やさしい笑顔を 〜夢魔〜

 

 

 

 ガチャガチャッ…と、玄関の鍵を開ける音がして、眠っていたリアーナはぼんやりと目を覚ました。

 大きな身体のくせに上目遣いで『合鍵が欲しい』と言われて、渡してからは鍵を1つしか掛けなくなった。

だから、鍵を使って入って来れるのは自分以外ではこの世に後一人だけで。深夜であることが珍しいが、気配もその人で…。

 警戒する相手ではないせいか、リアーナはそのまま又眠ってしまったようだった。

 ふと気付くと、枕元にシャワー上りのほかほかした気配。

「……ん……、ジャン。おかえりなさい。」

 幾分寝ぼけた声でリアーナが言ったが、小さく身じろぎしたハボックからの返事は無かった。

「?……ジャ…ン?」

 ゆっくりと身体を動かし、重たい瞼を開いてハボックを見た。

「どう…したの?」

 よいしょと上体を起して、ハボックの顔を覗き込むように見た。

 すると、ハボックの手がすっとリアーナの頬に伸びてきた。

「ジャン…?」

 次いで落ちてきた唇。

 初め、そっと重ねられた唇はあっという間に力ずくの激しいキスに変わった。

「んんっ。」

 まともに息もつけないでいると、乱暴にベッドに押し倒され、熱い身体で押さえつけられた。

「………っ。」

 引きちぎらんばかりの勢いで、夜着をぬがされ、急性に煽られる。

「ん……ジャン……っ……やめっ………つ。」

 求められるのは嬉しいから、抵抗なんてしたくは無かったけれど。普段の彼とは全く違う乱暴な愛撫に思わず身体が強張る。

「んっ!」

 痛みと共に受け入れて、その背中にしがみ付いた。

「や……もっ…う……。」

 一言も発しない余裕の無いハボックは、少しだけ怖くて。…でも、とっても辛そうだった。

 ………ああ、誰かが怪我でもしたのかな…。

 ふと、そう思いつく。

リアーナが仕事から上がる時、丁度事件の一報が入った。

麻薬中毒患者が銃を手に暴れているというもの。

遅番だったハボックが、ぶつくさ文句をいいながら出て行く背中に『気をつけてね』と声をかけてから、何時間くらいたったのだろう?

 もしも死者が出たとしたら、後処理のため今夜は帰れなかっただろうけど、夜のうちに帰れたということはそれほど問題なく処理できたということ。

なのに、どこか落ち込んだ風なのは…。

 恐らくハボックの隊の誰かが怪我をしたのだ。重症ではないものの、多少の入院が必要な怪我を…。

 リアーナだって、小隊の隊長などという立場に居るから分かる。

 仮にそれが怪我した本人のドジであったとしても。それなりに大きな怪我をされれば、自分の立てた作戦が悪かったのだろうか?とか、何故あの時もっと早く気がついて注意を促せなかったのだろうか?とか。考えたって仕方の無い後悔をしてしまうものだ。

 多分ハボックの頭の中には、作戦中の映像が何度も何度も流れているはず。あの時こうしていれば。この時こう指示を出していたら…。そんな後悔がよぎっているのだろう。

 ああ、もう。しょうがないなあ。

 激しく揺さぶられ、リアーナの思考も半分どこかへ飛んでしまっている中。

 せめて、…と思って、ハボックの背中を優しくなぜた。

 

 

 朝の光の中、ふと目が覚めた。

 昨夜は何度かハボックを受け入れた後、そのまま気を失うように眠ってしまった。

 昨夜リアーナの身体を好きに扱った男の姿は、今は無い。

 布団の中は全裸で、汗や…何かその他諸々で濡れた身体が気持ち悪い。

 ゆっくりと起した身体はだるくて、もう一度眠ってしまいたくなる。

 リアーナもハボックも、そしてブレダも。

 同じ隊長という立場ゆえ、似たような経験はそれぞれ過去にある。

 死者が出てしまった場合などは、なんとも慰めようも無いけれど。

 今回のように隊員が(恐らく)少し大きな怪我を負った為に、隊長として落ち込むのはもう軍に所属している以上、持ち回りのようなもので。

 誰かが落ち込むたびに3人で飲み会を開き、お互いにグチを聞いてやったり励ましたり…とやってきた。

 過去にやはり、ハボックが落ち込んだ時が何度かあって。

 その時はまだ付き合っていなかったから、ただ友人として『元気出して』と肩をたたくことしか出来なくて。

がっくりと肩を落として家路に付くハボックの背中を、心配して見送る事しか出来ない自分をどれほど情けなく思っただろう。

 次の日の朝、司令部で顔を合わせるまでずっと。自身が眠れない位ヤキモキして心配して…。

 なのに…そんな時。 ハボックは、その当時付き合っていた彼女に昨夜のように慰めてもらっていたのだろうか?

