世知辛い世の中だからね。

 その、世知辛い世の中に最前線で係わる仕事だからね。

 ストレスだって、そりゃあ溜まるわよ。

 だからね。映画でも見に行こうよ。

 どんな…って、そうね。思いっきり笑えるコメディなんてどう?

 

 

 

やさしい笑顔を 〜映画〜

 

 

 

 上演時間ギリギリに到着したので、空いている席は最後列位しか無かった。

 それでも、次回上演に回されなかっただけでも良かったのかも知れない。

 ここで2時間以上待たされることになるなら、きっと今回は止めておこうと思っただろう。

「俺、寝ちまうかも…。」

 慌てて入ったため、飲み物も何も買う暇が無かった。

 すでに、CMが始まっているスクリーンを見ながらジャンは小さく呟いた。

「夜勤明けだもんね。」

 寝ちゃっても仕方無いと思う。…って言うか、寝るのもOKのつもりで映画を選んだのだ。

 ようやく二人一緒にとれた半休。

 疲れているのはお互い様だから、家で休むのが一番いいのは分かっているけど。それじゃあ余りにも日常と変わらなくてつまらない。

 だから、『映画でも見ようよ』と誘った。

 『恋愛ものはちょっと…』と言うジャンに、『思いっきり笑えるコメディにしよう』と言ったのは私。

 このところ気分が塞ぐような事件が多かったから。

 映画が始まって、すぐに場内に笑いが起こる。

 私も、ジャンも声に出して笑った。

「こんな風に笑ったの、久しぶりかもな。」

 ジャンが私の耳元でそう言った。

「うん。」

 と頷いた私も、いつもとは自分の表情が違うと思った。

 そして、ホッと体の力が抜けた。

 リラックス、したんだと思う。

 少し隣に体を傾ければ、大好きな人の温かい体温を肩に感じる。

 優しく私の手を握りこんだ大きな手。

 なんだか凄く安心して、スクリーンの中で飛ばされたジョークにまた笑った。

 

 

 眠っちまうかもと思っていた俺は。

思いのほか楽しくて、俺好みだった映画にのめりこんでしまい、眠るのも忘れて食い入るようにスクリーンを見ていた。

 映画が半分位進んだ頃、ふと気付くとリアーナが俺の肩に頭を預けて眠っていた。

 『疲れてたんだな』

 リアーナが俺を休ませてくれようとして映画鑑賞というデートを選んだのには気付いていた。

 気の張るレストランやデートスポットよりも、ここなら眠っていたって一緒にいられる。

 けどなあ。

 お前だって疲れてるだろう?

 俺達男より小さな身体で、体力や気力が資本の仕事を俺らと変わりなくこなしてるんだから。

 その上、他の女子職員の相談に乗ったり…なんてことまでやってのける。

 だから俺は、俺が寝てしまうだけじゃなくて。お前が寝ちまっても良いと思ってここでのデートにOKしたんだぜ。

 恋人同士で映画を見に来て、二人して眠りこけるなんて。

 他から見たら間抜けかも知れないけど、俺達が幸せならそれで良いよな。

 

 

 ………。

 あ、眠っちゃってたかな?

 小さく身じろぎすると、私の手を握っているジャンの手に力が入ってさらにぎゅっと握り締められる。

 寝てたの、ばれてた?

 まあ、いっか。

 スクリーンでは、相変わらず出演者達が笑いを振りまいている。

 つられて、ふふと笑ったら。

 目の前が真っ暗になった。

 ?まだ映画終りじゃないよね?

 ってか、終りなら明るくなるはず。

 寝起きのぼんやりした頭はなかなか働かず、何事?と視線をジャンのほうに向ければ…。

 思いもかけずに、目の前にジャンの顔が合った。

「……ジャン…?」

 小さく呼んだ私の声は、彼の唇で止められた。

 な、何してんの!映画館で!!?

 びっくりして動けないでいると、場内で又笑いが起こる。

 ああ、そうだった。

 この席は、最後列ですぐ傍には他のお客さんはいなかったっけ。

 私がほっとしたのがわかったのか、ジャンのキスはさらに深くなった。

 バレそうにないからと言ったって、これは調子に乗りすぎじゃないでしょうか?

 ほっぺたをつねってやろうかと思ったけど、…ま、いっか。

 映画館での楽しみ方は人それぞれ。

 映画を楽しむのも良し。

居眠りをするのも良し。

 …キスをするのも………有り?

 

 

 

「今度は、レンタルビデオを借りて家で見ようぜ。」

「え〜、大きなスクリーンが迫力あっていいんでしょう?」

「ダメ。煙草吸えねえじゃねーか。」

 映画が終わって、外へ出た途端煙草を取り出したハボックをリアーナは呆れて見た。

「映画の間も、我慢できないの?」

「まあ、おかげさまで今回は割と平気だったけど。」

「……バカ。」

「それに、映画館じゃキスしか出来ねえじゃん。」

「何言ってんの、充分でしょう!……ってか、普通しないから!」

「家なら、なあ。」

「何よ。」

「イロイロできるだろう?」

「…何 する気よ。」

「あ〜んなことや、こ〜んなこと。」

「んもう!」

 赤くなって歩調を速めるリアーナを、ニヤニヤと笑ってハボックが追いかける。

「とりあえず、何か喰おうぜ。腹減った。」

「……分かったわ。」

「ちゃんと腹ごしらえしねえとな。」

「?何で?」

「だから、家に帰ったらあ〜んなことや、こ〜んなことを…。」

「ジャン!!」

「ゆっくり休めるの、久しぶりなんだからな。」

「…分かってるわよ。」

 赤くなりながら、リアーナがハボックの手に触れる。

 『リアーナの方から手をつないでくれたのって、初めてじゃねえ?』

 感動のあまりにぎゅっと握ったら、『痛い!』と怒られた。

 

 

 

 

 

 

 

20070308UP
END

 

 

ところ構わず、いちゃつく二人…。
(07、03、09)