パラ パラ パラ パラ… …傘に雨粒が落ちる。

 

 

 

やさしい笑顔を 〜雨の音〜

 

 

 

今日は、朝のうちはそれほど悪い天気ではなかったのだが、夕方近くから雨が降り始めた。

そんな感じだったから、傘を持ってきていない者も多いようだ。

司令部内の売店にある安い傘は早々に売り切れた。

『何が幸いするか分かんねーな』ハボックは心の中でほくそ笑んだ。

少し前に持ってきたものの、結局使わず置きっ放しになっていた傘。思わぬところで役に立ちそうだった。

「おー、ハボ。それ貸せ。」

 サッとブレダが傘を持っていってしまう。

「何すんだよ!」

「だって、俺が濡れちまうだろ。」

「ふざけんな。俺はどーすんだ。」

「トウエンが傘持ってた。」

「?」

「…お前。まさか、俺と相合傘するか?それとも、俺にトウエンと相合傘しろってか。」

「お前が濡れて帰れ!」

「…じゃ、な。」

「おい!」

 我が物顔で、ハボックの傘を差すとブレダは行ってしまった。

「…マジかよ。」

 呆然と立ち尽くすハボックの後ろから、リアーナの声がかかった。

「ハボック?どうしたの?傘あるとか言ってなかった?」

 手ぶらのハボックに首を傾げる。

 ずっと同僚で一番傍にいて、少し前から付き合い始めたハボックの彼女。

 その手には、オレンジと黄色の中間くらいの明るい色の傘。

「…ブレダに取られた。」

「…ああ、それで。…さっきブレダがね、私の両肩を叩いて『ハボックのことはよろしく頼む』って言っていったのよ。」

「…最初っから俺の傘を使う気だったな。」

「そうみたいね。…ゴメンね。本当はもう一本折りたたみを持ってたんだけど、他の子に貸しちゃった。」

「ああ、いや。」

 謝ることじゃないだろう。ハボックだって予備があれば、人に貸したと思うし。

「…持つよ。」

「ありがとう。」

「いや…。」

 入れてもらっているのは自分の方だし。背の高いハボックが持ったほうが互いに体勢に無理がない。

 

 パラ パラ パラ。…傘に雨粒が落ちる。

 

「どうせなら。ブレダ、私の傘を持っていけば良かったのに。」

「何で?」

「男性用の傘の方が大きいでしょ。」

「ああ。…だなあ。」

 けどきっと、この明るい色の傘が気恥ずかしかったんだと思う。男一人でこの色はちょっといたたまれない。

「…大丈夫か?濡れてないか?」

「うん。…あ、ハボック肩濡れてる。」

「俺は良いんだよ。」

「でも。」

「それより、名前。」

「…あ。」

 いけない。というようにリアーナが肩をすくめる。

 まだ付き合い始めたばかり。

二人きりの時はファーストネームを呼ぼうと決めたのに。

 ずっと同僚でファミリーネームを呼びなれているから、ついそちらが出る。それでもハボックの方が呼び間違いが少なかった。

「リアーナ。…ほら、もっとこっち寄れって。」

「……ん。」

 これ以上ハボックが濡れてはいけないと思ったのか、素直に身体を少し寄せる。

「あ。お前も濡れてんじゃねーか。」

「少しは仕方無いわよ。」

 何でもないわと笑う。その肩をぐいと抱き寄せた。

「………っ。」

 一瞬こわばったのが分かる。お互いまだこういう親密な接触には慣れなくて、つい緊張する。

「………。」

「………。」

 何となく無言で歩く。

 

 バシャ   バシャ   バシャ   バシャ…。  ハボックの足音。

 

 コツ コツ コツ コツ コツ…。  リアーナの足音。

 

 パラ パラ パラ パラ…。  雨が傘に落ちる。

 

 それらが、優しく響く。

 

 パラ パラ パラ パラ…。

 

 バシャ   バシャ   バシャ   バシャ…。

 

