log 2009
温めてあげる ヘタリア ギリシャ / 女主人公夜もふけたころ。国際会議の間滞在しているこの国のこのホテルはとても綺麗で、廊下には常に灯りがともっている。けれどもさすがに外となれば、漏れる光はあるものの周囲は暗く、澄んだ空気に星がよく見える。なんだか眠れずに部屋を出、庭へと足を進めれば、彼女の国で見るものとは違う星の位置にどうやら時間を忘れてしまったらしい彼女は、後ろにやってきた人影に気がつかなかった。
「・・・居た、」
「っきゃ!?」
突然聞こえた声と何かの感触に、彼女は驚きから思わず声を漏らす。暗闇の中だったためにさらに増したのだろう驚きは、けれど落ち着きとともにそれらがわかってくれば治まってくる。再びしんとした空間に続いたのは、大きな体とゆっくりとした話し方を持つ彼の、驚かせた?という声。
「・・驚きました・・どうしたんですか、ギリシャさん」
「ん・・部屋に行ったらいなかったから」
がっしりとした大きな彼の体に、すっぽりと隠されてしまう彼女の体。その近い距離で、探してくれたんですか?と幾分小さな声で彼女が微笑めば、ん、と彼は返事代わりのように腕の力を強めた。
「眠れなくて、星を見ていたんです」
「星・・?」
「はい、私の国とは見え方も違って、おもしろくて」
「・・それなら、今度俺の国にきたらいい・・」
ギリシャの言葉に顔を上げれば、大きい身長差のせいだろう、後ろから抱きしめられているというのに彼のふわふわとした髪の毛が彼女の視界に入る。けれど、ぐ、と顎で頭の天辺を押されるような感覚に、彼女は彼の顔を見るのを諦めて前で交差されている彼の腕へと触れた。
「星がよく見える場所もあるし・・星にまつわる話もたくさんある」
彼のゆっくりとした話し方に、彼女の心が解れていく。もしかしたら眠れなかった原因には、この難しい会議のストレスもあったのかもしれない。緩んでいく気持ちのままに、彼女はゆっくりと頷いた。神話も多く残る、そういう意味では本場と称するにあたるだろう彼の国の星空を純粋に楽しみに思って彼女が微笑めば、彼も口元を緩める。近い距離の中でお互いにそれが伝われば、だから、とギリシャが口を開いた。
「部屋にもどろう・・体、冷えてる」
「あ・・ごめんなさい、冷たいですか?」
「ん・・・でも大丈夫、温めてあげるから」
「・・ギリシャさん、」
体も大きい男の人なのにどこか可愛らしさを感じさせる彼は、けれどもやっぱり男の人で、ましてや世界一位なんて称号を貰っている人。彼のそんな言葉に彼女が咎めるように彼の名前を呼べば、冗談・・と少し笑って、彼女を抱きしめていた腕を外す。そうすれば彼が防いでいてくれた空気が直接触れて、彼女は小さく震えた。確かに冷えているようだと認識するのと同じくして、彼女の手を彼の手がひく。ありがとうございます、と彼女が笑えば、じっと彼女の顔を見たギリシャはぽつりと呟いた。
「・・やっぱり、冗談じゃない・・かも。」
ギリシャさんがすきです、あの体の大きさ、性格、たまらないです。
もしもの話 Harry Potter ジェームズ・シリウス / 「Cardamine」主人公
積もっていた雪は溶け出し、麗らかな日差しは春が近いことを告げている。この国では、そしてこの学校では春がひとつの区切りとなることはないけれど、それでも春は温かいものの到来を告げる、待ちわびるに相応しいものだった。春の兆しが見え始めれば、このホグワーツの生徒たちも外へと出る頻度が増す。それは悪戯仕掛人と呼ばれる彼らにとっても同じであった。そして彼らは、一般の生徒たちよりも奥深く ―― 教授にしてみれば厄介なほどにホグワーツを知っていた。現に今、ジェームズとシリウスがいる場所も、多くの生徒は知らないだろうスポットである。ふらふら歩く目的は散歩というよりも悪戯の立案で、ジェームズがふらりと視線を周囲にやったのも特に意味はなかった。けれど、その先で何かを見つけたジェームズは声を零すとともに走りだす。
「おい、どうしたジェームズ!」
「なにかいる!」
その行動に驚いたシリウスの声に足を止めないまま返せば、シリウスもジェームズに続くように走りだした。そうして近くなれば見えてくるジェームズが見つけたその姿は ―― 一人の少女、だった。ホグワーツの制服を着た、地面に横たわる少女。眠っているという様子ではないし、ここが眠るような場所ではないことからしても、倒れているという表現が当てはまるような少女に、速度を緩めて近寄れば、見えてくる容姿にジェームズがわお、と声を漏らした。
