「なぁに、慎吾」

慎吾の言葉に、慎吾に背を向けてキッチンに立っていたが振り返る。そんな彼女に、いや、呼んでみただけ と慎吾が笑った。ふぅん?と声を返してから、がキッチンから2つのマグカップを持って出てくるのを目に留めて、慎吾は持っていたシャーペンをポイと広げられたノートの上に放った。

「また休憩?」
「集中できないんだもんよ、しょうがないっしょ」

軽く笑う慎吾に全くもう と呆れたように笑いながらため息をついて、が慎吾の隣に座る。そうしてマグを手渡して、ひょいとノートを覗き込んだ。文系のには理解できない数字の羅列に、数3・数Cなんてものは理系でなければ無理な範囲だろう という至極真っ当だと思われる自分の思考のもと、はすぐにノートから目を逸らす。その様子をコーヒーを飲みながら見守っていたらしい慎吾が、なに目ェ逸らしてんの と笑った。

「いや・・なんで数学持ってきたの?英語とかなら教えられるのに」
「あー、まァもともと勉強しにきたんじゃねぇし」

その言葉に、え?と慎吾に視線をやったに1つ笑って、いつの間にかマグを置いていた手で慎吾はを引き寄せた。驚いたが声をかけても、あー落ち着くわ と満足気に声を漏らすだけの慎吾に、は小さく笑って、よしよし、慎吾くんはがんばってるねぇ と抱きしめられたままで頭を撫でた。なんだよそれ と言いながらもやめろとは言わない慎吾に、は柔らかく頭を撫でる。
今まで野球に向けていた気持ちを勉強に切り替えるのは大変だっただろう。満足の行く形ではないまま終わってしまったのだからなおさらだ。そんな慎吾を近くで見てきたは、しばらくの間、彼が気持ちを持て余していたのを知っていた。自分も過去に通った道なのだから、辛いということはよくわかる。今まで周りの受験生よりも、部活で勉強できていなかった分の焦りもあるだろう。それでも、部活で養ってきた体力とメンタルの強さがあれば、引退してますます人として成長した彼ならば、きっと受験の辛さを乗り越えてくれるだろうという漠然とした、それでも確信に似た気持ちに、は小さく笑った。

「なァに笑ってんの」
「ううん、慎吾も成長したなぁって思って」
「は?」

訝しげに少し身体を離しての顔を見る慎吾に、もう一度、成長したね と笑いかける。少し眉を寄せて何か言おうと口を開いた慎吾は、けれど結局ため息をついただけで、もう一度顔が見えないようにしてを抱きしめた。

「そんなこと言ってられんのも今のうちだぜ」
「そうだね、あと半年したら慎吾も大学生だもんねぇ」
「・・・・・、あのなぁ」

それ、自分の彼氏に対して思うことか?苦笑しながら言う慎吾に、大好きだから思うのよ とが優しく言えば、慎吾は一瞬言葉をつまらせて、あーもう と隙間のないくらいに抱きしめる力を強める。

には敵わねぇなァ」

どこか嬉しそうに笑いながら言う慎吾の声を耳元で聞きながら、はだんだんとかっこよくなっていく恋人に、同じように笑い返した。






 いつから愛しの、





いつまでも愛しの、







(はいはい、じゃぁ休憩は終わりね)(いーじゃんまだ)(だーめ。がんばったらご褒美あげるから)(・・・しょーがなねェ)