ROAD TO TRIATHLON Episode3 SADO  



   

 スプリントの千本浜大会、ショートの伊良湖大会に続き、今回はミドルの佐渡大会に挑戦だ。
この佐渡大会は来年の最終目標の宮古島大会に出るための大事な大会で、完走してある程度の記録を残して
おかないと、宮古島の選考で落とされる可能性があるので宮古島のためにも何としても完走しておく必要があった。

坂道の多い難コースをクリアするために、春頃から会社までの自転車通勤(往復57キロ)を週に2〜3回行い、バイクを
強化してきた。月間平均走行距離は800キロにも及び、かなりの脚力がついた。去年より体重も4kgほど落ちてロング
向きの体型に変化して、自分でも納得の仕上がり。完走する自信はあった。

  

 9月1日(金)。 この日の午後4時の新潟港発のカーフェリーに乗るため、午前6時に家を出る。
だいぶ時間に余裕をみて出発した。途中で仮眠もしたのだが、予想以上に高速が空いていて昼頃には新潟港に
着いていた。東京から350キロぐらい。意外と新潟も近いところだ。乗船手続きを済まし、ターミナルで昼ごはんを食べて
時間までぶらぶら〜とする(^◇^)

今晩中に佐渡に渡り、明日の土曜日が受付と競技説明会、日曜日が大会、後泊して月曜日に
千葉に帰るスケジュール。レース後に帰るのは無理と思い、今回は月曜日も休みをとった。

  

 新潟港から佐渡汽船のカーフェリーで佐渡島の両津港へ。時間は二時間半ほどだった。佐渡に着いた頃には
もう日が落ちていて、フェリーから降りてそのまま今回の宿に向かう。                     

宿泊するところは「トキ交流会館」。ここは安く泊まれる穴場で、食事なしで一泊2000円くらい。大会会場から
少し遠いのが難点だが、車があれば問題はない。本来は学生などがトキを観察する時に泊まったりするらしい。

佐渡はやっぱり田舎で、夜なんて街灯もないから真っ暗。宿泊所の玄関先の灯りに虫が集まってきてて、カブトムシや
オケラ、コウロギなんかもいた。虫の嫌いな人はダメかも。部屋は10畳位の和室で、空いているため貸し切り状態。
遊ぶ所も無いのでその日は早めに床に着く。

  

 9月2日(土)。 朝から受付をするために大会本部のある「アミューズメント佐渡」へ。
さすがにすごい人で溢れていた。受付を終え、夕方の競技説明会までに時間があるのでコースの下見ツアーに
参加する。これは選手を対象に小佐渡(Bタイプのバイクコース105キロ)を一周する無料のバスツアーだ。
当然、一度はコースを見ておかねばと、バスに乗り込み出発した。

これが恐怖のバスツアーになるとも知らずに・・・・。

  

 アューズメント佐渡から両津港へ向かってバスで40分程走る。フラットな道が続き、海岸線に出て景色が広がる。
美しい海岸線が続いている。だが、しばらく走るとバスのエンジン音が変わってくる。坂道が始まっている・・・。
えっ?こんなに急な坂なの?

事前に佐渡経験者の友人の濱田氏から、バイクコースのキツイ所は後半80キロぐらいにある心臓破りの「小木の坂」
と聞いていた。まだ前半なんスけど・・・(・_・;)

登りの斜度自体は登れない程ではなく、このぐらいなら登りきれるだろう。しかし、距離が長い。1キロ以上ある。
それが下りを間に挟んで二つ、三つと連続している。うむむむむ・・・ここを明日走るのか〜。
何とかいけるかな〜。汗がタラタラ。

しばらくしてフラットな海岸線になり、お弁当タイム。灯台とかでみんなで記念撮影。そしてまた、バスにてコース後半
に向かう。添乗員さんが、「これから向かうのが難所の小木の坂です。」と言っていたが、地図で見るとまだまだ先だ。
お腹が一杯になってポカポカしてきたので、不覚にも20分ほど寝てしまった。「はっ」と目が覚めると、添乗員さんが
「もうすぐ小木の坂ですよ〜。」と言っている。「良かった〜。寝てたらシャレならん!」と気合を入れる。

「はい。ここを曲がると小木の坂です。」というアナウンスがあり、バスが右折をした。次の瞬間に視界に広がる上り坂。
急坂。今まで自分がバイクで登ったことのない斜度だ。その斜度が延々と続く。右に左にとカーブして行くが坂道は続く。
「ちょっと・・・ここはヤバイな。」というのが感想で、ここを登れるかどうかはやってみないとわからなかった。小木の坂の
全長は2キロだという。

濱田氏にダマされた・・・。事前の彼の情報では、300mと言っていたのに・・・。ヤツを信じた自分がバカだった。
小木の坂を過ぎてからもキツイ坂が何箇所かあった。まだ登ってもないのにすごく疲れた。

