今回、リアーナが痛くて辛い目にあいます。そういうのが苦手な方は、ご遠慮下さい。
やさしい笑顔を 〜生きている実感〜
ふと目を開けると白い天井が目に入った。
薬や消毒薬や…そんなものの混じった独特のにおい。病院だ。
…ということは…。
『ああ、助かったんだ…』
リアーナはほおっと溜め息をついた。
事件のあったとき(今日なのか昨日なのか…それよりもっと前なのか…分からないが)リアーナは非番だった。
休みの重なった受付の友人と、イーストシティ内でショッピングを楽しむ予定だった。
待ち合わせをして、目当ての店へと歩き出したとき。
大きな車2台で乗りつけた男達7・8人に、車へ連れ込まれそうになった。
幾ら二人とも全くの素人ではないとはいえ、この人数の中から二人共逃れるのは難しい。
とっさにそう判断したリアーナは友人の腕を掴んでいる男の向う脛を蹴飛ばし、もう一人の男の足をヒールの靴で力まかせに踏みつけた。
「こいつっ。」
男達の意識がこちらへ向いた時、どんと友人の背中を突いた。
「……っ。」
行って、と目で即す。
そんな、と彼女が迷ったのは1瞬だった。
2人で捕まる訳には行かない。そう分かったのだろう。後ろも見ずに走り出した。
「ち、こいつ。」
「とにかく、こいつだけでも連れて行け。」
車に押し込まれ(恐らく)駅の裏にある倉庫街の中の空き倉庫へと連れて行かれた。
男達は、リアーナを一般市民の女性だと思っていたらしく、始めのうちは意外と優しかった。
両手こそ縛られたものの。どこかに括り付けられるでもなく、足も自由だった。身体検査すらされなかった。
何かあったときに『犯人達は紳士的でした』とリアーナに証言させたかったのだろう。つまり『横暴』な軍とは違うのだと示したかったものと思われる。
けれど、リーダー格の男がどこからか戻ってきてリアーナが軍人であるとばれてからは状況が一変した。
スカートのベルトの後ろに挟んであった銃は取り上げられ、殴られるわ蹴られるわ。そのうち上着を脱がされそうになり…。
自分の体に伸びてくる、手、手、手…。
一般市民の女性は丁寧に扱うが、軍人の女性は乱暴に扱っても良いなんてどういう了見だろう。
軍人に恨みがあるようだが、その恨みは是非本人に返してもらって。私のところへは持ってこないで頂戴と心から思った。
そんなリアーナの主張を全く聞く気もない男達は、さらに服を脱がそうと躍起になった。
一応それまでは、友人の通報で動き始めているはずの軍がここを割り出し駆けつけるまでの時間稼ぎにと大人しくしていたリアーナだったが、そういう訳にもいかなくなった。
この身体は、確かに自分のものであるけれど。リアーナを好きだと言ってくれる人のものでもある。
リアーナには、この身体を守る義務があるのだ。
これだけ密集していれば、銃で撃たれることはないだろうと、ナイフにだけ気をつける。
それほどきつくなかった手を縛るロープを強引にはずす。皮が擦り切れ、血が出た。何かボキッていったけど、そんなことにはかまっちゃいられなかった。
ヒールを生かして思いっきり蹴りを入れる。
腕を掴まれ肩が脱臼する。髪は引っ張られるし、殴られて血が滲む。ブラウスのボタンが吹っ飛び、腕の部分の生地が裂けた。
ガツン。
背後から何か硬いもので殴られ、クラリと意識が遠のく。
がっくりと膝を突き薄れる意識と視界の中で、ガラガラと倉庫の扉が開くのが分かった。軍人たちがどっと雪崩れ込んでくる。
その先頭に立つのはシルエットからすると恐らく大佐とハボックで…。
リアーナはほっと気が抜けてそのまま意識を失った。
自分の体はどうなっているのだろう。
起き上がってみようと試みたが、麻酔が効いているのか体中に包帯が巻いてあるのか。なんだか上手く動かせない。
左腕は脱臼している上、点滴の針も刺さっているので右腕を動かしてみようとするが、そちらも動かない。
おかしいわ…、こっちの腕はそれほど大きな怪我はないはずなのに。
すると、『ん…』と思いのほか近くで人の声がした。
回らない首を無理やり回してみれば、金髪の頭がベッドに突っ伏していた。
「……ジャン…?」
「……ん……リアーナ!?」
がばっと起きたハボックが、リアーナの顔を覗き込む。
手が動かなかったのは、彼が握り込んでいたかららしい。
「気がついたのか?気分はどうだ?どこか痛い所はねーか?」
「………ふふ。凄い早口。」
「リアーナ。」
「…そんなに 急に 聞かれても…分からない…わ。」
声も少し掠れている気がする。
気を抜くと、トロリと眠ってしまいそうにだるい。
そっとハボックの大きな手が近付いてきて、頬をなぜられる。
…暖かい…。
頑張って抵抗して良かったと思う。一般人ならともかく、軍人でありながら我が身を守れなかったら…。自分はこうして、この人の目を真直ぐに見ることなど出来なかっただろう。
