やさしい笑顔を 〜花宵〜
「…もうお花見なんて、何年もやってないわ。」
「そっか。」
溜め息をつくリアーナにハボックは小さく苦笑した。
ハボック自身は去年。当時付き合っていた彼女にせがまれ、非番の日に行ったことがある。もっとも日頃の疲れもあって途中で居眠りをしたため、物凄く怒られたというおまけ付だが。
「行くか。」
「え?」
「花見。」
「…しばらく休みが重なることは無かったんじゃなかった?」
首を傾げるリアーナ。
休みが重なるのを待っていたら、花が終わってしまう。
「今からだよ。」
「今から!?…もう夜中よ?」
少し残業をしたハボックが、先に上がったリアーナの家で用意されていた夕食を共に食べ終えたところだ。
「俺が食器を洗っとくから、出かける準備をして来いよ。」
「本当に行くの?」
「勿論。…暖かくしとけよ。」
「……うん。」
リアーナが部屋へ入っていくのを見送って、ハボックは手早く食器を洗い始めた。二人分だから、それほど多くはない。
洗い終わって煙草に火を付けると、リアーナが出てきた。
ズボンやコートは冬物だったけれど、中に着ているシャツは先日買ったという春物だ。
たいした外出でもないのに、自分と出かける時に下ろしてくれたことを嬉しく思う。
「じゃ、行くか。」
「うん。」
ハボックは自分もジャンパーを着込み、外へ出た。
まずは近所の酒屋へと向かい、缶ビールを数本買い込む。
「…お花見って…どこへ行くの?中央公園とかだったらブレダと会うかもよ?」
今夜、夜勤の同僚は街中に幾つかあるお花見宴会スポットの警備もしているはずだった。会ったって構わないのだが、そのうちなし崩しで手伝わされそうなのが嫌だ。
「そんな遠くまで行かねえよ。すぐそこだ。」
「?そんな近くに、お花見の出来るところなんてあった?」
「おう、あるぞ。」
自然と手を繋いで、人通りの少なくなった住宅街の静かな道を歩く。
「ほら。そこの公園だよ。」
「ここ?」
住宅街の中にある小さな公園。
遊具もブランコと小さな滑り台と砂場程度で。
昼間は小さな子供をつれた親子連れが訪れるのだろうが、今は人気もなくシーンと静まり返っている。
そして、その公園のベンチの後ろには1本の桜の木。
「…そういえば、…あったわね。」
公園が小さい上木が一本しかないため、お花見スポットとはならなかったらしい。
もっとも昼間は何組かの親子連れが小さなシートを敷いて花見を楽しんだかもしれないが。
たった一つの外灯の明かりの中に浮かびあがる桜の花は、白く霞んで幻想的だ。
「綺麗ね。…良く知ってたわね。この公園のこと。」
「この前の道、良く使うし。」
「……あ。……そっか、ジャンの家から来る時、ここを通ると近道ね。」
「木は1本しかないけど、結構手ごろな大きさだから花が咲いたら綺麗だろうなと思ってたんだ。」
「うん。夜桜って言うのも良いわね。」
木の前のベンチに並んで座る。
「ほれ。」
「ありがと。」
ビールを持って、ぷしゅっと開ける。
「じゃ、乾杯。」
「うん。乾杯。」
缶をペコリとあわせてビールを飲む。
『花見に連れて行け』とねだることの出来ないリアーナ。
最初から休みが合わないから無理だと諦めている風の彼女に、是非ともゆっくりと桜を見せてあげたかった。
それにこんな風に二人でいるときは、仕事中とはまた違う素直な表情を見せてくれるのが嬉しい。
時々桜を見上げたりしながら、仕事の話から他愛も無い話まで色々と話す。
そのうち。
身体にアルコールが入り火照るけれど、冷え込みはさらにきつくて。くっ付いて座っていても徐々に体温が奪われていく。
ぷるりとリアーナが身震いをした。
「そろそろ帰るか。風邪を引いたらいけないからな。」
「うん。」
立ち上がって、ベンチの脇にあるゴミ箱に空き缶を捨てた。
「何か。…夜の方が香りを強く感じるわ。」
「ああ、そうかもな。」
見納めとばかりに、真直ぐに桜を見上げるリアーナ。
「ありがとうね。」
「うん?」
「お花見に連れて来てくれて。」
「ああ、いや。俺も夜桜なんて初めてだから見れて良かったよ。」
「うん。綺麗な桜を見れたことも良かったけど…。ジャンと一緒にお花見出来て嬉しかった。」
「リアーナ。」
ぎゅっと抱きしめて、耳元で言ってみた。
「お礼は?」
「ジャンってば…。」
クスクスと笑ったリアーナがハボックの首に両腕を伸ばしてしがみ付いてきた。
そのままふわりと唇が重なる。
まるで、風にちらちらと散る桜の花びらのような優しいキスだった。
…それはそれで、いいのだけれど…。
一度離れた唇を追いかけて、今度は深く口付ける。
「…んんっ……。」
ぎゅっと腕に深く抱きこんで抱きしめる。
「…ん…もう…。」
しっとりと濡れた唇が色っぽい。
「…その、服。…似合ってるぞ。」
「…嘘…。気がついてくれてたの?」
「…嘘って何だよ。」
「だって、絶対に気がつかないと思ってたもの…。」
「お前ね。」
「ふふ、嬉しい。ちゃんと、見てくれてるんだ。」
『当たり前だろ』そう主張しようと思ったけれど、本当に嬉しそうに笑うので…。
…ま、いっか。
「帰ろうぜ。」
「うん。」
リアーナの幾分冷えた手を、ハボックの大きな手がぎゅっと握る。
深夜が近くなり、さらに静まり返った道。カツンカツンと響くのは二人の足音だけだった。
20060327UP
END
匂い立つような夜の桜の怪しい雰囲気を出したかったのですが…玉砕しました。
夜桜見物もいいですよ。静かな公園とかで二人きりなんて、結構ムード出るし。
みなさんも是非どうぞ。
(06、04、03)