「・・綺麗な子だな・・・でもおかしいな、見たことがない」
「噂も聞いたことがないしな」
顔にかかった黒髪をどければ、はっきりとした目鼻立ちを持つ彼女の顔が見える。おそらく同年代だろうその少女を、けれど2人とも見たことも聞いたこともなかった。ローブの隙間から見えるネクタイが示すスリザリンという所属寮にシリウスが眉を寄せているうちにも、まじまじと彼女の顔をみたジェームズはシリウスへと視線を送る。
「この子、君に似ていないかい?」
「・・・・・・・」
疑問というよりも感想に近いジェームズの言葉に、シリウスは言葉を返さない。それは彼も思ったことであるからで、けれどそれならば増して彼女が誰かわからなかった。彼と彼の弟はよく似ているけれど、もちろん彼に女兄弟は居ないし、親戚でも時期ブラック家の当主であるシリウスとあったことがない者はそういないだろう。この容姿ならなおさらだ。そんなシリウスの思考を読み取ったのか、ジェームズは再度少女へと視線を向けた。見たところ呼吸はあるし異常はなさそうだが、幾らなんでも知らないふりは出来ないだろう。
「なんにしても、放ってはおけないか。医務室につれていけばいいかな」
「そうだな・・、ああ、待った、ジェームズ」
ジェームズの言葉に同意したシリウスが、けれどジェームズに声をかける。彼女を抱き上げようとしていたジェームズがなんだい?とシリウスを見れば、シリウスは少し考えるような間をおいてから、彼女との距離をつめた。
「・・俺が連れていく」
その言葉とともに、シリウスが彼女を抱き上げる。その拍子にふわりと彼女の髪が舞えば、その髪は色も質もシリウスとよく似ているようだった。近くなったシリウスと彼女の顔に、やっぱり似ているな、と思う一方で、ジェームズは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「珍しいこともあるものだね」
「うるせーな!」
確かにジェームズの言うとおり、わざわざ彼を止めてまでシリウスが彼女を抱き上げる必要はなかったわけだし、普段ならばそんなことはしないだろう。シリウス自身もそれはよくわかっているからこそ、口調は乱暴なものになる。はいはい、と慣れたように答えて行こうか、と足を進めたジェームズと同様に歩を進ませながら、シリウスは腕の中の少女へと目をやった。会ったことはないはずの彼女に感じるこの気持ちは、一体なんなのだろうか、と。
やっぱりやってみたくなるネタ、続きません
その手をとれたら、 メイちゃんの執事(ドラマ) 理人 / 女主人公
「こちらにいらしたのですか」
後ろからかかった声に、噴水のあるその庭に立っていた少女が振り返った。その動きに合わせて柔らかそうな髪がふわりと揺れ、太陽の光を反射させる。そうして、少し驚いたような顔をしてから、お久しぶりね、と微笑んだ彼女は、理人がかつて、よく知っていた彼女とは少し違っていた。
「何か御用?」
「いえ・・お姿が見えなかったものですから」
「あら、心配をかけたかしら。ごめんなさい、何でもないのよ」
ただ、このお庭は気に入っているから。そういって困ったふうに笑ってみせた彼女に、知っています、と理人は内心で呟く。初めてこの屋敷に来たときに、理人、ねえ理人、とっても綺麗なお庭ね と笑っていた彼女は、もう数年前の記憶だ。けれど彼女の嗜好は変わっていなかったらしい。そのことに、どこかで感じた安堵と喜びに蓋をして、理人は恭しく頭を下げる。
「ご無沙汰しております。大変ご立派になられて」
「ありがとう。きっと貴方のおかげね」
「勿体無いお言葉です」
理人の言葉のとおり、かつてはあどけなさの残っていた少女は、淑女というに相応しい女性になっていた。仕えていたころにも見えていたその素質は、この数年でさらに磨かれたのだろう、誰かの元で。それに対して自分が文句など言えるはずがないことを、理人は何年も前から知っていた。それでも、ちらりと耳に入った彼女がいないという言葉だけで、自分は屋敷を出、ここまで来てしまうのだ ―― 本来いるべき人の傍を離れてまでも。
