「じゃ、さよなら。」
真顔で手を上げて、帰宅の途につくリアーナ。
や、おいおいおいおいおい。ちょっと…待て…?
やさしい笑顔を 〜バイオリズム〜
「あいつ、何かおかしかったよな?」
残業で残っているブレダに聞く。
「トウエン?…いや?別に普通だろ?」
「だって、あいつ『さよなら』…って。」
「あのなあ。」
ブレダが溜め息を付きつつ、ハボックへ向き直った。
「トウエンは定時上がり。お前は?」
「夜勤。」
「残るお前にかける言葉が『さよなら』でどうしておかしい?」
だって、あいつはいつもそんなことは言わない。
『お先に』だとか『気をつけてね』だとか…。『又、明日ね。』なんて時もある。せいぜいが『じゃ、ね。』…って感じで。
『さよなら』なんて…付き合いはじめてから、聞いたこと無かった。
「じゃ、お前。とうとう捨てられるんじゃねえ?」
「縁起でもない事を言うなよ。」
と、そこへ。
ばたんと指令室の扉が開いて、ハボックやブレダの飲仲間が数名やってきた。
「ハボック。この間は楽しかったな。」
「ん、おう。」
「…ああ、合コンな。」
ブレダは丁度夜勤で参加できなかったのだ。その代わりの人数集めのために声をかけられたのがハボックだった。
乗り気じゃなかったのだが、以前からあった小さな借りをここぞとばかりに持ち出されて渋々参加したのだった。
ほかの男性メンバーにしてみれば、彼女持ちの人間が居た方が競争率が下がるので。その辺もハボックが強く誘われた要因かも知れなかった。
久しぶりの大人数での飲み会だったし、確かにそれなりに楽しかったが。誰かとどうにかなろうはずも、そんな気にもならずただその場の雰囲気を楽しんだ。
「さっきさあ、休憩室でその時の話をしてたんだよ。そうしたら、バークレーの奴がさ。」
「うん?」
「ほら、お前に気があったらしい女の子いたろ?」
「そうかあ?」
「いたろうが。アマンダって子。赤毛の。」
「…ああ、そんな子いたなあ。それが?」
「バークレーの奴、アマンダ狙いだったらしいんだよ。ところが、向こうはお前にべったりだったんで不満タラタラでさあ。それを散々休憩室でグチってたんだ。」
「へえ。」
「…で、な。それをトウエン少尉に聞かれちまった。」
「え!?」
「おい、ハボック。さっきトウエンの様子がおかしいとか言ってなかったか?…それって。」
「…リアーナ、何か言ってたか?」
「別に。ただ、『その合コンって先週の?』って聞かれただけだ。そうだって答えておいたけど…不味かったか?」
「………ヤベェ。」
「お前、まさか内緒にしてたのか?…不味いぞ!」
リアーナの性格を良く知っているブレダが言う。
ただの人数あわせだったのだから、『ブレダの代わりに参加することになった』と言ってしまえば良かったのだ。
けれど、さらにリアーナを良く知るハボックには分かっていた。
理由はどうあれハボックが合コンに参加したとなれば、リアーナは一人で不安な1夜を過ごすだろう事を。だから、知らせないで済むのならその方が良いと思ったのだ。
それがバレた。しかも最悪の状態で。
ハボックをやっかんでいたというバークレーにしてみれば、彼女がいるのに他の女の子を誘っていたと映ったかも知れず。それをそのまま口にしたかも知れないのだ。
「明日、トウエン少尉を見かけたらちゃんとフォローしておくから。」
「何か悪かったな。無理やり誘っといてその上…。」
「いや。」
「ちゃんとトウエンに言ってなかったこいつが悪いんだから気にするな。」
ブレダがその場はとりなして、中間達は出て行った。
「気にしてるぜ、あいつ。」
「……ああ。…どうしよう?」
「知るかよ。」
「………ちょっと出てくる。」
