「ねぇ、お母さん。変じゃない?」
「変じゃないわよ。もう、何度言わせるの」

有希が再度聞いた言葉に、有希の母は笑って返す。心配そうに鏡に映る有希が着ていたのは、水色に淡いピンクが入った暖色系の浴衣。今日は、夏祭りの日、だった。

「なんだ?有希。浴衣なんか着て」

ちょうど家に帰ってきていた兄の明希人が物珍しそうに有希を見る。その視線に少し拗ねたように眉を寄せながら、有希は明希人を見上げた。そんな兄妹の様子を見ながら、母は今日は夏祭りでしょ、と笑う。

「そりゃ知ってるけど、お前夏祭りに浴衣なんて着てたっけ?」
「・・・・・別にいいでしょ」

有希がぷいとそっぽを向いて言う。兄には、まだ彼氏がいるということは言っていなかった。寧ろこの兄は、自分はサッカー一筋で恋になんて興味がないと、そう思っているのではないだろうか。充分有り得るその推測に、有希は隠れて笑った。

「ちゃんと似合ってるわよねぇ、明希人」
「・・・まぁ、見られないってことはないだろ」

母の問いかけに、明希人は有希の浴衣姿を上から下までじっくりと見てから、そう結論付けた。その言葉に多少ムカっとしながらも、貶されたわけではないことに有希は少しの安堵感を覚える。
と、ふいにインターホンが鳴った。ピンポーン、という高くもなく低くもなく、けれども響いた音に、有希はやっと落ち着いていた気持ちがまたあわただしくなるのを感じる。

あぁ、彼が来た。

「ん?誰だ?」
「お、お兄ちゃん!私が行くから!」

そのインターホンを受けて玄関に行こうとした明希人を押しのけて、有希が慌てて部屋を出る。それを不思議そうに見る明希人の後ろから、母が巾着忘れてるわよ、と声をかければ、有希は思い出したように巾着を取って、改めて玄関へと向かう。

「・・・母さん、あいつ待ち合わせでもしてんの?」
「えぇ、そうみたいよ」

母が笑って返した言葉にふーんと頷きながら、明希人は玄関に意識を向ける。

「ごめん、遅くなって」
「いや、・・・・浴衣、着たの?」

すまなそうに謝る妹、有希の声と(こんなしおらしい声、久々に聞いた気がする)、驚いたように言う高くはない、たぶん男の声。(聞いたことない声だな。・・・・って、男?)

「・・・・・・えぇ!?オイ、ゆ      

明希人が言葉を紡ぎきる前に、玄関がバタンと閉められる。それはまるで、図ったかのように。有希のことだ、きっと図ってやったのだろうと理解してから、それらのことを全て頭の中でなんとか整理すること数分。明希人は、やっとのことで引き攣った口を開いた。

「・・・・母さん、もしかして待ち合わせの相手って・・・・」
「有希の彼氏くんよ。くんっていって、感じのいい子よー」

微笑ましそうに、何故かとても嬉しそうに笑う母の姿に、明希人はまたも頭の中で考えをめぐらせる。もう母さんとは知り合いなのか、いやもしかして父さんとも?っていうかもしかしてコレ知らなかったのは俺だけとかそういうこと?



「うん、着てみたんだけど、えぇと・・・・」
「・・よく似合ってるよ。すごく可愛い。」

玄関を3歩でた先では、の照れたような笑顔つきで言われた言葉に、有希が顔を赤く染める。そんな有希に笑いかけて、危ないから、と手を引いて、2人は下駄を履いた有希の歩幅に合わせてお祭り会場へと歩き出す。

そして明希人は、とりあえず今度会ってみなくては、と思うのだった。(俺は簡単には認めないからな!)