やさしい笑顔を 〜公園デート〜

 

 

 

「は〜〜〜〜〜あ。」

 ハボックの隣のデスクから、でっかい溜め息が聞こえてくる。

「「「「「「………。」」」」」」

 室内にいた全ての者から、チラリと視線が集まったがリアーナに気にした様子は無い。

 幾分ふてくされたような表情で、書類を見つめたままクルリクルリとペンを回している。

「………どうしたよ?」

 『お前が聞け』と言う無言の圧力に耐えかねて、ハボックが声をかけた。

「ん〜〜〜〜〜。」

 唸ったっきり言葉が返ってこない、重ねて聞こうとしたときにおもむろに口を開いた。

「考えることがいっぱいあって…、決めなきゃいけないことがいっぱいあって…。もう、本当にいっぱいいっぱいい〜〜〜っぱいあって…。  やんなっちゃった。」

「………。」

 アメストリスという軍事国家の軍人で、東方司令部に所属し。そこで少尉と言う地位で小隊長などをやっていれば、そんな状態は昨日今日始まったことじゃない。

 はっきり言って当たり前、……ってか日常。

「だから。」

 ガタリと立ち上がったリアーナは、誰に言うとも無く宣言した。

「30分休憩してきます!」

「どうぞ。」

 答えたのは、ホークアイ中尉。

「私が休憩も出来ずにいるというのに…。」

 ぶちぶちと文句を言ったのは、マスタング大佐。

「大佐の場合、自業自得でしょ。」

 容赦なく切り捨てて、リアーナは指令室を出て行った。

「…ハボック少尉。」

「はい?」

 バタンと閉じられた扉を見ていると、ホークアイ中尉に呼ばれた。

「あなたも確か、急ぎの仕事は無かったわよね。」

「はあ、まあ。」

「付いて行ってあげて。1時間位なら休憩してきて構わないから。」

「え、でも中尉。」

「………。時々あるのよね。」

 気付いてた?というように見られる。そんな訳は無いのに、試されているような気分になる。

「…まあ。あんなんが2日くらい続いた後、体調を崩すんですよね。」

 以前に見たのは、付き合い始める前のこと。

 当時はまだ友人であった自分は、『無理のしすぎだ』と思っただけだったが。

 考えてみれば普段仕事の愚痴など零すことの無い彼女。さっきのアレがの最大限の甘えなのかもしれない。

「行ってきます。」

「お前までか。」

 昨日思いっきりサボったくせに不満そうな上司には。

「ですから、自業自得です。」

 と返して、指令室を出た。

 

 

 『休憩をする』と言っていたから、恐らく仮眠室か中庭だろう。そして彼女がしたいのは気分転換だろうから、中庭の確率が高い。

 そうあたりをつけて早足に建物を出ると。中庭の方へ曲がろうとするリアーナの後ろ姿が見えた。

「リアーナ。」

「……?」

 振り返ってハボックを見て、きょとんと首を傾げる。

「何? 何か事件でも起きた?」

「いや。俺も休憩貰った。ちょっと出ようぜ。」

「…ジャン?」

 腕を掴んで司令部の外へと連れ出した。

 足を踏み入れたのは司令部から程近い公園。

 昼休みには事務系女性職員のグループが輪になってお弁当を囲んだりする、和やか且つ目の保養な光景が広がる公園だが。

 今は誰も居らず、静かなベンチに並んで座った。

「大丈夫なの?私、ちょっと休憩したら戻るつもりだったのに…。」

「平気。中尉が1時間くれたから。」

「………。」

 押し黙ったリアーナにおや、と思って目をやると。

「…心配…かけちゃった…かしら。」

 表情を曇らせて俯く。

 どうやらとことん落ち込みモードらしい。

「悪いな。」

「?」

「もう少し時間があれば、街へ出てケーキセットでも奢ってやるんだが…。」

「やだ、ジャン。」

 何言ってるの!と声を上げるリアーナの肩を抱き寄せて。

「ケーキの代わり。」

 そう言って唇を重ねた。

「っ!ジャン!…こんなとこで。」

「誰もいないだろ。」

「でもっ。……ん。」

 強張る肩の力が抜けるまで、何度も何度も口付けた。

「……ん、もう。……やだ。」

「や、じゃ無いだろ。」

「や……よ、もう、…苦…い。」

 ちっともケーキの代わりじゃない。と文句を言うリアーナは随分と落ち着いてきたように見える。

「リアーナ。」

「うん?」

「たまにはちゃんと休憩とって休まねーと、マジで身体もたないぜ。」

「う…ん、分かってる。……でも、足りなかったのは休憩じゃなくてジャンだったみたい。」

「……お前っ…。」

 このところ互いに忙しくて、(仕事上では勿論毎日顔を合わせていたけれど)二人きりの時間が取れることなんてほとんど無くて。

 そうかと言ってそれを不満だと言えるリアーナでもなく。

「こんな昼間から、俺を煽ってどうするつもりだ。」

「?」

 分かってないリアーナを改めて抱き寄せて、さらに激しいキスの雨を降らす。

「…ん……ちょ……ジャ…ン……。」

 昼間だし外だし。で、こわばるリアーナの体の力が抜けるまで何度もキスを繰り返した。

「…も…う。」

 幾分濡れた瞳で文句を言われたって誘っているようにしか見えない。

「マズッた。こんなことなら仮眠室に連れ込むんだった。」

「……バカ。」

 半分以上本気でぼやいたハボック。

 今から行かねえか?と誘えば、そろそろ休憩時間終わりよ。と返される。

「今日は早く上がれそうなのか?」

「大佐次第ね。…ジャンは?」

「同じく。………。マジで時々、本気の殺意がわくぞ。」

 あの人のために死んだって構わないとさえ思っているのに…だ。

「じゃあ、大佐にとっとと仕事させて。今日は早く上がろうか。」

「おう。」

 にっこりと笑ってベンチから立ち上がるリアーナ。

 煮詰まっていたようだったのが解消されたのは、ほんの少しの時間とはいえハボックと一緒にいられたから?

 それが、どれだけ男を増長させるかなんて気付いてもいないのだろう。

「楽しかったね、公園デート。」

「又来るか?」

「ふふ、今度はケーキセットがいい。」

「分かった。」

 並んで司令部までの道を戻りながら、『俺は仮眠室デートがいいなあ』とハボックが思ったことは、リアーナには秘密だ。

 

 

 

 

 

 

20060728UP
END

 

 

 

なあんか、やんなっちゃう時ってないですか?
そんな時、甘やかされちゃうと。もうそれだけで、いい気分になっちゃう。
単純かな…。けど、そんなもんじゃないかと思うんですが。
(06、08、07)