分かりづらい おまけ

「じゃあ、ちゃんと暖かくして寝てるのよ。」

 そう言ってリアーナが電話を切った。

「ハボック、風邪か?」

 それまでの会話からそう推測してブレダが声をかけた。

「うん。」

「あいつに取り付くなんて、根性のあるウイルスも居たもんだな。」

「全くね。」

 はあ、と溜め息をついたリアーナは、気持ちを切り替えるように言った。

「じゃ、ちゃっちゃと分担決めちゃいましょうか。」

「おう。」

 誰かが何かの事情で仕事を出来なくて、残りの二人でその仕事を分担する。というのは今回が初めてじゃない。

 何となく暗黙の了解でお互いの役割は決まってしまっているので、分担もすぐに決まった。

 結局通常の1.5倍に近い仕事をこなさなければならなくなるのは必至で…。

「復帰したら、奢らせてやる。」

 唸ったブレダに、いつもなら同調するリアーナが黙りこくっているのでおや?と思ってみると。

 彼女は難しい顔をして何やら考え込んでいた。

「トウエン?どうかしたか?」

「う…ん。」

「ハボックが心配か?大丈夫だろ。元々体力はあるんだし。」

「うん、それは分かってるけどね。」

 苦笑してリアーナは猛然と書類を片付け始めた。

「私、昼休みはきっちり1時間取るから。」

「ああ、見舞いに行くのか?」

 女の目から見て、男の一人暮らしの家が寝込むのに適した環境に見えないだろうというのは何となく分かる。

 いくら、男にしてはきちんとした生活をしている方のハボックでも。今、家で出来ることなんてせいぜいただ寝ることだけだ。

 一度誰かが見てやって、食事とクスリを体に入れさせたほうが良いだろう。

「あと。絶対に定時で上がるから。」

「はあ!?お前、それ、絶対無理!!!」

「上がるといったら上がるわよ!」

「こんだけ仕事があるんだぜ!」

「振り分けられる分は振り分ける!………あとは、奴ね!」

「『奴』?」

 ブレダが首を傾げると。

 丁度出勤してきたマスタングに、リアーナが詰め寄った。

「大佐!今日は、サボりはなしですからね!」

 上司を『奴』呼ばわりかよ…。

 ブレダが呆れてみていると、勢いに押されたマスタングが。

「な、なんだね。いきなり。」

 と、及び腰で答えていた。

「何でもいいんです!とにかく今日はサボりは無し!!」

 マスタングの視線が室内を彷徨い、ブレダに『何事だ?』と問いかけてくる。

 ハボックの席を示し、休みだと身振りで伝えると、納得したように1、2度頷いた。

「ハボックが休みなのか?けど、それと私の仕事と何の関係が…。」

「私、定時で上がりますから!」

「………、恐らくそれは…。」

 『無理だ』と言おうとしたのだろうが、リアーナの次の行動でサッと顔色を変えた。

「定・時・で・上・が・り・ま・す。」

 一句ずつ区切って宣言したリアーナの手には、銃が握られていた。

「や、待て。落ち着け、トウエン少尉。」

「これ以上も無く落ち着いています。 …大佐。」

「は、はいっ。」

「すみません。私、ホークアイ中尉ほど射撃が上手くないので…。間違って大佐ご自身に当ててしまうかも知れませんけど…許してくださいますよね。」

 完全に眼が据わっている。

「ち、ちょっと、待て。話し合おう。」

「ええ、私だっていきなり銃を撃つようなマネはいたしません。大佐がサボったら…の話です。私はただ、お昼休みを1時間頂いて、定時に上がりたいだけなんです。」

「わ、わ、分かった。」

「ありがとうございます。」

 にっこりと銃を納めたリアーナは、自分の机に戻ると猛然と書類を作成し始めた。

 ほう、と溜め息をつきがっくりと肩を落としたマスタングが自分の執務室へと向かう。

 幾分小さく見える気がするその背中を、満足げに微笑んだホークアイが見送る。

 『中尉、わざと口出ししなかったんだ…。』

 恐らくはマスタングがリアーナの押しに負けると読んで…。

 ブレダの後ろに隠れてぶるぶる震えているフュリーと、自分の席で石像のように固まっているファルマンがちょっと哀れだった。

 

 

 ウチの女性たちは、きれいだけど強くて怖い。

 ブレダは、溜め息を一つついて『今日は、大きな事件が起こりませんように』と祈った。

 こんな日に、大きな事件など起こったら…。

確実に大佐はトウエンに殺される…。

 

 

 

 次の日。

 定時より1時間ほど遅れたが、無事帰宅したリアーナに看病してもらったのだろう。

1日で風邪を克服したハボックは出勤した途端に、司令部で指令室の男性陣から泣き付かれることになる。

「お前、絶対に休むな!」

 むちゃくちゃな大佐の一言にうんうんと頷く皆。(フュリーなんか涙を流していた)

 …何があったんだ?と言う、戸惑ったハボックの目が俺を捕らえる。

肩をすくめた俺に、『後で説明しろよ』とニヤと笑った。

そしてその目は、キレイに片付いている自分の机の上を見た。

幸せそうに目が細められる。

分かってるのなら、今さら俺が言うことじゃないけど。

トウエンが昨日は本当に頑張ったんだぜ。

病み上がりのお前に、ゆっくりと仕事をさせてやりたい…って言ってな。

 

 

 

 

 

20070215UP
END