やさしい笑顔を ~移り香~

 

 

 

 昼食の後。すっかり春めいてきた中庭へと出た。天気も良くて気持ちがいい。

芝生の上でごろりと寝転んだら、いつの間にかうたた寝をしていたようだった。

 そして。ふと、近付いてくる足音に目を開けた。

「……リアーナ?」

「あ…ジャン。」

「休憩、今からか?」

「うん。午前中ずっと資料室よ。うんざりしちゃう。」

 今やっと昼食をとったとこ。と溜め息をつく。

「俺は、午後が立て込んでるんだ。一番で休憩に入らせてもらったよ。」

「そう。」

 話しながら近付いてきたリアーナは、すとんとハボックの隣に座って纏めていた髪をほどいた。そしてほっとしたように、フウと息を付く。

 ………あれ?

 一瞬香ったのは、いつものリアーナとは違う匂いだった。

 ハボックは半身を起し、リアーナの首筋から耳元あたりに顔を寄せてくんくんと香りを嗅ぐ。

「っ、やだ。なあに?くすぐったいわ。」

「いや、なんか匂いがいつもと違うから…。」

「? 資料室、埃っぽかったから…それかしら?」

「いや。なんか、甘い香りだった。」

 けれど、すぐ近くで嗅いでみれば。

『雨上がりの香り』だとか言う、彼女の気に入りの香水とリアーナ自身の香りが合いまった、いつもと変わらない香りだ。

「ん~~~?」

 首を傾げながら、今度は髪の匂いを嗅ぐ。

「なんか、本物の犬みたい。」

 ハボックの好きにさせながら、苦笑するリアーナ。

 確かに多少埃っぽいような感じがしないでもないけれど、いつものシャンプーの香りだ。

 気のせいだったかな、と顔を離したときに。

ほんの一瞬香った甘い香り。

「あ、やっぱする。…なんか、甘い香り。」

「?」

 首を傾げていたリアーナだったが、あっと小さく声を上げた。

「アレね。きっと。」

「あれ?」

「資料室でね。ニクス少尉と一緒になったのよ。」

「ニクス少尉…。」

 少し前に転属してきた総務の男性少尉。

 モデルかと言うようなほっそりとした優男で、配属前から女性職員の間では『良い男が来る』と噂されていた。

 来る前からこれでは、来たらどうなるのかと男達はみな内心ヒヤヒヤしていたのだが、いざとなれば意外と落ち着いたものでほっとしたりしたのだ。

 リアーナによれば『東方司令部の皆は良い男を見慣れてるから』と言うことらしいが。

 ここで良い男と言えば、言わずと知れたマスタング大佐だろう。

 マスタング大佐の『女性大好き』『女性は素晴らしい』と言う気持ちから来るフェミニスト振りと。ニクス少尉の『俺って良い男だろ』と言う自意識から出る優男振り。

 女性にとって上質に映るのは、マスタング大佐の方だったということらしい。

 『何で大佐ばかりがモテるのか』内心面白くないハボックだが、自分だってリアーナの言うところの『東方司令部の良い男』の一翼を担っているのだということには全く気付いていない。

「あいつと一緒だったのか…。」

「うん。なんか、香水付けてたからそれじゃない?」

「………。」

 ハボックはおもむろに煙草を取り出し、火をつけた。そして、たっぷりと吸い込んだ煙をリアーナに向けてふうーっと吹きかける。

「っつ。ちょっ……ケホッ…ケホッ……。」

 もろに吸い込んでしまったリアーナが咳き込む。

「んもう!何するのっ!」

 キッとハボックを睨み返したリアーナだったけど、先程と同じように首筋に顔を寄せられて。

「…? どうしたの?」

「面白くねえ。」

「何が?」

「お前に他の男の香りが付いてんのが。」

「………。」

 何を言っているのかしら、もう。 つい、クスリと笑ってしまう。

 頭を抱き寄せられキスを交わす。

 …やっぱり苦いキス。文句を言おうと思ったけれど。

「あいつには近寄るなよ。」

 憮然と言われて許してしまう。

「近寄ってなんかないわ。仕方なかったのよ。資料室中に充満してるんだもの。今日資料室に行った人は皆、香りが付くと思うわ。」

「げ。」

 それは凄い。

 あんなに付けてるなんて、かえってセンス無いわよね。と苦笑するリアーナに何となくほっとする。

「……ねえ。…ジャン?」

「ん?」

 単純にも、あっさりと機嫌の直ったハボックはにこりと笑い返す。

「…もう、あなたの休憩時間は終わりじゃない?」

「えっ!?」

 慌てて時計を見れば、とっくに時間は過ぎていた。

「げっ、ヤベっ!!」

 慌てて駆け出すハボックを見送って……。

 

 所有権を主張してくれるのは嬉しいんだけど…『彼の香り』が『煙草の香り』なのはちょっと、ねえ…。

すっかり煙草臭くなってしまった髪を弄び、小さく溜め息を付くリアーナだった。

 

 

 

 

 

 

20060316UP
END

 

 

 

うちの旦那も煙草を吸います。
家にいるかいないかは、玄関を開けたときの匂いで分かります。
外出する時は、かなりビクビクです。…煙草の匂いがついてないか…ってね。
「彼の香り」と言えば聞こえはいいけど、煙草の香りは厄介です。
今回のポイントは犬みたいなハボ。
(06、03、29)