「お前、丸1日眠ってたんだぜ。」
今は次の日の夜だと知らされる。
「…そう。」
「……奴、も来たぜ。」
「…ハクロっち?」
「その呼び方、止めろって。」
憮然として言う。
「何か、言ってた?」
「ん、まあな。」
「『強姦でも されてくれれば もっと 重い罪で 捕らえられたのに…』 とか?」
「そんなとこ。」
「犯人たち、ニューオプティンで暴れてた 奴らだったんだってね。」
犯人グループの関係者が、軍人に強姦されたのだと言っていた。将軍がそれをもみ消したと悔しそうに言っていたから、それをやったのはハクロ将軍だろう。
「…大佐が怒ってた。」
「うん?」
「あのおっさんにそう言われて。『自分の部下がそんな目に合わなくて良かったと心底ほっとしていますが、あなたはそうではないのですか?』ってな。あいつ、女性秘書官を連れて来てたからな。自分の失言で決まり悪そうにしてたけど。」
「…女性の情報網を なめちゃいけないわ。 3日とおかず 国内全部に広がるから。」
「げ、そうなのか?」
ちなみにこの男も『ロイ・マスタング大佐の金色の番犬』として結構有名なのだが、気付いていないのを幸いに黙っておくことにする。
「ねえ、ジャン。」
「ん?」
「キス…して?」
リアーナからの珍しい要求に1瞬目を見開いたハボックだったが、そっとその唇に触れた。
「もっと。」
「お前……。」
幾分戸惑ったようなハボックだったが、再び唇が重なる。
「………ん……。」
舌が進入してきて、煙草の苦さが口の中に広がる。ハボックとのキスはいつだって苦いけれど、とっても幸せな気持ちになる。
「…良かった。」
「うん?」
「生きてる。」
「ああ。……もう寝ろ。」
「うん。…ジャンも…ゆっくり 休ん で…。」
まだ、麻酔が効いているのだろう。リアーナはすうっと眠ってしまった。
数日前から何かと不穏な情報が飛び交っていた倉庫へ駆けつけ、突入を果たした瞬間。床に崩れ落ちるリアーナを見て、ハボックの頭の中は真っ白になった。
あの時、犯人全員を射殺しなかったのは、すぐ隣に居た上官が折れんばかりの強さでハボックの腕をがっちりと握っていたからに過ぎない。
かろうじて正気を保ったハボックが隊員に指示を出し、すぐに全員を拘束することが出来た。
そうなって初めて腕を開放されたハボックは、慌ててリアーナに駆け寄った。
あまりのひどさに1瞬怯む。
服はビリビリに破れているし、皮膚はいたるところに血が滲んでいた。
慌てて病院へ担ぎこんで事態はさらに悪化する。
肩は脱臼しているわ、足首は骨折しているわ、縄をはずそうとした手首の関節も外れているらしい。
捕まった犯人の中には、ヒールで思いっきり急所を蹴り上げられた者もいたらしいが。東方司令部内の誰一人、同情する者などいなかった。
そこへハクロ将軍がやってきたのだ。
自分の管轄内で1悶着起したグループをあっさり取り逃がし、そのグループがこちらでも暴れたのだ。『迷惑掛けた』の一言があって然るべきなのに。あくまでその犯人達をロイ・マスタングが捉えた事実が気に入らなかったようだ。
散々グチグチと嫌味を言った挙句、あの台詞。
「全く。その少尉も気が利かんな。大人しくしていてくれれば、犯人達の罪状は跳ね上がったものを。」
思わず体の動いたハボックを止めたのは、ホークアイ中尉だった。
大佐の、その全身から怒気が陽炎のように上がるのが見えた。…気がした。
そして先の台詞を言ったのだ。表面上はあくまでもにこやかに。
そしてハクロの後ろに控えている、女性秘書官にまで笑顔を向けた。
有名なマスタング大佐に微笑まれ、ほんのりと頬を染めた彼女。
リアーナの話が本当なら、マスタング大佐の良い噂とハクロ将軍の悪い噂は数日中に国内へと振りまかれるのだろう。
幾分青白い顔のリアーナ。先程は思ったよりも穏やかではあったけど。
幾ら軍人だって、女性だ。自分を襲おうと思っている男達に囲まれれば怖かっただろう。
それでも怯まずわが身を守った。
それはリアーナ自身のためであり、ハボックのためでもある。
「良く。頑張ったな。」
ハボックはそっとリアーナの頬をなぜて、その額に唇を押し当てた。
20060315UP
END
ハボックの傍に居られて、煙草臭いキスをして。やっと、リアーナは自分が生きているってことを実感したという…。
少し前に書いたんだけど、UPして良いものなのかどうか悩みました。
世の中いろんなことがあって、それぞれいろんなことを経験していて…。
辛い記憶のある方もいらっしゃるでしょうし…。
しかも、この話。ロングバージョンもあるんだけど…。リアーナが捕まってる間、ハボ達がどう動いて捜査したか…とか。
読みたい方は、ご一報を。
(06、05、24)