『夢見が悪かったわ…』

 苦く、先ほどまで見ていた夢を思い出す。

 夢で見たのは、遠ざかる背中をただ見送る事しか出来なかった自分と。リアーナではない誰かを抱くハボックの腕で…。

 …考えたって仕方ないのは、分かってる。

 どうしたって過去は変えられないのだし、昔がどうあれ今はリアーナを頼ってきてくれたこと自体は嬉しいのだし。

 ただ、ハボックの憂鬱が移ってしまったかのように、少し気分が沈んでしまっていた。

 

 

 ガチャリとドアが開き、ハボックが顔を出した。

「お………。……起きてたのか…。」

 まだ寝ていると思ったのだろうか?少し驚いて見せた後、気まずそうに視線が泳いだ。

 随分と気分が浮上しているように見えるハボック。

 それに引き換え自分は…。

 だるいし身体はベタベタしてて気持ち悪いし…夢見は最悪で…。

 そんなつもりは無かったのに、滂沱と涙が流れ出した。

「うっわーっ。リアーナ!?」

 ハボックが慌てて駆け寄ってきた。

 上掛けの下から覗くリアーナの肩口や胸元などには、とてもキスマークとは思えない紫の痕が幾つも散らばっている。

 自分が昨夜した仕打ちを改めて目の前に突きつけられて、ハボックは焦った。

「ご、ごめん。その、うちの隊員がっ 怪我をっ……っ。」

「うっ………ううん。…多分…そうじゃ……無いかな……って……思っ………。ご、ごめん…なさ……。何でも…な…いの。」

「リアーナ…。」

 多分リアーナなら分かってくれると、甘えすぎていたんじゃないだろうか…。ハボックは自分を責めた。

 確かにリアーナも軍人で、自分と同じ隊長という立場にはあるけれど。

 どう見たってハボックとは比べようも無いくらいに、細い腕に身体のれっきとした女性なのだ。

 いつも、大切にしたいと思っていたはずなのに…。何やってんだ、俺っ!

「いや、本当に俺が悪い!…どっか痛いところとか無いか?身体辛くないか?…俺、昨夜みたいなことしちまったの初めてだからっ、そのっ、分かんなくてっ。」

「………え…。」

 初めて?

「や、その。本当、ごめん。 あ…その、朝食作ったんだけど…食えるか?」

「………。」

 初めて…って事は、夢で見たようなことは無かった…ってこと?

「リアーナ…?怒ってるか?」

「………。ううん。」

 心配して覗き込むハボックにそっと体を寄せる。

 ハボックはそれまで跳ね除けられるのが怖くて、触れることの出来なかったリアーナの体をそっと抱きしめた。そして、涙の味の残るその唇にゆっくりと唇を重ね少し乱れている栗色の髪をなぜた。

「さっき司令部に電話して、お前午後からにしてもらったから。」

「え?」

 慌てて時計を見れば、もう司令部にいなければいけない時間だ。

「で、俺も午後から。」

「? ジャンは、今日は非番だったでしょ?」

「どうせ、リアーナが遅刻するのは俺のせいだろうから、遅れる分の仕事を手伝うように…って。大佐が。」

 昨夜の事件のいきさつを聞いていて。で、朝ハボックからリアーナの体調不良の連絡を受けて。

サボってばっかりいるくせに、実は有能な上司はそれだけで事情を察したのだろう。

き、気まずい。

「…どんな顔して出勤すればいいのよ…。」

 どんな顔でも可愛いぞ。とかちょっとずれてるハボックはほっといて。

「…食べるわ。朝食。…でも、その前にシャワー浴びたい。」

「ああ、手伝おうか?」

「んもう。」

「へへへ。」

 上掛けごとリアーナを抱き上げたハボックは、そのままシャワールームへと向かった。

「何か、いつもは2・3日位は落ち込んでるのに…。もう立ち直ったの?」

「昨夜、リアーナに慰めてもらったからな。」

「え?」

「背中なぜて、大丈夫ってしてくれただろ?だから。」

「………。」

「さて、お背中流しましょうか?」

「出ていって…。」

 シャワールームからハボックを追い出して、少し熱めのシャワーを浴びながら。

 もしかして…私、が?元気にしてあげられたの…?

 リアーナは、自然と笑みが浮かんでくるのを止められなかった。

 

 

 

 

 

 

20060701UP
END

 

 

 

夢魔…といいつつ夢はそんなに出てきませんでした。すみません。
『夢魔』と言う言葉から連想するイメージとは違う感じの話になってしまったかな…?
けど、自分の彼氏が他の女性を抱く夢って最悪でしょうね。
ちなみに。
ハボがリアーナを起さないように、朝食を作っていたのは罪滅ぼしと言うかご機嫌取りというか…。そんな感じ。
さらに昔のハボの彼女達は、落ち込んだうっとうしいハボはきっと家にも入れなかっただろう。
(06、07、06)