「きゃあ、こんなところで会えるなんて〜〜〜ぇ。」
耳に届いたのは、嬌声。
目に入ったのは青い軍服と赤いルージュだった。
やさしい笑顔を 〜バイオリズム2〜
……何やってんだか…。
振り返った大通りの向こうには巡回中の軍服が見え、ひときわ長身で金髪の男が女の子に捕まっていた。
…赤毛だから…あの子がアマンダ…ね。
なんと自分は間が悪いのだろうとリアーナは溜め息を付いた。
今日は久しぶりの非番で、午前中は部屋の掃除や洗濯を終え。午後になって買出しにやってきた。
欲しかった日用品や洋服の入った紙袋をいくつか下げ、あとは食料だけだとスーパーへと向かう途中。辺りも憚らずに上がった嬌声に思わず振り返ってしまった。
振り返らなきゃ良かった。でなきゃ、せめてほんの少し時間がずれていたら見なくて済んだ光景。
盛り上がっているのは女の子(恐らくアマンダ)だけで、軍服の方は困惑顔で及び腰だ。
彼女持ちの癖に合コンに行きやがった奴。けど、何より堪えたのはそれを内緒にされたこと。
彼なりに自分を気遣った上で内緒にしていたのだろうとは思うけど。
浮気とまでは行かなくても、リアーナの目を盗んで羽を伸ばしたかったのだろうかと、思わず邪推してしまった。…そして、邪推してしまった自分に対しても嫌気が差した。
少し前から下がっているような気がするバイオリズムは、恐らくグラフにあらわしたらマイナスを示しているだろうと思われる。
色々とばれて気まずくなった翌朝、二人きりの仮眠室で抱きしめあってキスを交わして。多少は気持ちがほぐれていたけれど。
何で、このタイミングでアレを見ちゃうかな…。
思わず大きな溜め息を付いた。とにかく知らない振りで立ち去ろう。
今、彼の顔を見たってどうしていいか分からない。
『何でも無いわ』と笑うのか?
それとも、『これはどういうことか』と責めればいいのか?
『酷い男だ』と泣けばいいのか?
そのどれも出来そうになかった。
「か〜のじょ。」
ふと、か〜るくかけられた声に顔を上げれば…。
「…あなた…。」
クリスマス・イブに声を掛けてきたホスト。
「嬉しいな。こんなところで会えるなんて。」
どこかで聞いた台詞に眉を顰める。
「あなたこそ…何してるの?落ちこぼれホストさん。」
「落ちこぼれは酷いなあ。これでもウチの店ではNO.1なんだぜ。」
「たいした店じゃないのね…。」
憎まれ口を叩くリアーナに気にした風も無くにこりと笑う。
ホストをしているだけあって、服装も物腰も洗礼されている。NO.1と言うのも恐らく嘘ではないだろう。
優しげな表情は、まるで自分だけに向けられるものだと錯覚してしまいそうだ。
「この間は渡せなかったから、今渡しておくよ。」
「?何?」
「名刺。遊びに来てよ、君ならたっぷりサービスするよ。その代わり、必ず俺を指名してよね、軍人さん。」
「あら、知ってたの?」
「巡回…っていうの?してるの見かけたからさ。」
「そう。いいの?軍人が行っても?」
「大丈夫。ウチの店はちゃあんと許可とって正規に営業してるとこだから。」
探るように言えば、あっさりと答える。
「ふふ。調子いいのね。」
「店が都合悪いんなら、俺の家でもいいけど?」
「遠慮しとく。」
何の気負いも無く出来る軽口の応酬が楽しかった。
ほんの少し、気分が浮上したのを感じる。
「今、時間ある?」
「もう、帰るところよ。」
「すぐそこだよ。」
彼が示したのは1ブロック先にある花屋。
「今度会ったら、絶対に何かプレゼントするって決めてたんだ。」
「ホストのあなたが?」
普通ホストって、自分が貢いでもらうものじゃないの?