「もう暫くしたら私も戻りますから、貴方もお戻りになって」
「でしたら屋敷まで御送りいたします」
「・・・いいえ、」
理人の言葉に、彼女は少し間を開けてから小さく言葉を紡いだ。小さく表情を変えた理人に、彼女はあの頃には見せなかった笑みを浮かべる。それは年月が過ぎた証であり、2人が離れてしまったことの紛れもない証だった。
「メイさんがお待ちでしょう?」
「・・・・、・・お心遣い、ありがとうございます」
彼女の言葉を否定することは理人には出来ない。彼女にこれ以上の言葉を向けることもまた、理人には出来ない。そんな理人を十分知っていて紡いだ言葉は彼女の心をぎしりと締め付けるけれど、それでもこの言葉が今の自分たちの距離を明確に示していることも彼女は理解していた。視線をもう一度、庭の噴水へと向けた彼女の名前を、理人が紡ぐ。小さく揺れた肩に、堪えるように理人は目を細めた。
「もう、私の名前を呼んではくださいませんか」
「・・・・」
彼の言葉に、彼女はすぐには口を開かなかった。そうして彼女の視線が、はっきりと理人の視線と絡みあう。そうすれば、彼女はきゅっと唇を結んでから、小さく微笑みを浮かべた。ああ、と理人は思う。その癖は、彼女が泣くのを我慢するときのもの。かつてはその髪を撫でるのは自分の仕事だったのに。けれど、
「ごきげんよう、・・・・理人様」
彼女には涙を流すことなど、今更過ぎて ―― そうして彼は、彼女に触れられる手を持ってはいなかった。
理人がかっこよすぎた
新婚夫婦のある一日のはじまり ホイッスル! 渋沢克朗 / 女主人公
ふ、と瞼が開く。すぐに感じたのは眩しい朝の日の光と、いつもとは少し違う何か。またも閉じていこうとする瞼とまだ上手く働いてくれない頭が少し競り合って、けれど頭の方が先に判断を下すことが出来た今の状態に、彼女はパッと起き上がった。そうすれば、よりはっきりと事実として確認できるこの状況 ―― 彼がいない。それに気づいてしまえば、もう後はベッドを降りて廊下を進み、リビングのドアを開けてキッチンを覗けば、予想通りそこにいる長身の姿に肩を落とすだけである。
「あぁ、おはよう」
よく眠れたか、と爽やかに笑う渋沢は、フライパンを片手にエプロン姿。そうして、もうすぐ出来上がろうかというおいしそうな朝食。こんな場面に出くわすのは初めてのことではない。むしろ、彼と彼女が共同生活を始め、夫婦という関係になった今でも、一週間に1回は見るような光景である。そうしてその度、彼女が情けない声を零しながら自己嫌悪をするのだ。
「ご、ごめん・・また・・」
「気にするな。それに、お前だけに家事を任せるのも悪いからな」
付き合いの長さ上、彼女が朝にとことん弱いことを知りえている渋沢は、学生のころから変わらない穏やかさでそう笑う。そもそもプロサッカー選手というのは、平均に比べて縛られる時間も少なく、まして渋沢の場合は料理は趣味の一つであるから、その言葉通り、苦には思っていないのだろうことは彼女もわかっている。けれど夫が出来る夫であり、いい夫であればあるほど、妻として情けなくなってしまうのは何故だろう。そうやって目に見えて沈んでしまった妻の頭を撫でるのは、夫婦という関係になる以前からの癖である。
「顔を洗っておいで。もうできるから、朝食にしよう」
うん、と頷きはすれども、昨日遠征から帰ってきたばかりの彼よりも遅く起きるなんて とどうにも立ち直れない彼女に苦笑を零して、渋沢は鶴の一声を発する。
「その代わり、夜はリクエストをしていいか?」
その言葉にパッと顔を上げ、朝食の分まで夕食は気合を入れて作ろうという決心をしたのだろう、何食べたいか考えておいてね、と気も早く意気揚々と洗面台に向かった妻に、渋沢は微笑ましそうな笑みを浮かべて、さて、とコンロの火を止めた。
いい旦那さんでありお父さんになる人No.1だと思う
ある休み時間のお話 黒子のバスケ 黒子 / 女主人公
「ねー火神、黒子くんて素敵だよね」
「はぁ?」
突然の隣からの言葉に、火神は発した声と見事にマッチングする表情で顔を隣に向けた。学校の廊下、週番の雑用としての教材運び。明らかな体格の違いから持っている量は大分違うけれど、同じく教材を抱えて火神の隣を歩く、彼にそんな反応を返させたクラスメイトが、こちらもまた、え?というような顔で大分上にある火神の顔を見やる。
