「…あら?ハボック。…何か落ちたわよ?」

「え?……あ゙…。」

「………。」

「………。」

「………。…ラブレター?…貰ったんだ?」

「あ…ああ。…けど、ちゃんと断わったから!」

 慌てて言うハボックに。

「さすがに、そこまで疑ってないわよ。」

 とリアーナは苦笑した。

 

 

 

やさしい笑顔を 〜優先順位〜

 

 

 

 巡回に出たとき、花屋でアルバイトをしている女の子に声を掛けられた。

 随分前に道に迷っているところを案内してやった子で、オドオドとした様子に『軍人が怖いのかなあ』と凹んだものだ。

だから、可愛いというより弱々しい印象の子だった。

当時、まだ付き合っていなかったリアーナとの間でも彼女の事が話題に出たことがあった。

 リアーナも商品の配達中に届け先が分からなくなった彼女を助けたことがあるという。

「何でも、自立するためにイーストシティにいる親戚を頼って家を出てきたんですって。」

 女同士の気安さか、リアーナの人柄か。彼女はそんな話を聞かせてくれたらしい。

 それからブレダも入れた3人で、『親戚を頼っている時点で、それは自立といえるのか…?』など話はずれていき、彼女の話はそれっきりとなった。

 バイト先の花屋が巡回コースのすぐ傍にある為、極たまに見かけた。

 街や仕事に慣れるにつれ、表情が明るくなっていった彼女。

 『ああ、頑張ってるな』と、むしろ兄か親のような気持ちで見ていた。その辺はリアーナも同じだったと思う。

 その彼女からラブレターを差し出されたのだ。何時ものように大佐宛かと思ったら、何とハボック宛だったので驚いた。

 うれしいことは嬉しいが今は彼女の居る身だし。そう言って断わると。

『せめて、手紙だけでも受け取ってください!』と懇願するように言われる。

「や…でもなあ。」

「お願いします!一生懸命書いたんです!」

 と、ボロボロと泣かれる。

「あ…いや…、わ、分かったから。」

「あ、ありがとうございます!」

「…でも、俺。本当に、彼女が居るから君とは…。」

「はい。いいんです。伝えたかっただけなので…。あの、それじゃ。失礼しますっ!」

 と走り去った。

 司令部へ戻ってきて人気の無いところで中身を読む。

 やはりあの道案内をしたことで、ずっと憧れていたという。

 けれど、手紙の中のハボックは実際のハボックとは程遠く、イメージの中で相当美化されていた。

こんな男はこの世に存在しないだろうと思う。居るとするなら、きっと物語の中だけだ。

これでは仮にハボックが今独り身で、彼女と付き合うことになったとしても長続きはしなかっただろう。

そう思うと。少しだけ、断わってしまった罪悪感が薄れるようだった。

 

 

 はあっ、とリアーナが溜め息を付いた。

 ちらりとハボックが窺うと、決して穏やかとは言えない表情のリアーナがいる。

 仕事を終えて上がったリアーナを追いかけて、半ば無理やりくっ付いて歩いているのだけれど…。

「…怒ってるのか?」

「怒ってません。」

「怒ってるじゃねーか。」

「怒ってないってば。もう、しつこい。」

 しつこいって…おい。

「だから、断わったって言ったろ。」

「だから、疑ってないってば。」

「じゃあ、何を怒ってるんだよ。」

「だから、怒ってない!」

 キリリと睨まれる。

 怒ってるじゃねーか。そんなハボックの心の中のボヤキが分かったのか。

「この押し問答には、うんざりして怒ってる。」

 むっと言う。

 じゃあ、どうしろと?