「あれ、やだなあ。忘れちゃったの?仕事は抜きで付き合おうって言ったじゃん。クリスマスのとき。」
「……何、言ってるの…。」
ホストのリップサービスなんて、信じられる訳が無い。
「ホストの言葉は信じられない?」
思っていたことを言い当てられて、とっさに言葉が出てこなかった。
「…なあんかさ、俺ってそういう巡りあわせなのかなあ?」
「…何が?」
「君が落ち込んでる時ばかりに会う。」
「………。」
「職業病って言うより、もう俺自身がそういう性分なんだよ。目線が下がってる女の子をほおっておけないんだ。」
「………。」
ほだされちゃいけないと思う。
そんな優しい言葉だって、計算のうちなのかも知れないのだ。
それでも『行こう』と掴まれた手をとっさに撥ね退けられないくらいには、自分の心は疲れていたらしい…。
…ふと、煙草の香りがした。
「きゃ。」
後ろから腕が回されて、ぎゅっと抱きしめられた。
「…何だよ、お前。」
後ろから聞こえる聞きなれた声。表情は見えないが、不機嫌らしい。
「君こそ。さっき、向こうで女の子にきゃあきゃあ言われてた奴だろ?どうしたんだい?さっきの彼女は。」
「…彼女じゃ、ねえ。」
「へ〜え。モテモテだねぇ。」
揶揄するように笑う男。
巡回中に見かけたといっていたけれど…それだけじゃないのだろう。
この男。多分今、リアーナの背中に張り付いているのがリアーナの彼氏なのだと知っている。
「………。又、ね。ホストさん。」
ハボックの目の前で、あてつけのようなことが出来るリアーナじゃなかった。
「ああ、今度必ず店に遊びに来てよね。待ってるから。」
「ええ。」
小さく苦笑して、ひらりと手を振った男が遠ざかると。
「…行くなよ。」
ボソリと言われる。
「社交辞令でしょ。」
「…でも、行くな。」
「自分は合コンに行ったくせに。」
我知らず出ていた言葉。言った本人が一番驚いた。そんなこと言うつもり、無かったのに。
「………。ごめん。」
「…わ…私こそ…こんなこと……言うつもりじゃ…。」
「でも、ごめん。 行きたくて行ったんじゃない。ただの人数あわせだったんだ。」
「………。…っ私に、内緒で…。」
「ごめん。心配させちゃいけないと思って。」
「女の子に、言い寄られてて…。」
「うん、ごめん。 彼女が居るって言ったんだけど…。」
それから何度も謝られて、言い訳を沢山貰って。やっとほっとした自分に気がついた。
初めからこうしていれば良かったのだ。
不満に思っていることをぶちまけて、言いたいことを全部言っていれば良かった。
そうすれば、ハボックは沢山の言い訳と謝罪をくれただろう。
なのに自分が我慢して何も言わなかったから、ハボックは言い訳も謝罪もすることが許されなかった。それがリアーナ自身を余計に辛くさせていたのだ。
「…私、もう帰る。」
「………リアーナ。」
「今日は、夕食を二人分作らなくちゃいけないから…。」
「っ。必ず定時で上がる!」
「うん。待ってる。」
後ろから抱き込んだままの体勢で、チュッと耳元にキスされる。
「じゃ、後でな。」
「うん。」
泣き笑いの顔を見られたくなかったから。遠ざかる声に、振り返らずに手を上げた。
「だから、行くなって言ったろ!」
「あら、何事も経験よ。」
「でも。ホストクラブだぞ。」
「正規に運営してるお店だって言ってたもの。それに、一人じゃないんだし。」
「…それは…。」
「まさか、軍人からぼったくったりしないと思うし。」
「そうじゃなくて。」
リアーナが友人数名とホストクラブへ行くという。ハボックが幾ら止めても、止める気はないらしい。
あの時。リアーナはあのホストに随分気を許している感じだった。店に行って甘い言葉なんて掛けられたら…。
「やっぱりダメだ!」
「自分は合コンに行ったくせに。」
「それは…謝っただろ。」
「うん。でも1回行ったことは行ったわよね。だから、私が1回外で楽しんでくるのは許して欲しいのよ。」
「………っ。」
つまりそれは…。
今後も合コンに参加したいならどうぞ。けど、行くなら同じ回数だけ自分もホストクラブへ行くわよ…と。そういうことか?
例えどれほど仲間に拝み倒されようと、弱みを握られようと。不義理だと罵られようと。二度と合コンには参加するまいと硬く心に誓うハボックだった。
20060803UP
END
皆さま覚えていらっしゃるでしょうか?
クリスマスにリアーナをナンパしたホスト君再登場です。
そして、何とかいつもの二人に戻りました。
(06、08、31)