「ただいまー」
「パパ!」

玄関から聞こえた声に、キッチンに立つの足元にいた子どもが駆け出した。決して速いとはいえない速度で玄関に向かうに、は思わず顔を緩める。そして、自分もコンロの火を消して玄関へと足を向けた。
今、この家に帰ってきたのは、の夫であり、の父親である若菜結人だ。が玄関に着いたころには、結人はを抱きかかえて笑っていた。そして、にもただいまと笑いかける。なんとも一般的な幸せ家族の大黒柱である結人の職業は、プロサッカー選手だった。

「おかえり結人。アシストおめでとう」
「おめでとー!」
「へへ、サンキュー」

の言葉に、結人は緩んだ顔を隠そうともせずに笑う。アシストを決めたのは嬉しいし、ファンやサポーターに喜んでもらえたのも嬉しい。けれど、こうやって家族に祝福されるのも、また、とても嬉しいことだ。ただいま、と改めて言う結人に、が お風呂入る?と聞く。おう、と頷いた結人に、その腕の中にいたが、おれも!と手をあげた。

「お、じゃぁパパと一緒に入るかー?」
「はいるー!」

楽しそうに笑う結人に、嬉しそうに笑う。そんな2人を見ながら、こんな瞬間が、とても幸せだと思う。こういう、なんでもないような瞬間が。ふわふわと漂うような温かさに、はにこりと笑った。






そんな幸せの欠片








「おれねー、おっきくなったらサッカーせんしゅになる」

親子水入らず。お湯に浸かって、が笑いながら言った。その言葉に、結人にも笑顔が浮かぶ。そーか、じゃぁたくさん練習しなきゃなー と返しながら、結人は正面にいるの頭を撫でた。自分と同じものを目指してくれることは、親として、素直に嬉しい。息子とのサッカーは、結人の一番楽しいことの1つだ。ちっさいながらにいいセンスしてるよな と言う自分には親バカだと笑うが、実際、この小さい息子が本当に可愛いと思う気持ちはあるのだから、否定は出来ない。そんなことを同じく浴槽の中でぼんやりと思う結人に、それでね、とが続けた。

「サッカーせんしゅになって、ママをおよめさんにするんだ!」
「ぶっ」

息子の思わぬ告白に、結人が思わず噴き出す。そんな結人をはパパー?と不思議そうに見上げた。確かにそんなことを言い出すことがあるとかなんとかは聞いていたけれど、実際に自分の身になってみると思わず噴き出すくらいの衝撃がある。いやいやいやいや、と無意味に呟いてから、結人は自分を見上げているに少し引きつった笑顔で、あのな と口を開いた。

とは結婚できないんだぞ」
「なんで?ママはおれがサッカーせんしゅになったらっていったよ」
「・・・・・・・・」

出来るだけ柔らかく言った結人も、からの思わぬ言葉に無言になる。いやちょっと待て、なに言ってるんだあいつは!そんなことを今頃料理を続けているのだろう自分の妻に心の中でつっこんでみるけれど、それで状況が変わるわけではない。しかしこれはなんというか、夫という立場として、1人の男として、聞き逃せない問題である。それも、相手はが今一番長く一緒にいる男だ。 ――― 息子だけれど。

「あのな、はパパのおよめさんだからダメなんだよ」
「・・・・でも、おれはママが好きだもん」

言い聞かせるように言う結人の言葉に、は少しぐずるように言う。その反応に、ゲ、と思う。ここで泣かれたら、泣き止ませるのは一苦労だ。しかも、がいない。だからといっての言うことを了承は出来ない。親としての気持ちと男としての気持ちがせめぎ合うなか、お風呂に響いたのは救世主の声だった。

「結人、、着替えここに置いておくからねー」

半透明なドアの向こうから聞こえた声に、結人は思わず、!と声をあげる。も、便乗したように、ママー!とを呼んだ。そうして、ちょ、あけてあけて!という結人の声に、不思議そうにがお風呂のドアを開ける。そうすれば仲良くお風呂に浸かった2人が見えて、けれどぐずりそうなとなにか必死な結人に、は首をかしげた。

「どしたの?」
「ママ、おれのおよめさんになってくれるっていったよね!?」
、おまえに結婚するとかいったのか!?」

の問いかけに、結人とが同時に声をあげる。え?と思いながらその内容を理解したは、全くもう、というように苦笑した。その様子に、男2人が同時に彼女を呼ぶ。こういうところは、本当にそっくりなのよね なんて思いながら、に向かって口を開いた。

「ママがと結婚したら、ママはパパと一緒にいられないよ?」
「え?」
もパパと一緒にいられないよ?いやでしょ?」
「・・・・・、やだ・・」

の言葉に、が眉を下げながら呟く。そんな息子に、はにこりと笑う。そんな母子のやりとりを、結人はまじまじと見ていた。自分ではこうは出来ない。さすが母親は違うなー・・なんて半ば尊敬の眼差しでを見る結人に、パパ、とが声をかけた。突然のそれに多少驚きながら、なんだ?と結人が返せば、無邪気な言葉が息子から漏れる。

「パパは、おれがママがすきなのより、ママのことすき?」

その言葉に、結人は目を見開いた。まさか息子からそんなことを聞かれる日が来るとは。これが息子じゃなかったら修羅場だな なんてどこかぼんやりと思う結人をが急かす。それにプラスしての視線も感じて、あー・・と結人は頭をかいた。その顔は、のぼせからなのかなんなのか、若干赤くなっている。

「そう。俺のほうが、のことが好きなんだよ」

言い切った結人に、がくすぐったそうに笑った。その顔をちらりと見て、結人が照れたように視線をずらす。そんな2人の空気が漂いそうな中で、が、じゃぁ、おれあきらめる と呟いた。息子の言葉に、それでこそ男だ、なんてことを言って結人はの頭を撫ぜる。そんな父子ににこやかに笑いながら、のぼせないうちに出てきてね とが言った。





(お、今日はハンバーグかー・・って、げ!!トマト!?)(結人、トマトも食べなきゃだめだよ)(だめだよー)