 先程から何を話しかけても必要最低限の言葉しか返ってこない状態なのだ。

けれど、本気で怒っている時は言いたい事をきちんと伝えてくる方だから。怒っているのとは違うのかな、とも思う。

 とにかく。怒っていないのだとしても、不機嫌なことには変わりない訳で。

「なあ、リアーナ。」

「何。」

「だから、何を…。」

 まだ言うか、とキロリと睨まれる。

「とにかく。今日は、私は帰るから。」

「はあ?何でだよ。」

 今夜はハボックの家で夕食を作ってくれて、そのまま泊まる予定だったのに。

「今日はもう……無理だから…帰る。」

 無理って何だよ!と返そうとして、リアーナの表情が歪んだのが分かる。

 ああ、そうか。何か分からないけど、辛いんだ。

「じゃ、おやすみ。」

 くるりと振り返り、足を早めて行ってしまう。

「ちょっ、待てって。」

「や、何? 追いかけて来ないでよ。」

「追いかけるだろう、普通。」

「追いかけないわよ、普通。」

「追いかけるって。」

「今日は、無理なの!。」

「何がだよ!」

「っ色々と。」

「だから、色々って何だよ。」

「色々は色々よ。」

「だからっ。」

「もう、しつこいってば。…一人で居たいの!今日は!」

「…俺はやだからな。」

 早足でカツカツ行くリアーナの後を追う。

 このままでは家まで付いてくると思ったのか、リアーナがふと足を止めた。

 手紙の彼女がバイトしている花屋の傍だったけど、その時ハボックにはそんなことに気付く余裕などなかった。

「ジャンに怒ってるわけじゃない。」

「うん。」

「だけど…今日は…、無理なの…一人で居たいの。」

「うん。でも、駄目だ。」

「どうして?」

「俺は一緒にいたいから。」

「………。」

 ちらちらと周りの視線が飛んでくる。ハボックはリアーナの腕を掴んですぐ脇の細い路地へと入った。

「ちゃんと言えよ。全部。」

「………。」

「リアーナ?」

「とにかく。…ジャン、私…今日は…。」

「ちゃんと聞かなきゃ納得できない。」

「………。」

「告白はちゃんと断わった。それは疑ってないんだよな。」

「ん。」

 こくんとリアーナが頷く。

「俺に怒ってる訳でもない?」

 又、こくりと頷く。

「じゃあ…。」

「っ…だ……から…。」

「リアーナ。」

 誤魔化されないから、と言う意思表示。ゆっくりと名前を呼ぶとピクリと身じろぎをした。

「…俺が、手紙を受け取ったのがいけなかったのか?」

「………。」

 フルフルと首を振る。

「違う…違うの…。」

「リアーナ。」

「違うの。分かってるの。ジャンはちゃんと断わってくれた。でも、告白してくれた子は一生懸命だったのよね。手紙だけでも読んでください、受け取ってください…って言われて、断われなかったんでしょう?」