  

 バスツアーから帰り、競技説明会が終わるともう夕方だ。現地の人においしいパスタ料理のお店に連れて行って
もらい、カーボローディング。なんか最後の晩餐の気分(ーー;)

それから宿に戻り、ウェアの準備をして明日は午前4時起きなので寝る前にビールでカーボローディングして(半分ヤケ酒)
早目に就寝。人間、開き直りも必要なのよ。

どんだけ坂がキツかろうと、オレも今まで遊んできたわけじゃない。流した汗の量は、誰にも負けてない自信はある。
明日はイケるとこまで行こう。

そして、佐渡島の夜は更けていくのであった・・・。                           
 
                             

  

 トライアスロンの朝は早い。3時半に起きて朝食を食べて、5時には会場へ着いて準備を始める。
5時半から最終登録、その後トランジットで荷物のチェックをしてスタートの時を待つ。6時に、まずロングのAタイプ
約600人がスタート。続いて6時45分に、トップ選手達の日本選手権約20人がスタート。そして、Bタイプと
リレータイプの約700人が7時のスタートとなる。大会の規模・人数においても、佐渡は国内トップのメジャー大会だ。

Aタイプがスタート。そしてエリート達がスタート。さあいよいよBタイプだ。
「ムッフッフ。いよいよメジャーデビューや!」などと一人でニヤニヤしながら、ウエットを着てスイムスタートラインへ。

この時はマジで、ゴールした時にはどんなポーズにしようかと考えていた。

  

 午前7時、スイムスタート。この海岸は遠浅で、泳げる深さまで水の中を歩いて行かねばならない。
ケンケンで行くと体力を消耗するので、ある程度の深さまで這って行く。かなり出遅れた。長丁場なので自分の
ペースを守ることに徹する。さすがに人数が多いのでバトルが起こる。700m地点の第一ブイまで来ても集団が
崩れず、この辺でもバトル。

波も無く、泳ぎやすいコンディションだったが、調子はイマイチか。スイムはあまり練習してなかったからなぁ(・_・;)
スイムの予想タイムから8分遅れの48分代でゴール。なんじゃこりゃ、遅い!スイム練習をサボったのを少し後悔。
クラッチを受け取り、トランジットへ。ウエットを脱いでバイクの準備をする。

  

 さあ問題のバイクだ。バイクの保管位置から乗車位置までの50mほどは、またがってはいけないのでケンケンで
押して行く。ここも片足で歩きにくいバイクシューズだと疲れるなぁ。今後の課題の一つにしとこう。

バイクスタートして20キロぐらいは、ほぼフラットな市街地コース。この辺はまだまだ元気だが、早速トラブルが発生。
バイクのメーターが突然動かなくなった。速度と距離が分からなくなるが、止まって直してる時間ももったいないので
そのまま走る事にする。バイクコースは10キロ毎に看板が立っているので、おおよその距離はわかる。
ただ、速度が分からないのは、ペースが掴めないので少し困るかな。

20キロを過ぎ、目の前に美しい海岸線が広がる。ここはまだ景色を観る余裕があった。
これからが佐渡のアップダウンが始まる。目の前には最初の坂が来た。一つ目の坂はギヤに余裕を持ってクリア。
しかし、二つ目以降は秘密兵器の「トリプルギヤ」を早くも使う羽目に。三つ目も何とかクリア。
中盤に入り、少しフラットが続くと思っていたら、「え?」 また坂が・・・(◎o◎)!そこは、前日の下見バスツアー
の時に寝てしまった所だった。

  

 しまったー!!これは想定外。結局中盤にも三つほどの登りがあり、足は消耗していった。そして、第2のトラブルの
腰痛≠ェ起こり始める。

以前から、バイクで長距離を走ると腰痛が起きていた。片足だと左右の筋肉のつき方がどうしても違ってくる。
私の場合、左足を切断しているので右より左の方が筋力が弱く、長時間右足だけでペダルを漕いでいると、腰の左の
方にだるい痛みが起こり低い姿勢をとるのが辛くなる。
インナーマッスルの強化とバイク通勤で、50〜60キロは大丈夫と思っていたが、登りが多かったせいか30キロ付近で
早くも腰が痛み出した。この辺りからは坂道と腰痛との闘いだった。

こうなってしまうと、もうDHバーを掴んだ低いポジションができない。

  

 日が少しづつ高くなり、気温も上がってきた。汗が流れ落ちる中、リタイヤという悪魔のささやき≠熾キこえてくる。
最後まで完走できなくても、せめてバイクは最後までやりたいと思った。そうでないと、今までの苦しい練習がムダに
なるような気がした。

