やさしい笑顔を 〜不安2〜
俺はリアーナが大好きだ。
付き合うようになったのは、出会ってから随分経ってからだったけど。毎日毎日、ドンドン好きになっていると思う。
そういう気持ちを普段から、言葉や態度に出して伝えているつもりだけど。
どれだけ伝わっているのか…?疑問に思う時がある。
リアーナはいつも不安を抱えていて…。
それは俺を信じていない…のではなく。
多分リアーナ自身を信じていないのかも知れない…とこの頃思うようになった。
俺から見れば、あんなにいい女そうそう居るもんじゃないし。到底誰かと比べられるようなものじゃない。
なのに、ふとした弾みで不安に駆られるらしい。
曰く。『自分なんて…。』
何でだよ!
そのたびに大声で叫びたくなる。
何で、もっと自分を信じてやらないんだよ。俺は何度もお前を好きだといっただろ!?
リアーナが自身で抱えるその不安に耐えられなくなった時。
俺は別れを告げられるんだろう。
この頃そう思うようになった。
だから、今日も。
リアーナの耳元で甘く囁く。
彼女の心が不安に支配されないように。
澱のようにたまった不安が一時でも消えるように。
………だから、絶対に浮気なんか許されない。
誓って言うが、合コンに参加したのではない。
ブレダ達、数名の仲間と男ばっかりで飲みに来たのだ。
そこへ、俺らの誰かが軍人だと知っていたらしい女性の集団が乱入してきた。
俺ら自身を好きだと言うのならともかく、『軍人』が好きな女にロクなのは居ない。
偏見かも知れないが、過去の経験から俺はそう思っている。
例えば、同年代よりは多少は高い給料だとか。
もしかしたら将来出世するかも…とか。
あるいは、筋肉質な身体が良いとか。
…中には銃を触りたい…なんてのまで。
けど、単純に。
俺だって男だから。
でっけえ胸が押し付けられれば、多少は心が揺らいでしまったりするわけで…。
「きゃ〜、やっだぁ〜。」
わざとらしい嬌声が響く。
俺の腕にしだれかかった豊満な体。…ってか胸。
ことさらに、広く開いている服の胸元からりっぱな谷間が覗いていた。
『浮気はダメ 浮気はダメ 浮気はダメ 浮気はダメ 』
呪文のように、俺は心の中で繰り返した。
俺には確信がある。
多分俺が、一時の誘惑に負けて。所謂『浮気』なんてのをしてしまったりしたら…。
リアーナは即。『別れましょう』と言って、どれほど言い訳をしようとヨリを戻したりはしないだろう。
それは彼女が『俺の浮気を許せない』からではない。
リアーナはきっと、こう思うのだろう。
『ああ、やっぱり私ではダメだったんだ。』
怒ってくれればいいのだ。
そうすれば、俺は何度も謝って許しを請うことが出来る。
なのに、諦められてしまったら。
俺と付き合っていたことすら、無かったことにしてしまわれたら。
そうなったら、どんな言い訳も愛の言葉も彼女には届かなくなってしまう。
どれほど、この手を伸ばそうとその体を抱きしめることなど許されなくなってしまう。
そう考えて、ゾッとした。
だから、今は。
巻きつけられた腕を外して、丁寧にお断りをする。
「あ〜、こいつ。彼女居るからさ。ベタ惚れで尻に敷かれてるんだ。」
ブレダが助け舟を出してくれた。
「何だよ。彼女持ちかよ。あ〜、がっかり。背え高いし、ガタイは良いし。さぞかし、あっちも凄いかと思ったのに。」
途端に乱暴な言葉で吐き捨てると、その女は席を離れて行ってしまった。
その子がリーダー格だったのか、他の女もぞろぞろと付いていってしまい。
再び男ばっかりになったテーブルは、シ〜ンと気まずく静まり返っていた。
「………。サンキュ、ブレダ。」
「いや…いいけどさ。 今日はお開きにするか…。」
「…お…う。」
店の前で皆とは別れた。
リアーナはどうしているだろう。ふと、思う。
彼女は今夜は遅番で。
時計を見れば、何事も無ければそろそろ帰宅している時間だった。
彼女の家へ向かおうと動き出した俺の脚は、無意識にスピードを上げ走り出していた。
今は一分一秒でも早くリアーナに会いたい。
「…ジャン?」
後少しで彼女のアパート、と言う所でリアーナの声がした。
「どうしたの?今日はブレダ達と飲んでたんじゃないの?」
丁度仕事帰りだったのだろう、いつも司令部へ持って行っているバッグを肩に掛けたリアーナが不思議そうにこっちを見ていた。
「っ。」
そのままの勢いで彼女に近付いていって、ぎゅうっと抱きしめた。
「ジャン?」
心配そうな声。優しく背中をなぜてくれる手。
「………。」
失いたくない。
彼女を失わないために、今以上に俺に出来ることってなんなんだろう?
どうすればリアーナはずっと俺と居てくれるんだろう?
「何かあったの?」
「………う〜。」
「変なの、ジャンったら。」
クスクスクスとおかしそうに笑う。
「今夜は泊まっていくの?」
「ダメ?」
「いいわよ。じゃあじっくりと、この強い香水の理由を説明してもらいましょうかね。」
「……へ?」
慌てて、さっき女がしがみ付いていた腕の匂いをくんくんと嗅いだ。
俺自身は多少酒が入っていて良く分からなかったけど。確かに、きっつい香水の匂いが移っているような気がする。
「ほら、早く入って。」
にこりと笑って部屋のドアを開けるリアーナはちょっぴり怖かった。
招かれるままに家に入って、ソファに座る。
「で?」
「や…その。」
誤解されたままじゃいけないと、必至に言い訳をした。
「…ふう〜ん。…まあ、そんなんじゃないかとは思ってたけど。」
優しく微笑まれる。
「怒らねーのか?」
「何で?」
「だってよ。」
「…浮気してたんじゃないか…って?ジャンが浮気したその足で私のところへ平気で来れるような人だとは思ってないけど…。」
当たり前みたいに笑われて、ほおっと力が抜けた。
ぎゅっとリアーナを抱きしめる。
「もう、本当にどうしたの?」
やさしいリアーナの声に抱きしめられながら、不安を抱えていたのは俺の方だったらしいと思い直した。
20060923UP
END
リアーナは、小さなことでいちいち不安になってしまうんですが。
そんなリアーナを見ているとハボも不安になってしまうよね…と言うお話。
「やさしいシリーズ」のハボは余りオタオタせず、どっしり構えている部分もあるように書いてきましたが。
それは、「そんな自分を見たら、リアーナはもっと不安になっちゃうだろうな。」と。自分の不安を余り外には出さないようにしていたから。
いまさらでなんですが、『メリー・クリスマスを言おう』の時も。
実はハボは内心かなり動揺していたんですが、リアーナが結構マイっていたので極力それを外に出さないようにしていただけなんです。
短編で伏線を張らないように! はい、すみません。
(06、12、06)