?薬臭いし。」

「……リアーナ。」

 何で分かるんだ?そんな考えが顔に出ていたのだろう。

「ジャン、分かりやすいから。」

 と、リアーナはニコともせず言った。

「処置は終わりじゃ。面倒くさいかも知れんが、病院へ行かないなら毎日ここへ見せに来い。」

「っかりました。」

 二人連れ立って医務室を出る。

「右腕じゃなくて良かったわね。右だったら絶対に隠しておけなかったと思うわよ。」

「ああ…あれ。」

 何時もの調子で煙草を出そうとして、空のポケットに気付く。

「あ、さっきの上着はクリーニングに出しておいたから。」

 そう言ってリアーナは、煙草やジッポ。仕事上で使うメモや手帳などポケットに入っていたものを手渡す。

「サンキュ。」

「良いのよ。…じゃあ、私行くから。」

「…と…。」

 ハボックは足を早めて行こうとするリアーナを引き止め、すぐ傍の『空室』の表示の出ていた会議室へと押し込んだ。

「な、何?……ん…。」

 抱き寄せて、口付ける。

「…これ、邪魔。」

 リアーナが持っていたファイルを傍の机に放り投げて、より体を密着させる。

「ジャン…ちょ……。」

 ぎゅっと抱き込んで深く唇を合わせる。

 『ああ、もう』

 リアーナもハボックの背中に腕を回した。

 自分の中でイライラキリキリと張り詰めていた神経がふっと柔らぐ。

 こうして二人きりで居られるのなんて何日ぶりだろう。

 角度を変えて何度も唇を求めてくるハボックに、リアーナの体の力も徐々に抜けていく。

「……したくなった。」

「………。あ〜、…ムリ。」

「なん………あ?」

「………。」

「……頭痛薬って……それでか。」

「ん。」

「身体、大丈夫なのか?」

「…まあ、薬効いてるし、腰とお腹にカイロ入れてるから。」

「ムリすんな。」

「ジャンこそ、人のこと言えないでしょ?」

「そっか。」

「さっきブレダから電話があってね。今夜か明日中には何とかなりそうだって。」

「じゃあ、明後日には帰ってくるかな?」

「うん、多分。もう後少しね。」

 そんな会話の合間にも、ピッタリと抱き合って頬を摺り寄せたり。

「ふふ、ジャンの香り、久しぶり。」

 きゅっと抱きついてくるリアーナの軍服の襟元を緩め、首筋や肩口に唇を滑らせる。

「…もう、行かなくちゃ。」

「あー、やべエ。マジでしたくなった。」

「だから、ムリだってば。…その元気で後4日頑張って。」

「4日?…明日、明後日…で、ブレダ戻ってきて1日は引継ぎで…。大変なのは後3日だろう?」

「まあ、それでも良いけどね。」

 リアーナは壁にかかっている鏡を覗き込み、乱れた軍服の襟を直している。

「ああ……了解。4日目も頑張ります。」

「やあね。改めて言われるとやらしいわ。」

 ふふふと笑って、ファイルを持つ。

「じゃ、ね。」

「おう。後でな。」

「うん。指令室に戻ってきたら、コーヒー淹れてあげる。」

「頼む。」

 会議室を出、それぞれ別の方向へ。

 取調室へ向かうために足を進めながら、上着のポケットから煙草を出して火をつける。

 ふうっと、煙を吐いた。

 『汚さないで』とリアーナには言われたけど…。

 

 『ごめん、リアーナ。煙草の匂いは、落ちなくなりそうだ。』

 

 

 

 

 

 

20051128UP
END

 

 

 

何というか…。
まあ、大人同士のカップルで。そういうことをしていれば当然付いて回る問題…ということで…。
前半、リアーナが笑顔一つ見せないのは。仕事が忙しいのと○○痛のため。
ハボだけじゃなく、お互い「充電」ということで。
(06、01、18)