「…見てたのかよ。」

「そんな訳ないでしょ。でも、分かるもの。ジャンは優しいし、女の子に泣かれちゃったり涙ぐまれちゃったら手紙を受け取っちゃうと思うし。」

「…ゴメン。」

「責めてない!仕方無いって思う。告白した子のことを考えれば、せめて手紙だけでも…って気持ち分かるし。ジャンのそれで気が済むのならって考えも分かるもの。」

「じゃあ。」

「でも!」

 一瞬強く言って。リアーナは辛そうに言い直した。

「でも……。でも、イヤなの。ただ、それだけなの…。」

「リアーナ。」

「ゴメンね。ごめんなさい。…狭量で。」

「………。」

「本当、ゴメン。…ゴメンね。今日は…帰らせて?…明日には、ちゃんと笑えるようになるから。」

「……リアーナ…。」

 ただ、ゴメンと繰り返すリアーナ。うつむいて唇をかむ。表情は泣いているのに、涙の出ていないその顔を見ているのが辛くて。

 そのまま壁に押し付けて、強引に口付けた。

「………や…。」

 『俺は優先順位を間違えたんだ』とハボックは思った。

 自分を好きだと言ってくれる顔見知りの女の子の気持ちより。何より一番大切なのはリアーナのはずだった。

泣かれても何しても受け取らないか、受け取ってしまったのなら何が何でも隠し通さねばならないことだったのだ。

それをうかつにも本人の目の前にさらしてしまった。

リアーナのことだから。

相手の女の子の伝わらない気持ちに同情してしまったり。

多少はハボックの心が動いたかも、とか不安に駆られたり。

少なくても良い気持ちはしないだろうというのは想像できたはず。

 リアーナの性格なら、そんな気持ちを抱いてしまった自分を責めるだろうというのは充分考えられる事だったのに…。

「ゴメン。」

「だから、ジャンは悪くない。…悪いのは…。」

「ゴメン。本当、ゴメン。」

「………。」

 そのままぎゅっと抱きしめる。

「やっぱり今夜は返さないから。」

「…っ…だからっ…。」

「駄目だ。一人で居たら、お前、泣くだろう?」

「……っ。」

「泣くんなら、俺の前で泣けよ。」

「…ジャン…。」

「我儘言えって、もっと甘えろって言ったろ? 何でいっつも、一人でどうにかしようとすんだよ。イヤなら『イヤ』って『そんな手紙突っ返してきて』って言えよ。」

「……言えないよ。…そんなの。」

「……お前、良い子すぎ。」

「そんな訳…。」

「ある。」

 断言したハボックに、困ったように首を傾げる。

「そんなんじゃないのよ。だって、彼女の居る人を好きになるな…なんて言えないでしょ?それを言ってしまったら、私はなんなのよ。」

 ハボックが他の女性と付き合おうと、ずっと好きだった。

「…リアーナ…。」

「……良い子なんかじゃ、ないわ…。」

「………。俺は、お前がラブレターなんて貰ったら。相手の男にぜってー嫌がらせする。」

「……は?」

「部下だったらいじめまくるし、上司だったら何かミスをおっかぶせる。それで、東方司令部に居づらくなるようにしてやる。」

「……何、言って…。」

「一般人だったら職権乱用して、執拗に容疑をかけて事情聴取したり…。」

「も、もう良い。」

 慌ててリアーナが止める。

「…普通なの?それ?」

「普通かどうかは知らねーが、俺はやる。」

「……、ふふ。へんなの。」

「…良かった。やっと笑った。」

 ハボックがそういうと、きょんと可愛い顔で見上げてくる。

 そんなリアーナをぎゅっと抱きしめて再び唇を重ねる。

 今度はリアーナも腕を回してきて、抱きしめあった。

「今夜は、俺んちだからな。」

「………。…うん。」

 

 

 数日後。

 リアーナが珍妙な表情を浮かべて、巡回から帰ってきた。

「ハボック、ちょっと…。」

 そう呼ばれて、空室へと向かった。

「…これ。」

 出してきたのは、先日ハボックが貰ったものと同じ封筒。

「…ジャンが手紙貰ったのって花屋の子?」

「あ…ああ。」

「なんかね。私に…だって。」

「へ?」

 その子には悪いが、二人で中の便箋を開く。

 やはり、道案内した時から憧れていたとかが書かれている。

かなり美化されているが、ハボックのときほど酷くは無い様だった。…そして…。

   『数日前、ハボック少尉にお手紙を書きましたが、あれは無しにして下さい。

    男の人は野蛮です。トウエン少尉も襲われそうになっていましたよね。

    やっぱり、私の一番はトウエン少尉です。

  早くあんな人は止めた方が良いと思います。………。』

 

「ぷっ。」

「………。」

 どうやら先日、もめていた時を見られていたらしい。

 確かに、壁に押し付けてキスしたけど…野蛮…って…。

 手紙はまだ続いているが、延々とハボックの悪口が続いているようなのでげんなりと視線を反らした。

「……この子に嫌がらせ、する?」

「…俺が、その子になんかやったら。そりゃあ、『嫌がらせ』じゃなくて『弱い者苛め』だろう。」

 力なく言うと、さもおかしそうにリアーナはくくくっと笑った。

 まるで先の『嫌がらせ云々』の台詞は。

 リアーナの気持ちを浮上させるためにハボックがわざと言ったのだという事など、分かっているわよというかのように。

 

 

 

 

 

20051207UP
END

 

 

 

少し前に書いたお話ですが、冬の話を先にUPしたかったので今のUPとなりました。
やはりハボックと言えば、ちょっぴり報われない感じの話が1つくらい無いとね。
いつも決めまくってたらそれはハボじゃあ無いでしょう。(偏見)
(06、03、06)