朝。いつものように目を覚ましたら、いつもよりも遅い時間だった。あれ と思って携帯を見たら、日にちは二回戦の次の日で、あぁ、負けたんだよなぁって思った。そう、負けたんだ。引退したんだ、あたしたちは。・・・そっか。
届かなかった夢の向こう側 あーあ ってため息をつきながら、あたしは図書室に入った。別に来るのが珍しいってわけじゃないけど、少なくとも今までこの時間には来ていなかった場所だ。この時間はいつも、グランドにいた。このくらいだったら、水を作って、今日の出欠席を確認してるころかな。なのになんで図書室とかにいるんだろ。・・って、だから、負けたからだってば。図書室に入って雑誌のコーナーにあった甲子園特集が目に入って、条件反射みたいに泣きそうになったのはついさっきじゃない。 はぁ ともう一回ため息をついたところで、勉強してる一団から離れたところに、見慣れた後ろ姿を見つけた。彼もここにいるのは珍しい、というか、図書室で見るのは初めてだなぁ。そう思いながら、あたしは何をしているでもない準太に声をかけた。 「準太?」 あたしの声に、ちょっと肩を揺らして、準太があたしの名前を呼びながら振り返った。肩を揺らしたのは、怒られるとでも思ったからかな。準太には、利央に対してほど怒ってないと思うんだけどなぁ。 「・・・サン?」 ちょっとびっくりしたみたいな準太は、あれ、って言いながら椅子をずらしてあたしの正面に向きを変えた。たぶん無意識だと思う。準太は女の子と話したりすることは珍しいらしくて、よく友達とかに、話せていいなぁって言われるけど、そりゃマネジだし話せなきゃ困るっていうか、一緒に部活やってんだし・・まぁ、もう、引退したけど、さ。 「うわー、図書室とか似合わないねー」 「・・・サンこそ。何してんスか?」 「ちょっと、資料集めにね」 「資料?」 「そ、受験用のね」 ちょっと忘れてたというのに、ここに来た理由を思い出して、まためんどくさいなぁと思う。今まで部活とかでも、和己とか慎吾とか、あの辺とは予備校の話とかオープンキャンパスをどうするかとか いろいろ話はしてたけど、でもなんだかんだで部活終わんないと無理だね って言ってたのに、もう部活が終わっちゃったから、受験体制に入らなきゃいけない。・・・正直、こんなに早くこうなるとは、思っていなかった。(これだから、負けちゃったのかな?)(・・ちがう、みんながんばったんだ) というかそれよりも、準太がここにいる理由のほうが気になる。だって準太、図書室なんて、来たことあった?(なんて、ホントは、ちょっと、予想はついてる) 「で、準太はなにしてんの?」 「いや・・特に用はないんスけど」 「・・準太、目の下にクマできてる」 「え」 うっすら黒くなったクマを言えば、びっくりしたみたいに、準太がクマを確かめるみたいに手を目の下にやった。素直というか、なんというか。昨日あれだけ動いたのに、寝れなかったの?そう聞いて、あたしは苦笑した。こんな会話、たしか、前にもしたなぁ。(たしかアレは合宿のときで)(なんか知らないけど、準太たちの部屋だけはみんな寝れなかったらしくて、しかも幽霊がどうとか言ってて)(そんなんじゃ倒れるよー?って、山積みになってた洗濯物に追われながら、言った気がする)(春の合宿のときだ)思い出したら懐かしいとかなんかいろいろで泣きそうになって、はぁ ってあたしは隠れて息を吐いた。そうしたらそのタイミングで、サンだって って準太が言う。 「目、赤いっスよ」 「・・・え、うそ。」 朝あれだけ冷やしてきたのに、やっぱダメだった?思わず目に手をやったけど、もちろん、わかるはずもない。そんな自分の単純な行動に、あ って思ってたら(よく慎吾にはこういうのでからかわれるんだよね・・)、ちょっとっスけどね 準太が苦笑した。うっすら出来てるそのクマのせいか、苦い笑み。