やさしい笑顔を 〜繋いだ手〜
「お待たせいたしました。」
テーブルにコーヒーを丁寧に置いてくれる、きれいな手。
「ありがとう。」
笑い返せば、二コリと笑みが帰ってくる。
うん。感じの良い店かも。さすが、大佐お勧めの喫茶店。
店内に流れる静かなBGMも、気分を落ち着けてくれる。
持ち込んだ文庫本を開いて、コーヒーを飲む。
「お代わりはいかがですか?」
「あ、ありがとう。頂くわ。」
流れるような綺麗な動作で、コーヒーを注いでくれる。きれいな手。
「………。」
こっそりと見た、自分の手。
力仕事をこなすこともある。
自分より大きな男相手に、体術を施すこともある。
銃を扱うこともある。
そして…、犯人を射殺したこともある………手。
女の手としては、無骨…ゴツゴツ…?
マメ、出来てるし。
皮膚は絶対に厚くなってる。
ほっそりと、柔らかい。綺麗な手とは、明らかに違う…手。
何だかなあ。
制服を着ているときには、全く気にもならないけれど。
こうしてただの女で居る時にはどうしても、街に溢れる『普通の女』と自分を比べてしまう。
軍人なんだから、仕方が無い。
その仕事に誇りを持っているし、やりがいも感じている。
辞めたい…なんて、これっぽっちも思ったりしないけど。
カツンカツン。
すぐ傍の窓を叩く音。
ようやく仕事が終わったらしい。
本をバッグにしまい、レシートを取って立ち上がった。
「悪い。待ったか?」
「大丈夫よ。雰囲気の良いお店だったし。」
さすがに大佐は良い店知ってるわよね。そう言って笑えば。
ヤローには絶対に教えてくれないんだ。と苦笑する。
「今夜は、何にしようか?」
「そうだなあ。俺、明日は非番だから…飲みてえなあ。」
「う〜ん。じゃあ、おつまみメニューにしようか?」
「良いねえ。ピザも入れてくれ。この間のチーズたっぷりの美味かった。」
「ああ、アレね。ガーリックを混ぜ込んであるチーズ。」
並んで歩いているうちに、自然と手を握りこまれていた。
最初のうちは恥ずかしかった、こんな接触も。さすがにもう慣れてきた。
…けど、今日は…。
するりと繋がれた手を解く。
「?」
訝しげに見られているのは分かったけれど、顔を上げられない。
この人は、自分とこうして付き合うようになる前に。何人もの女性と付き合ってきた。
今までも、こうして女性と手をつないだことだってあるはず。
きっと、さっきのウエイトレスのようにほっそりとしたきれいな手だっただろう。
比べるようなことを言われたことは無いけれど…。
心の中では、『ああ、こいつ。ゴツゴツした手だなあ』とか思っているかも…。
「っ。」
一旦は解いた手を、強い力で握られる。
「や、何?」
「何…じゃ、ねえよ。」
憮然とした口調で返される。
「何で、逃げるんだよ?」
「逃げてなんか…。」
「そんなに、俺と手を繋ぐのはイヤか?」
「そういう訳じゃ…ない、けど。」
「じゃあ、何だ?」
「………。」
きれいな手じゃないのが、恥ずかしい…とは言えなかった。
だって自分は軍人だから。
普通の女性と比べれば、多少無骨になってしまうのは仕方がない。
むしろ、軍人なのにきれいな手…って、仕事をサボっているようでよっぽどイヤだし。
それでも。
この人と二人きりで。しかも、私服でデート中だったりすると…。
「まさか、怪我とかしてんのか?」
少し慌てたように、手を持ち上げしげしげと見つめる。
「し、してない。」
そんなに見ないで欲しい。
引っ込めようとした手を、今度はぎゅっと握られて。 逃げられなかった。
「じゃあ、俺と手を繋ぎたくない理由を述べよ。」
「………。別に、ジャンと手を繋ぎたくないわけじゃ…。」
俯いてしまったリアーナに内心溜め息を付く。
何か。くだらないことをぐるぐると考えて、落ち込んでんだよな…こんな時って。
その理由がすぐに分かるときもあるし。全く分からない時もある。
もう離すまいと握りこんでいた、リアーナの手を見つめた。
「…ちっせえ手だよな。」
「………。まあ、ジャンの手と比べたらね。」
あなたより大きかったら、生きていけないわ。とかブツブツ言っている。
こんなに小さいのに、自分たち男の軍人と変わらないだけ働いている。
きっと男の自分には想像も付かない苦労もたくさんしているのに違いない。
とっても愛おしいものに感じて、その手にそっと唇を押し付けた。
「きゃあ!何してんの!」
あれ、街中だっけ。
真っ赤になって慌てるリアーナ。可愛いすぎだ。
「んもう!」
早くこの場から立ち去りたいとばかりに、足早に歩き出す。
そんなリアーナに半ば手を引かれるように、道を歩く。
いつもは、軍のものであるこの手が。今は自分の手と繋がれていることを嬉しく思う。
「リアーナ。」
「何っ!」
「リアーーナ。」
「何よ。」
「リアーーーナ。」
「んもう…何よ…。」
真っ赤な顔のまま振り返る。
頭のてっぺんから足の先まで、その全てが愛おしい。
ニヤニヤとにやけてしまった表情から、そんな想いが垣間見れたのだろう。
「…笑いすぎ…。」
恥ずかしいわ、と上目遣いに見られたら…なんだか色々と我慢できなくなりそうで。
又、街中だと怒られそうだったから繋いだ手をぎゅっと握って『夜まで我慢』と自分に言い聞かせた。
20060911UP
END
ウチの旦那なんかを見てると。本当、男の人って女心が分かっていないよなあと思うのね。
全然分かってないんだけど…。
全くの的外れな行動だったり、言葉だったり、本当にして欲しいこととは微妙にずれていたり。
なのに、そんな少しずれた気遣いが妙に嬉しかったりして。
よ〜く考えてみると、実は悩みの原因は取り除かれたわけじゃなかったりもするのだけれど。
実に、あっけなく気分が浮上していたり…。そんなことってありませんか?
(06、09、22)