小さな音を立てながら、はJヴィレッジの廊下を歩いていた。ミーティングルームへと続くこの廊下の窓から見えるコートに視線をやれば、綺麗に管理された芝が映る。以前ここに来たときも、ここの芝は選手たちに好評だったな とは思い返した。今回 東京都選抜の合宿が行われるJヴィレッジに来たのは、少し久しぶりだった。最近、合宿などには参加していないからだ。合宿に入ってしまうと自分がついている選手たちにも影響があるためにいろいろな誘いを遠慮しているというのに、中学生の合宿に来ちゃったな とは小さく苦笑する。けれどまぁ、3日だけだ。この3日で若い子たちのパワーでも貰って返りますか と、は年寄りめいたことを思いながらミーティングルームのドアを開けた。そうすれば集まってきた、今回一緒に仕事をするスタッフたちの視線に、は おはようございます と挨拶をする。 「おはようございます、トレーナー」 「おはようございます」 口々に返される言葉に会釈をしながら、はスタッフが座っているテーブルへと足を進め、荷物を降ろして空いている椅子に腰をかける。そうすれば、隣に座っている知り合いのスタッフが 久しぶりですね と声をかけてきたのに、ご無沙汰してます とが返した。そこから会話は広がって、同じテーブルに座る面々との話が膨らむ。少し前に行われた説明会でも顔会わせはしてあるし、元々は都内でも指折りのトレーナーであるから、少なからずネットワークはあった。仕事の話から世間話まで、他愛ない話を交わしていれば、正面にある時計が告げた時間に、その声は自然とおさまる。それを見計らって、尾花沢が椅子から立ち上がり、設置されているホワイトボードの前に立った。 「おはようございます」 尾花沢の挨拶に、椅子に座っている各スタッフから挨拶が返される。それを受けて、尾花沢は今回の合宿の大まかな予定の説明を始めた。前回の顔合わせで細かい話もされているため、再度確認というレベルのそれを終わらせれば、それでは西園寺君、という声とともに玲が立ち上がった。そうして、手に持ったプリントを各テーブルごとに配っていく。 「この合宿の部屋割りになります。皆さんの部屋もこちらに書いてあるので、ご参照ください」 も回ってきたプリントを受け取り隣へと手渡す。その中身へと目を通してみれば、玲の言葉通り、選手とスタッフの名前が部屋割りの中に明記されていた。基本的に選手は4人部屋、スタッフは1人部屋である。自分の名前を確認すれば、以前にも何度かこのヴィレッジで合宿をしたことがあるには覚えのある部屋で、あぁあそこか、と内心で頷いた。と同様に、それぞれのスタッフが自分の部屋位置を確認し終わったころを見計らって、それでは、と尾花沢が口を開く。 「今日から3日間、よろしくお願いします」 よろしくお願いします、とそれぞれが返してから、各々が自分の荷物を持って立ち上がる。選手の集合は7時半、ミーティングは8時から。先ほども伝えられたその時間の前に、スタッフは各自自分の部屋で荷物の整理をし、選手を迎える仕度をしなければならない。7時を少し過ぎた時刻を示す手元の時計へと目をやりながら、も隣のスタッフとともに立ち上がった。 「」 かけられた声に、は振り向いた。とはいえ、振り向かなくても誰かなんてことはわかっている。この合宿のスタッフに女性は1人しかいないし、そうでなくとも彼女の声を聞き間違えるということはない。他のスタッフと同様にジャージ姿のの後姿を見て彼女が声をかけてきたのも同じ理由からだろう。きちんと視界に入った玲の姿に、おはよう、とが笑いかければ、玲も笑ってそれに答え、の隣に並んだ。 「今日も暑くなりそうだね」 「本当ね。あんまり日差しが強くならないといいけど」 「そうだね・・あぁ玲、ちゃんと帽子はかぶっておきなよ?」 朝の早い時間から既に感じられる今日の天気に、が玲にそう声をかける。直射日光を受け続けることは体にも負担になるし、玲が女性だということもあるのだろう。そんなの言葉に、玲がくすくすと笑いながら頷いた。心配性ね、なんて言いながらも、ありがとうと微笑む玲に、どういたしまして、とも笑う。そんなうちにもたどり着いたミーティングルームのドアをが開けて玲を先に部屋の中へと案内すれば、廊下の窓からはちらりと選手だろう人影が見えた。中学生か、と思わず懐かしい気持ちで笑みを零しながら自分の部屋の中に入ってドアを閉めてから、それじゃあ、とが玲に声をかける。 「がんばりましょう、西園寺コーチ」 「えぇ、よろしく、トレーナー」 この合宿での役割を確認し合えば、お互いににこりと笑ってそれぞれの席へと向かう。こうして、都選抜の合宿が始まろうとしていた。 |