「…っておい。電話ならここのを使えば…。」
「や、公衆電話からかける。」
「…そうだな。…行って来い、けどすぐ戻れ。」
「悪い。」
そろそろブレダの残業分の仕事も終わる頃合いだった。
ハボックは司令部を飛び出し、程近いところにある公衆電話へと走った。
この時間なら、通常だったらリアーナは家にいるはず。夕食やシャワーを終えて寛いでいる時間だ。意を決して慣れたダイヤルを回した。
プルルルル プルルルル プルルルル
10回程ベルを鳴らし。居ないのかと不安を抱きつつ受話器を置こうとしたとき。
「…………はい。」
ボソリと囁くような声でリアーナが出た。
「リアーナ。」
「………。…………ジャン。」
「うん。あの、どうしても伝えたいことがあって。」
本当は、リアーナが出たら沢山沢山言い訳をしようと思っていた。
ことの次第を説明し、全ては誤解だと訴えるつもりだった。
けれど、元気の無いリアーナの声を聞いたら胸がいっぱいになって、言葉がなかなか出てこなかった。
「………。」
リアーナはハボックの言葉を待っているのか、何も言わない。
きっとリアーナは分かってる。ハボックが自分から合コンなどにいくはずが無いと。
人数あわせで誘われて、思いもかけずに話の会う相手が居たのだ。…と、その程度なのだとちゃんと分かっている。
それでも『さよなら』といったのは?
「リアーナ。」
「………うん。」
「愛してる。」
「………。」
「それだけ、伝えたかったんだ。」
「………。うん。」
「ちゃんと、いっぱい眠れよ。」
「……うん。」
「夕食は食べたか?」
「……まだ。」
「しっかり食べて。」
「…うん。」
「シャワーは?」
「…まだ。」
家に帰ってから、この時間まで何もしていないと言うのか!?
「リアーナ………。」
「………。…バイオリズムがね。」
「うん?」
「下がってるみたいなの。 ………いつもだったら何でも無いことなのに、全然………。」
「………。」
突然リアーナの家へ走って行きたい衝動に駆られた。行って、弱ってるらしいリアーナを抱きしめたい。
けれど、自分は夜勤で抜けるわけにはいかないのだ。
お互いにやるべき仕事をきちんとやっているからこそ、『恋人同士なのに同じ部署』と言うのを許して貰えているのだと言うことが、分からない程子供ではないつもりだ。
「…リアーナ。もう、一回言ってもいいか?」
「………何?」
「愛してる。リアーナだけだ。」
「……うん。ありがと。」
「会いに行きたいけど、行けないから…。」
「……うん、分かってる。 平気。」
けど、本当はちっとも『平気』なんかじゃないんだよな。
「リアーナ。……明日の朝、一番に会おう。」
「うん。」
「絶対な。」
「うん。」
「絶対だぞ。」
「うん。」
「じゃ、又。明日な。」
「うん。又、明日。」
「おやすみ。」
「うん。おやすみなさい。」
そっと受話器を耳から離すと、『ジャン』と呼びかける声が聞こえた。
「何?」
慌てて、一度離した耳を押し付ける。
「…気を、つけてね。」
「ああ、大丈夫だよ。じゃ。」
「うん。」
名残惜しいが受話器を置いて、電話BOXから出た。
司令部へと戻りながら見上げた夜空には、無数の星が瞬いていて。
どうか。今夜はもうリアーナが泣きませんように…と、強く祈った。
20060731UP
END
どうにも気分が浮上しない時ってありませんか?
何でもない事が結構堪えたり。
リアーナは、ハボの合コンで落ち込んだと言うよりは、落ち込み気味だったときに合コンの話を聞いてしまいました。
何かあったときに、仕事を放り出して駆けつけてくれる彼もかっこいいかも知れないけど。
今回は、思い通りにならないもどかしさを…。
(06、08、22)