「ティキ」



暗く静かな部屋の中、そうやって、小さく笑ったが俺を呼ぶ。綺麗な声だ。いとしい声だ。今までの中で、一番だと無条件に信じられる声だ。(だってそうだろう、この声はの声だ。)それを思いながら、そっと手に触れる。この手だって、今までの中で、一番の、手だ。(この手はの手なんだから、当たり前だ)手だけじゃない。足も、瞳も、顔も、髪も、忌まわしいはずの イノセンスだって。全てが、今までで一番のものだ。が、俺の 一番の 存在だ。

「・・・ティキ、」

が 俺を呼ぶ。暗い部屋の中にあるわずかな光が、の目元で反射した。どうか泣かないでくれと思う。涙だって一番だし、そうやって泣く顔も一番だ。けど俺が見たいのは、笑った顔だ。なんでだろうな、今まではこんなこと、思いもしなかったのに。俺が見たいのは、の笑った顔、だ。なぁ、どうやったら泣くのをやめて笑ってくれる?なんて言ってみたって、そんなのもうわかってんだよ。方法なんて、1つしかないんだ。

「ティキ、あいしてるよ」
「俺もだよ。あいしてる」
「ティキ。ねぇ、ティキ。わたしを」

これが災いだろうと禁忌だろうと誰の妨げになろうと、そんなことはどうでもよかった。なにがあったって、そんなの、どうでもよかったんだ。
俺が、おまえを好きで。おまえも、俺を好きでいてくれて。俺たちは、愛し合うことができて。今この瞬間だって、誰よりもお互いを思っていて。なぁ、それ以外に必要なことなんて、あんのか?どうして、おまえが泣かなきゃいけない?俺たち2人を許さないような神だから、俺は神に逆らうんだろう。そうやってしまえば全ての説明がつく。すべては君のためだと。イノセンスなんてものがなければ、もっともっと幸せに生きられたはずの、もっともっと笑っていられたはずの、君のためだと。

「・・・なぁ、笑ってくれよ」

そっとの頬に触れれば、は少し驚いたような顔をしてから(あァ、やっぱりその顔だって一番なんだな)久しく見ていなかった、いちばんの笑顔をうかべた。(あァ、やっぱり、おまえがいとしいよ)静かに俺の頬へと手を添えるがどうしようもなく愛しくて可愛くて、俺はの唇に触れた。なぁ、どうしてだろうな。触れるようなキスしか、できないんだ。触れるようなキスだけで、俺はこんなにも満足してる。(きっと、おまえが優しすぎるからだ、。)唇を離せば、はとても近い距離のままで、やさしいままで、口を開く。

ティキ あいしてるよ ごめんね ティキ ありがとう。

静かに、優しく繰り返すに、きっと俺だって、いちばんの笑顔をかえした。俺も愛してるよ。本当に愛してる。ずっとだ。なぁ、知ってた?俺な、じぶんでもおかしいくらいに、しあわせなんだぜ。伝えれば、が嬉しそうに笑ってくれたから、俺はそれだけで嬉しくなる。あァ、なんて厄介な、愛すべき感情だろう。もう、今の俺に出来ることなんて限られていることはわかっている。最初からわかっていたことだ。出会わなければよかった なんて欠片も思いはしないけれど。
さぁ 俺は俺が知るかぎりで一番痛みのない方法で、優しいおまえが苛まれていた悪夢を消そう。もうおまえは、気にしなくていい。考えなくていいから。白髪の優しい男とやらも、黒髪の可愛い女の子も、無愛想な日本人の男とやらも、タレ目の眼帯くんだって、いつも大変だという教団のやつらだって。もう、おまえは、そいつらに対する罪悪感なんて持たなくて良いから。泣かなくていいから。俺だけを思って、俺だけを想って、そう、今のように、おまえのいちばんの笑顔で笑っていてな。もう一度、唇に触れて、額に触れて、俺はそっと、の背中に手を回す。


「なぁ 。おれがいくまで、待っててな」


だれよりもいとしいきみがなかないですむように。






モラトリアム






カウントダウン



すべてを終えたら、むかえにいくからな。