でも、クマが出来てるのは当たり前なんだよね、きっと。だって、昨日寝れなかったんでしょ?準太は二年なのにエースピッチャーを任されて、プレッシャーとかあったよね。あたしたちも、準太に すごく期待してた。昨日負けて、あれが最後の試合になった三年は悔しかった。一つ一つの場面で、打ててればって、取れてればって、昨日の打ち上げのときから言ってたよね。でも準太はきっと、誰よりも責任を感じてる。自分のせいで、三年を引退させた って。そういう子だ、準太は。 「・・・サン。」 「ん?」 「昨日も、言ったけど・・」 「こーら」 きっとまた謝ろうとした準太に、あたしはため息をついた。昨日も言われた。すみません って。全くもう、謝るとこじゃないでしょ って笑ったけど、上手く笑えたかはわからないなぁ。でもね、本当に、準太が謝ることじゃないんだよ。準太はよくがんばってくれたんだから。準太が、うちのエースだったんだから。準太が負けたんじゃなくて、うちが負けたんだよ。・・こんなこと、思いたくないけど。もしあそこで風が吹いてたら、もしあそこで風が吹いてなかったら、結果は違ったかもしれないって、そう、思ってしまう気持ちだって、たくさんあるけど。でも、あたしたちが負けたのは事実で、準太のせいじゃないのも、事実なんだよ。 「でも、」 「あのねぇ準太、昨日は言えなかったけど、あたし、準太にすごく感謝してるんだよ」 あたしの言葉に、準太は、え って顔をした。あーあ、信じてないな、これは。でもこれは伝えたいことだから、ちゃんと受け取ってもらわなきゃ困る。だからあたしは、ほんとだよ って言い聞かせるみたいに言った。 「準太の代じゃなくて、あたしたちの代だったのに、準太は一年間、すごくがんばってくれた」 「そんな・・俺、そういうつもりなんかないっスよ」 「うん、わかってる。でもね、嬉しかったよ、あたし。みんなが、三年のために、がんばってくれて」 三年ががんばってたのは、もちろん知ってたから。昨日の最後、後輩もみんな、あんなに必死になってプレーしてくれて、応援してくれて、あたしたちの代にはいい後輩がいてくれたなって、そう思ったんだ。 言ってる途中でまた涙が出てきて、あたしは目をこすった。言いたいことが上手く伝わってるかわかんないけど、とにかくあたしは、感謝してる。みんな、あたしたちの代のために、三年のために、ホントに必死になってくれたよね。マネジは負けてもミーティングが終わるまで泣いちゃいけないっていう決まりがあるから我慢してたつもりだけど、実は9回の最後、あたし、ちょっと泣いてた。負けるかもしれないとか、そういうのはたしかにあった。お願いだから、神様、打たせて って、思いすぎて、涙が出てきたっていうのもあった。今までの野球部のことが走馬灯みたいにいっぱいでてきて、もうなにがなんだかわかんなくなってたのも、あった。だけどね、あぁやってスタンドとベンチと、みんながあんなに声を出して、最後まで応援してくれたのが、あたしはすごく、嬉しかったんだよ。あたし、この部でマネージャーが出来て、この部のみんなを見てこれて、ほんとうによかったって、そう思ったんだよ。だから、今度は、準太たちが、そうなる番なんだよ。 「準太」 「っ・・はい」 「来年は、準太たちが、勝ってね」 負けたら、差し入れなんて持ってってあげないからね って、あたしは笑った。気持ちの整理がつくまでは、和己たちがいない練習を見て泣いちゃうかもしれない。だけど、ちゃんと切り替えて、きみたちの応援に行くからね。だから、勝ってね、準太。そう思ったら、あたしの頬は緩んでた。 「・・・はい!」 準太があたしにこうやってしっかりした返事をするのはこれが最後かも知れないけど、こうやってあたしが準太に言うのは最後かも知れないけど、でもね、こんなにしっかりした返事が聞けたから、これが最後でもいいかなって、そう思うよ。 |