私の場合、トライアスロンの最中に、なりよりもパワーになるのは今までの練習。「こんだけやってきたんだ!!」という
強い想いが身体を動かしてくれる。

それと今回、もうひとつパワーの源になったのは、島民の皆さんの声援がある。ほとんどがお年寄り、それもおばあ
ちゃんが多かったように思う。炎天下の中、バケツやら一斗缶みたいなものをガンガン叩いて一生懸命応援してくれて
いた。この黄色い声援?が、バイクを最後まで走り通すチカラになったのは間違いないだろう。本当に島を挙げて選手
を歓迎してくれているのが伝わってくる。

佐渡の南側の海岸線はまさしく「田舎の海沿い」って雰囲気で、民家がちらほらあるだけでのどかな風景が広がって
いる。途中でバイクを停めて、泳ぎたくなるようなキレイな海がそこにはあった。
「こんなキレイな海があんのに、なんでこんなにしんどい事してんねやろ?」と、何度も思いながら距離を重ねていく。
だんだん腰の痛みがひどくなってきた。

  

 終盤に入り、76キロ地点で最大の難所の小木の坂が待っている。坂の直前の「小木エイド・ステーション」で
休憩を取り、栄養補給と腰のストレッチをする。バイクにまたがってるだけで腰に激痛が起こり、足はすでに消耗して
いる。この坂を上がれなかったら・・・バイクをケンケンで押して上がる体力はもう無い。
「ここまできて途中でリタイヤなんてできるか!!」 と気合を入れて出発する。

交差点を曲がると長い坂道が見えてきた。坂に入ってギヤを軽くしていくが、どんどんペダルが重たくなる。
そして、ついに最後のサードギアまで使うがおっつかない。もうこれ以上ギヤは無く、あとはチカラの限りペダルを
踏むだけ。立ち漕ぎができれば、体重を使えるので足の負担は少ないのだが、片足で漕ぐ欠点はこの立ち漕ぎが
できない事だ。いくら運動神経が良くても、こればかりは物理的にどうしようもない。

登っても登っても坂は終わらない。足に乳酸が溜まって動かなくなってきた。もう今にも止まりそうなスピードに
なっている。心臓が破裂しそうだ。

  

 目がかすんできて、限界が近づいてきた。「ヤバイ、このままじゃ転倒する。」と思い、左手でガードレールを掴んだ。
少しこのままで呼吸を整える。「ハアッ、ハアッ・・・。」・・・30秒ほど休んだだろうか。

再び漕ぎ始めようと、手を離しペダルを踏もうとした瞬間。「!!」・・・進まない、足にチカラが入らず健足側にスロー
モーションのように倒れた。とっさにビンディングを外して足を着く元気も無かった。
止まっている状態でコケたのでケガなどは無く、反対に気合が入って目が覚めた。「何やってんだ俺は!」
立ちゴケとはいえ、バイクでの記念すべき初転倒になった。

そこから200mほど登った所が、坂の頂上だった。「やった、登りきった・・・。」

  

 坂道は登った分だけ下る。普通は下りでもペダリングしてスピードを稼ぐのだが、もう足はパンパンで下りは
漕がずに足を休ませ、次の登りに備える。

それ以降、三つほど登りがあったと思うが、あまり覚えていない。後は、ゴールまでのフラットな道なのだがなんと
逆風で向かい風。もうこの辺りで、制限タイムにはまだ余裕があるものの、自分の予想より2時間遅れていた。
ここからラストまでがすごく長く感じた。そしてようやくバイクゴールを迎える。

  

 ゴールをしてランの準備をしている時に、冷静に分析している自分がいた。今の自分の身体の状態、今からの
ラン20キロの身体のダメージ、走った後の事。時間はまだまだあるが、このままランをしたら、膝か肩を故障する
可能性が高かった。

佐渡は今年だけじゃない。そう思って棄権を選択する事にした。明らかに今のままでは完走するにはチカラ不足だ。
自分で決断し、マーシャル(審判)に棄権を告げた。

スタートから7時間24分後の午後2時27分 バイク終了後リタイヤ。これが今回の自分の佐渡トライアスロンの結果だ。

  

 宿への帰り際に、有名な下腿切断のトライアスリートの前田さんとお話することができた。前田さんはすでにランも
無事に終えて、帰るところだった。

「残念だったね。でも、この佐渡のバイクコースを走れたなら、どこの大会でも行けるよ。」と言って頂いたのが唯一の
なぐさめだった。

それにしても、佐渡の坂道は長くてしんどかった・・・。

今後は、腰痛対策としてバイクのポジションの見直しと、徹底的な腰周りのインナーマッスルのさらなる強化が課題と
いえそう。登り対策は必須かな。


しばらくは何も考えずにゆっくりしたい・・・と、宿の隣の温泉に浸かっていたのだが・・・。
帰ってしばらくして、悔しくて涙が出たのをカミングアウトします。