 コツ コツ コツ コツ コツ…。

 

「………。」

 

「………。」

 

 パラ パラ パラ パラ…。

 

 バシャ   バシャ   バシャ   バシャ…。

 

 コツ コツ コツ コツ コツ…。

 

「………。」

 

「………。」

 

「「………ぷっ。」」

 

「ははは。」

「ふふふふ…。」

「歩幅が合わねーな。」

「うん…ふふ。」

 相手に合わせて、少し歩幅を狭くしたり広くしたり…。

「凄いわ。相合傘って技術が必要なものだったのね。」

「技術って…お前…。」

「だって、一つの傘の下でただ歩けば良いと思ってたけど…。」

「ああ。…だなあ。」

「…ハボ……ジャンは、今まで無いの?」

「そういや…なかった…かなあ。…凄えガキの頃、近所のダチと…って、そりゃあ相合傘じゃねえな。」

「ふふふ。」

「何、笑ってんだよ。」

「ジャンが子供の頃、どんなだったかなあ…って思って。」

「ウチにアルバム、あるけど?」

「本当?見たい!」

「よしっ!!」

「?」

 傘を持つ手に力の入ったハボックをリアーナがきょとんと見上げる。

 リアーナの家には何度か泊まったことがある。けど、ハボックの家にリアーナが泊まったことは、まだ無い。

この頃はいつリアーナが来ても良いように…なんて思って、柄にも無く部屋の中を小奇麗に片付けてみたり…。

 思っていたよりも『泊まっていけよ』は言葉にするのに勇気がいった。

 けど、この流れなら…。

「決定!」

「何が?」

 不思議そうなリアーナの耳元に口を寄せて。

「今夜、泊まり決定。」

 言葉を吹き込む。

「え!?でもっ!?」

 戸惑いや迷いはあるけれど、拒否の色は無い。よし、もう一押し。

 抱いている肩をさらに抱き寄せ、唇にチュッと口付けた。

「…っん…。ちょっと、何?」

「大丈夫、誰も見てない。」

「嘘っ。」

「平気。傘で隠れてるから。」

「ジャン!」

「夕食作る。」

「っ。」

「朝食も作る。」

「ちょっ。」

「お前んちより近いし。」

「…。」

「それに、俺のアルバムもある。」

「…んもう。」

「泊まり、な。」

「…分かったわ。」

 仕方無さそうに言うリアーナの頬や耳がほんのり赤い。そんな様子が可愛くて、今度は米神にキスを落とす。

「もう。」

「はは。…夕食、何が良い?」

「フルコース。」

「無理!」

「ふふ、冗談。…ジャンの得意なもので。」

「よし。材料、買っていくか。」

「うん。」

 近所のスーパーへと、道を曲がる。

 その頃には、意識しなくてもちゃんと歩幅が合うようになっていた。

 

 

 ずっと一緒にいたけれど、二人の時間は始まったばかりだから。

 これからもこうやって少しずつ相手を想って寄り添いあって。

いつかぴたりと合わさる時が来るんだろう。

 そうなっても。

ハボックにいちいち反応してくれるリアーナだったら良いなあ、なんて。

 照れたリアーナの顔を思い出しながらニヤけていると。

『不気味』と言って、ほっぺたをつねられた。

 

 

 

 

 

 

20051212UP
END

 

 

 

作ったのは冬でしたが、イメージしたのは暖かい雨だったので、この時期を待ってのUPとなりました。
この二人は、「やさしい笑顔を」から「やさしい気持ち」で一気に4ヶ月飛んでしまっているので。
付き合い始めた頃のまだまだぎこちない感じの時期の話はほとんどかけてなかったので、こんなシーンを考えてみました。
「やさしい気持ち」前と言うことで、リアーナとしてはまだハボの気持ちを疑ってる時期なので。
まさか自分から、泊まりに行くなどとは口が裂けても言えない感じ。
(06、06、06…何か…凄い日にちに…)