やさしい笑顔を 〜水 槽〜

 

 

 

 ザーー  ザーー  ザーー  ザーー

 

 ふと、目覚めると夜の間に降り出したらしい雨の音が聞こえてきた。

 そっとベッドから抜け出して、カーテンを少し開ける。

 夜が明け始め、うっすらと明るくなり始めた街は雨に濡れそぼっていた。

「雨 か…。」

 かなりの強さで降っている雨。

 部屋の中から雨を見ていると、リアーナはいつも自分が水槽の中にいるような気になる。

 一匹だけでヒラヒラと泳ぐ金魚は、こんな風に外の世界を見ているのだろうか…。

 いつもそんなことを思う。

 子供の頃、お祭りの屋台で手に入れた小さな金魚。

 『生き物を飼う』と言う行為が初めてだったリアーナは、それこそ一生懸命世話をした。

 手に入れた手段を考えれば随分と生き延びたといえる金魚だったが、結局は1年と持たずに死んでしまった。

 リアーナは今でも、あの時の金魚は淋しくて死んでしまったのだと思っている。

 たった1匹で仲間から引き離された金魚。

 たとえどれだけ環境を整えられても、心が死んでしまっていたのだろう…と。

 あの金魚が喋ることが出来たなら、リアーナに『淋しい』と訴えただろうか?

 …ああ、そうか。

 自分は、淋しかったのだ。

 リアーナは気付いた。

 家のために良家に嫁げと育てる両親に反発し続けた実家でも。

 女のくせにでしゃばるなとぐいぐい押さえつけられていた西方司令部でも。

 生まれ育った地から遠く離れたイーストシティで、一人暮らしを始めてからも。

 自分はずっと淋しかったのだ。

 普段はそうとは気付かないけれど。

 雨が降り、外の気配が遠くなる。

そんな日は、自分がたった一人なのだと気付かされるから。

「ん………リアーナ……?」

 自分が抜け出したベッドから、寝ぼけた声が掛かる。

 ああ、この人がいるから。

 今の自分は淋しくない。

 幸せだから、過去の自分の淋しさに気付くことが出来た。今の幸せを喜べる。

「どうした?」

「雨よ。」

 そう答えながら、ベッドに戻る。

「ああ、冷え切ってるじゃねえか。」

 すっかり外気で冷えた身体を抱きしめたりしたら、自分だって冷たいだろうにリアーナの身体が温まるまでその腕を外すことはしないだろう。

「ふふ、暖かい。」

「俺は、カイロなんだろ。」

 以前リアーナが言った冗談を引き合いに出して、小さく笑う。

「そうよ。私専用のね。」

 リアーナも自分の腕をハボックの背中へと廻した。

「……雨、だって?」

「うん、そう。結構強く降ってるから、今日中には止まないかも…。」

「そうか…、雨か。」

「うん、雨。」

 割と乾いた気候のイーストシティだが、年に何回かは土砂降りといって良いような雨が降る。

 東方司令部の司令官が『雨の日無能』な焔の錬金術師だったりするから、こんな日は何らかの大きな事件が起きるのは必至だった。

 どうやら、ハードな1日となりそうだ。

 ガバっとリアーナの上に覆いかぶさってきたハボックは、そのままリアーナに口付けた。

「んん…何?」

「鋭気を満たしておかないと…。」

「は?」

 リアーナのパジャマの一番上のボタンを器用に口で外すと、そのままリアーナの肌に唇を滑らせる。

「ちょ…っと…、時間無い…。」

「やだ、もうちょっと。」

「もうちょっと…って。ジャン!」

 もがいてはみるが、力では全然適わない。

 彼なりに時間を気にしているのか、急性に煽られて息が上がる。

「あ……ん、……も…う。」

「リアーナ…。」

 いつも名前を呼んでくれるこの人がいれば。

 たとえば、ここが水槽の中で。ここから出ることが出来ないのだとしても。

 淋しくて死んでしまうことは、無い。

 

 

 

 

 

 

20070220UP
END

 

 

 

雨の日に作った雨の日のお話。
まんまですね。
とりとめも無い感じですが、雨のイーストシティの朝の静けさの雰囲気が出れば…。
(06、02、21)