「かっこいいじゃん、あのかわいい顔に実は男前な性格!きゅんってする!」
「・・・・あーそう」
どこぞの乙女よろしく、ぱぁっとした顔でそう言う彼女を前に、火神は半ばスルーに近い言葉を返す。そうしてざわつく昼休みの教室の扉を足で開きながら、しかしこいつはどうしてあんだけ存在感の薄い黒子にそんなコメントを、と思った火神はすぐにその理由に思い当たる。そうか、この前試合を観にきたからか。
「どうやったらお友達になれるかなー」
「知らん」
「いや、ちょっとくらい考えようよ」
運んできた教材を教卓の上にドン、とおけば、やはり持っていた教材の重さの差は明らかで、彼女からの礼に、おー、と返しながら自分たちの席へと足を向ける。このように彼等が話すようになったのは、やはり席が前後だというような環境も大きいだろう。その大きな体を椅子に預けたのならば、呆れたような顔で火神が口を開く。
「普通に話しかけりゃいいじゃねーか」
「そうだけどー・・なんか普段のノリじゃ黒子くんに引かれちゃうかなーって」
「たしかにテンション下げていかねーとドン引きされっかもな」
「・・やっぱり!?」
「だいたいお前、黙ってりゃそれなりに・・」
「そんなことないですよ」
可愛いっつー部類なんだからよ、と火神が笑うより早く、彼女の後ろの席の火神の後ろから声が届く。しばらく流れた沈黙の後で、2人がバッと視線を向ければ、火神の後ろの席では話題に上がっていたまさにその人である黒子が座ってこちらへ視線を向けていた。がたん、と動揺した彼女の椅子が机とぶつかって音を立てる。
「く、黒子く・・!?」
「おまっいつから」
「最初からいましたけど・・」
動揺する2人とは対照的に、いつもと変わらない様子で返す黒子に、状況が呑み込めてきた彼女は、後悔やら羞恥やらなんやらで手で顔を覆う。ああああなんでほんともうしにたい、と聞こえてきた声に、火神が いや待て落ち着け、と彼女に声をかけた。そうして、オイ黒子!と彼にしてみれば理不尽な視線を向けられた黒子が、いえ、だって と少し困ったような表情を浮かべて口を開く。
「彼女は普段のままで可愛いです」
その言葉に、少し前と同じように2人の間に沈黙が流れる。そうして、へ、と顔を上げた彼女と、可愛いですよ、と表情を緩める黒子の間の席で、何こいつら!なんなのオレ!と火神は内心で頭を抱えた。
黒子くんかっこいいよ黒子くん
後輩以上を目指しています。 ホイッスル! 三上 / 女主人公
「とりあえず生2つ。でいいよな?」
「はーい」
お先にお飲み物お伺いしてよろしいですか、という店員のお決まりの文句への三上の言葉に、彼女は明るい声で答えた。その声を受け取って、店員はその座席から下がっていく。大学の先輩後輩であるこの2人がこうして2人で飲みに来た理由はといえば、何のことはない、流れである。ただ、その流れはどちらかと言わずとも彼女が作ったものであるけれど。そうこうしているうちにやってきた生ビールを手に乾杯をすれば、居酒屋特有の雰囲気とアルコールによって沈黙に恐怖するということはない。
「本当すごいですよねー、ヴェルディの藤代選手とかとチームメイトって」
「元だろ元。もう何年も前だっつの」
「えー、今度紹介してくださいよー」
「やめとけ、あいつはサッカー抜いたら単なる馬鹿だ」
ぽんぽんと進んでいく会話、テーブルに届けられる料理、増えていくアルコール。それらがつくりだすのはプラスの雰囲気だけで、彼女はそっと安堵の息を吐く。なんと言ってもこの先輩はモテるのだ。まあそれは当たり前だろうという冷静な判断をする自分とは裏腹に、この飲み会に至るまでの経緯を思い返せば自分として顔を覆いたいような部分もあるのだけれど、救いなのは彼にその一部始終が知られているわけではないということだろう。そんなことを思いながら箸を進めていけば、回ったアルコールは思考も口も軽くする。例えば「変なこと」を聞いたところで、酔っていて覚えていませんが使えるのがこういった席の強みであろう。そんな強かな考えを持ちながら、彼女は口を開いた。
「三上さんはー、モテますよねー」
「はあ?なんだ急に」
「いやいやモテるじゃないですかー、よく女の子と飲みとか来るんですかー?」
「来ねぇよ、つーか言うほどでもねぇよ」
