その日の授業が終わるが否や、がガタンと椅子から立ち上がった。そして、そのままの席へと近づいてくる。それに気づいたは、その瞬間に彼の目的を悟った。そうして、あえて気づかない振りで荷物をまとめる。今日は部活がない日なので、さっさと帰るのが吉だろう。妙なものに絡まれる前に。これは勘ではない、確信だ。

!」
「なんだよ、俺もう帰るんだけど?」

鬼気迫るに対してあえてさらりと返したに、は う と口ごもる。けれど心を決めたように、頼みがあるんだ と切り出した。いつの間にか机の上に両手をつき、椅子に座ってるに思いっきり視線を送っている。その様子に、は やっぱりか と内心でため息をついた。そんなに気づいているのかいないのか、はさらに身を乗り出して声をあげた。

「ノート貸してくれ!」
「やーだっての」

















「えー頼むよ、そこをなんとか」
「おまえな、前回もその前もそのまた前も貸してやっただろ」

そもそもなんで俺が貸してやんなきゃいけないんだよ とが呆れた様子で言う。帰宅部のと、厳しさは言わずもがななサッカー部の。本来なら逆であるのが一般的なはずのこの光景は、しかし、2年時に同じクラスになり、の成績とノートを知ってから、定期テストでは毎回見られるものとなっていた。毎回に呆れられようと、実際問題、このノートはテスト前のこの時期には必要なものなのだ。

「そりゃ、のノートがわかりやすいからっしょ」
「自分でちゃんとノートとれよ」
「え、無理無理」

至極あっさりと言い放つに、おまえな・・とは今度こそため息をつく。しかし、は授業は寝ちゃいけない、なんて言い張るほど真面目なわけではなくて、ただ授業中は眠くならないというだけなのだ。テスト前にいちいち時間をとって勉強するよりは授業で理解してしまったほうが早いし楽だと思うからこそ、こうしてテスト前にノートだコピーだ言ってるをはじめとするクラスメートや、いつも赤点だなんだといっている後輩たちを前にすると、どうにもため息が出てしまう。たちに言わせてみれば、それが出来ないからこうしてるんだというところではあるけれど。

「試験前には返すからさ、どうせはそれまで使わないだろ?」
「・・・・・・・今度奢りだからな」
「さっすが、話がわかるな!」

諦めたように大きくため息をつきながら、しまいかけていたノートを机の上に置いたに、は嬉しそうに礼を言う。はいはい と返しながら、今度こそ帰ろうとしたに、ロッカーから荷物をとって戻ってきた三上が気づいたように声をかけた。

「おい、・・・ってまたノート借りてんのかよ」
「おまえこのノートは俺の生命線だぜ」

なに当たり前のこと言ってんだ とでも言いたげなに、あーそうかよ と返して三上は今しがた持ってきたノートを鞄へとしまいこんだ。そうして、どっからが範囲?などと話している2人に視線をやった三上は、そういや と呟いた。その声に、が三上へと顔を向ける。

「そのノート、さっさとコピっちまったほうがいいぜ」
「は?なんで    
「お、いたいた、!」

不思議そうに問いかけたの言葉に重なるように、この教室のドア周辺から声がかかる。その声に振り向けば     毎日聞いている声なのだから、誰なのかはわかっていたが     そこにいたのは根岸だった。去年たちと同じクラスだった根岸は、去年同様にの手にあるノートに、またやってんのかと言いたげにため息をはく。これもまた、去年はよく見られた光景だった。しかし、今回は前回までとは事情が違った。

、俺にもノート貸してくんね?」

軽く片手を挙げて、頼む と言った根岸に、なんだ、根岸もとってないのか?とは聞き返す。彼がノートを借りにくる、なんてことは今までにあまりなかったからだ。その言葉に根岸は いや と苦笑して、俺だけじゃないぜ と言葉を続けた。その言葉に、は怪訝そうな顔をする。どうやら知っているらしい三上は、荷物をつめ終えた鞄を閉じながら息を吐いた。

「渋沢も先週の月曜の数学のノートがねぇんだってよ」
「渋沢も?」
「お、なに、渋沢も仲間か?」

三上の言葉に、少し驚いたようにと、逆に楽しそうな顔をしたが同時に言う。そんな両方の言葉に おう と返した三上に、他の面々はそれぞれが へー などと声を漏らした。そんなとき、またがらりと教室のドアが開く。向けられた視線の先には渋沢の姿があって、はノートを手に持ちながら、よ、渋沢 とからかうように笑った。そんなに、渋沢は苦笑する。どうやら今日のこのノートのモテ度は格別らしい。




(つかこの際勉強会開かね?)(いいな、そうするか?)(俺は帰るぞ)(三上、逃げても寮には藤代だぜ)(・・・・)