この頃の俺は、凄いと思う。
もう、熟練の域に達してるね。
やさしい笑顔を 〜目は口ほどに〜
リアーナは、仕事上の意見はこれ以上は無いという位にはっきりきっぱり口にするくせに。
俺への不満や要求は90%以上口にしない。
だからといって、何も不満がない訳ではなく。
自分の中へと溜め込んでしまう。
以前はそんなリアーナを歯がゆく思ったけど…。や、今でも少しは歯がゆいとは思うけど。
この頃は、何となく分かるようになってきた。
『何に』不満なのかは、さすがに全部は分からないけど。
『何かに』不満を感じているらしい、そしてそれを溜め込んでるらしいってのは分かるようになってきた。
ポイントは目。
いつもなら、真直ぐに見上げてくる目が。
目が合う瞬間よりほんの少し早く反らされたりすれば、もう確実。
そしてそんな変化に気付いているのはどうやら俺だけのようで…。
さすが、俺。愛の力。とか、実は内心思っていたりするのだ。
ある日。
書類提出のために大佐の執務室へと行った時。
「お前、浮気してるのか?」
実に、実に楽しそうに大佐が聞いてきた。
「んな訳ないですよ。」
「そうか?トウエン少尉は疑っているみたいだったぞ。」
「な!?」
「先程私に、『男の人って浮気をしたいもんなんですか?』と聞いてきたぞ。」
「何で…。」
「さあな。」
相変わらずニヤニヤと笑う大佐の執務室から退室する。
この頃は合コンにも行ってないし、この間部下達と飲んだときもメンバーは男ばっかだった。
どっかの店の姉ちゃんと親しく話した覚えもないし…。
まさか…、この間「かわいいなあ」と言って抱き上げた猫がメスだったとか?
そんなことを悶々と考えていると、前方からリアーナがやってきた。
「ちょっと、良いか?」
するりと外された視線に、やはり何か抱え込んでるのだと確信した俺はリアーナを空いている会議室へと誘った。
「何?」
「あのさ、俺。浮気、してねえけど…。」
「は?…知ってるけど、そんなの。…どうかしたの?」
「え?お前、俺の浮気を疑ってんじゃねえの?」
「…浮気、してるの?」
「してねえって。」
「変なの。ジャンったら。」
「じゃあ、お前。何で大佐にあんなこと聞いたんだよ?」
「あんなこと…って?……ああ、『男の人は浮気をしたいもんなのか?』って言うの?」
「そう。」
「ジャンがって言うんじゃないわ。一般論でよ。男の人ってそういうもんなのかしら?って思って。」
「俺は違うからな!」
「ふふ、分かってるわ。」
おかしそうに笑うリアーナに嘘をついている様子は無い。
じゃあ、ただ本当に一般論で聞いただけなのか?
てか、何でそれを俺じゃなくて大佐に聞くんだ?
「あら、…さすがに彼氏にそれは聞きづらいでしょ?…別にブレダだって良かったんだけど…。」
とあっさりおっしゃる。
「じゃ、なんでそんなこと思ったんだよ?」
「………。う…ん、ちょっと小耳に挟んだから…。」
あ、視線反らしやがった。
「いつ?だれに?」
「………。いいじゃない、別に。ジャンが浮気してるって話を聞いたわけじゃないんだし…。」
「してねえって。…じゃ、何て聞いたんだ?」
「………。」
俯いてしまう。
「リアーナ?」
少しきつめに名前を呼ぶと、小さく溜め息を付いた。
「いつ?」
「…今日の午前中。」
「どこで?」
「…休憩室の前を通った時に…。」
「なんて?」
「……『ハボックが可哀想』だって。」
「はあ?」
「『彼女が同じ職場で、ずっと傍に居ると。…浮気したくても出来ないから』…って。」
「なっ、ん!?」
「『男なんて浮気するもんなのに、出来なくてつまんねーだろうな』……って。」
「だっ誰が!」
「声の感じからすると…。」
リアーナが上げた数名の名前は…。
「ちっくしょう。」
「ジャン?」
「そいつらの言うことなんか気にするな!」
「何…?」
「そいつら、お前狙いだから。」
「?」
もしも、俺達が別れるなんて事になったとして。
恐らく一番にリアーナの彼氏候補に名乗りを上げるであろうメンバーだった。
「……?だって、もしもその誰かと付き合うことになったとしたって…職場の同僚であることには変わりないのよ?」
浮気出来なくて可哀想なんじゃないの?
「だから。やっかんでるだけだから!」
「ええ〜?」
納得いかない表情で眉を顰める。
「それに、俺は可哀想じゃねえぞ。お前がいるんだから。」
「………。あの、その…ね。私考えたんだけど…。」
「うん?」
「もしも浮気するんなら、絶対に私に分かんない様にやってね。気がつかなければ、平気だと思うから。」
「しねえって!別にしたいとも思わねーよ。」
「…そう…なの?」
実に疑わしそうにこちらを窺う。
「大佐なんかに参考意見を聞くんじゃねえよ。」
「え。別に大佐は浮気するとは言わなかったけど。」
「へ?じゃあ、俺はそんなに信用がねえのか?」
「そうじゃなくて…。私があなたに何か我慢させてるんなら、嫌だと思って。」
「浮気したいのを我慢して、してない訳じゃないからな。本当に、浮気する気にもならないんだ。」
俺はリアーナの軍服の襟元を緩めた。
中からはドッグ・タグへ一緒に通されたリング。
訓練や現場へ出るたびに付けたり外したりするのでは無くしてしまいそうだから、と指ではなくそこにつけている。
一緒にペアで買った俺のリングも、同様に俺のドッグ・タグに通してある。
俺はそのリングにそっと唇を押し付けた。
「伊達や酔狂でこんなもん贈ったりしねえよ。お前だけだと思ってるから贈ったんだ。」
「うん。」
ようやくにっこりと笑って、リアーナが頷いた。
真直ぐに俺を見上げてくる目が嬉しくて。
人目が無いのを良いことに。その身体を抱きしめて、何度も何度もキスを繰り返した。
20070121UP
END
さて、大佐はなんと答えたのでしょうか?
(07、01、22)