お前酔ってきてんだろ、という三上の言葉をぼんやりと聞きながら、彼女の耳に残ったのは言うほどでもない、なんていう謙遜 ―― なのかはわからないけれど ―― よりも、はっきりと言われた来ないという言葉だった。それはまさかという逸る気持ちとどこかに生まれた期待を隠すようにして、より口から零れるのは間延びした声。
「えー?来てるじゃないですかー、いまーここにーわたしとー」
「そりゃお前だからだろうが、つーかお前ほんと酔ってんだろ、ちょっと飲むの止めろ」
そう言って通りかかった店員に御冷を頼む三上を前に、彼女は考えていた。それはどういうアレだろう、期待してもいいのだろうか、一応特別ってことでいいのだろうか、というか、え?畳み掛けたほうがいいとかそういうところ?ぐるぐると回る思想は、先ほどとは反対にアルコールが邪魔をして上手く働かない。手渡された水を体内に補給したところで、目に見えて酔いが冷めるなんてことはない。それでも頭は、ともかく次の約束を取り付けておくべきだという合理的な思考をはじき出すほどには復活したらしい。
「じゃあ、三上さん」
「あ?」
「またわたしから誘っても一緒に来てくれるんですかー?」
先ほどまでの会話の流れから言っても、増してこの聞き方では、否定はされないだろう。だがそれでも一抹の不安が過ぎるというのが、 ――― 恋する乙女というものである。そんな彼女の視線の先で、彼はその黒髪に橙の照明の光を反射させて、何を今更、というような表情で笑った。
「今度は俺がいい店探しといてやるよ」
ああこれは反則だ、これでモテないわけがない、全くもってけしからん、なんて思考が占める頭と、無意識に変わってしまった頬の色を隠すように、彼女は手元にあったジョッキを手にとった。そうして口に含んだそれがアルコールだったことに彼女が気づくのは、だから飲むなっつってんだろーが!と三上がそのジョッキを奪うそのときである。
大学生の三上はやばいと思う。一応誕生日プレゼント。
月夜の盃 ぬらりひょんの孫 リクオ(夜) / 女主人公
奴良家は、古い日本家屋である。その敷地に広がる庭の中、その中でも見事な一本の枝垂桜。杯を片手にその枝に座るのは、この家の現当主の孫であり ―― 夜の姿の、リクオである。そうして、そこに近づく着物姿の女が一人。その女は、枝垂桜の近くで足を止めた。
「リクオさま」
夜の静けさの中で綺麗に通ったその声に、リクオは視線を下げ、その女を視界へと入れた。そうして、おまえか、と口元を上げる。そんなリクオに、この奴良の本家に属する妖怪である女は身に纏う鮮やかな着物で隠された手をわざとらしく口元へやった。
「まあ酷い。夜も更けてから突然わたくしを呼びつけたのは何方様でありましょう?」
「その相手があまりにも遅ぇから一人寂しく飲もうかと思っていたところだよ」
ふっと笑ったリクオに、妖怪も人間も女は身支度に時間がかかるものなのです、と艶やかに笑って女が言う。妖怪と呼ばれる存在も、この家に於いては全く珍しくもない。というよりは、この家にいる純粋な人間はただ一人 ―― リクオの母親だけである。そうして枝の上にいるリクオを見上げる女に、負けたというように肩を竦めてから、リクオは下にいる女へと声を落とす。
「上がってこい」
「まあ。よろしいのですか?」
「ん?」
女の言葉にリクオが聞き返せば、女は ふふ、と笑ったままの顔で、けれど戯れを含まない瞳でこの家の若様であり、主である少年を見上げる。
「そこはリクオさまの特等席で御座いましょう」
その言葉に、リクオは僅かに目を瞠った。そうして、ふう、とわからないようにひとつ息を吐く。この女はいつもそうだ。自分が小さいときから、人間であるリクオに対しても、そして今こうして自分に向かっても、笑っていながら明確な線を引く。それをなくしてやろうと試行錯誤している日々なのだけれど、如何せん生きてきた年月が違う ―― なんて口にしても、彼女は怒りもしないのだろう。先ほどは「女」という言葉を使ったくせに、そんな若様を御守りするのがわたくしたち古株の務めですわ、なんて笑うのだ。それならばまずは、女に年齢の話をするのは無粋というものですわ、なんて ―― 先日リクオが耳にした、首無しと話している彼女が使ったような ―― 言葉を使わせることからだろう。最早長期戦は覚悟の上である。
「だから呼んでるんだよ」
リクオがきっぱりとそう言えば、女は一瞬の間を空けてから、それでは失礼いたします、と笑んで、重力を感じさせないような動作でふわりとリクオの隣へと腰かけた。そうして、お注ぎしますわ、と徳利を手にした女に盃を差し出せば、満ちるにつれて盃に移りこむ月と女の姿に笑みを深くして、リクオはそれに口をつけた。
リクオかっこいい。リクオ。
彼の背中 ヒカルの碁 ヒカル / 女主人公
彼女が腕時計に目をやりながら大学の校舎を出たのは午後3時を回ろうかという時刻であった。この後は5時に待ち合わせがあり、そのために授業が終わった後も友達と少し話していたのだけれど、友人たちにも授業や用事があるとなればあとは一人で過ごすしかないだろう。幸い、一人で時間を潰すことは苦手ではない。カフェにでも入ろうか、ウィンドウショッピングでもしようか、それとも今日彼へ返すために持ってきた詰碁の本でも復習しようか ―― うん、カフェで詰碁にしよう。そんなことを考えながら大学の門をくぐろうとしたとき、視界に入ってきた金と黒の見慣れたコントラストに彼女は足を止めた。
「・・ヒカル?」
疑問符をつけるまでもなく、彼女の視界にいたのはこの後の待ち合わせの相手である進藤ヒカルであった。そんなこと、彼女が今更間違えるわけもない。にも関わらず疑問符をつけたのは、ここにいるとは思っていなかったため。完全に足をとめて彼に視線を向ける彼女に、ヒカルが気づいたように顔をあげ、お、いたいた、と笑った。
「え・・何やってるの?」
「何って・・迎えに来たんだよ。」
何だよその反応は、とムッとしたような呆れたような、そんな表情を作るヒカルに彼女は戸惑う。まさか待ち合わせ時間を間違っていた?いやでも今日ヒカルは対局だったんだからそんなわけ ―― というかもう対局は終わったということだろうか。そんなふうに自問自答する彼女の様子に、ヒカルはあれ?と先ほどの表情を崩した。
「もしかしてお前メールみてない?昼過ぎに送ったんだけど」
「メール・・え、ちょっと待って、」
ヒカルの言葉に、思い当たる節がないこともない ―― というかお昼休みに見たきり携帯電話を開いていないことを思い出して、彼女は急いでバッグの中から携帯電話を取り出す。そうすれば画面には未読メールありのアイコンが浮かんでいて、ボタンを連打すれば出てくるのは目の前にいる彼の名前だった。対局が早く終わったから授業終わるころ迎えに行く、というこのメールを見ていれば、確かにこの状況に驚くことはなかっただろう。むしろ、友人達と話して時間を潰すなんてこともなかっただろう。
「ご、ごめんヒカル!」
そんな自らの過失に、彼女は慌てて口を開いた。着信履歴にも彼の名前が表示されているところを見ると、おそらく待たせてしまったのだろう。せっかく今日はこちらの意向を聞いてもらって、疲れているはずの対局の後に約束してもらったのに ―― そうやってうろたえる彼女を前に、ヒカルは気にしていないとでもいうようにけらりと笑った。
「いーっていーって。俺も電源切ったままにしてることもあるし」
それよかお前が別のとこから帰らなくてよかったぜ、と言うヒカルに、彼女はぱちりと瞬く。昔から彼のことを知っているからだろう。こういうふとしたときに、成長したなあ、なんて思うのだ。それはまるで親の感情のようで、けれどその中には確かにときめきというものも存在する。けれどそれを隠すようにして、ほんとにね、と彼女はヒカルの言葉に返した。携帯が繋がらないことは、ヒカルのほうが格段に多いのは確かである。とはいえそれは棋士であるのだから仕方のないことだし、特に咎めるつもりもない。それは声音にもはっきりしていて、付き合いの長いヒカルもそれをわかってるからこそ、はいはいすいませんね、とわざとらしく返した。そうして、くるり、とヒカルが手にあったキーをまわす。
「じゃ、行こーぜ」
車あっちに止めてあるからさ、というヒカルに頷いて、彼女も足を動かす。一歩前を歩くヒカルの姿に、何年も前、学ランを来ていた彼の背中を重ねて、彼女は小さく笑った。
ヒカルは本当成長したと思う。しかもこの頃にはもう自立しているはず。
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