武蔵森学園中等部にて、主にサッカー部が追い詰められていたあの日から1ヶ月。そういえばあんなこともあったなぁ、なんて忘れてしまいたいのはやまやまだが、しかしそう出来ない理由がここにはあった。それは、バレンタインのお返しをする日と位置づけられている、ホワイトデーの存在が本日に差し迫っていたからである。






ピースル ホワトデー








「次何組だ?」
「次はー・・・1年C組」

気だるそうな三上の言葉に、手元にある紙を見てからが答える。サッカー部がお返しをして回るのに必死な本日の休み時間、何故三上とが一緒にいるのかといえば、2人がもらったチョコレートの贈り主の在籍するクラスがとても似通っていたからだった。今までに何クラスか回ってきたが、どうやら友達同士で2人にチョコレートを渡しに来た生徒が多いらしい。そのため、いっそ一緒に行ってしまうか なんて話になり、まぁがんばれよ、なんてクラスメートからの微妙な応援を背に、三上とは一緒に学校中を回っているわけだ。

「・・・いいか、
「・・オーケー」

静かな声で、覚悟を決めろとばかりの三上に、一息ついてからが答える。そうして、たどり着いた1年C組のドアをガラリと開ければ、瞬間にして教室がざわめく。女の子の声が大きく、また顔が輝いているのはもうしょうがないことなのだろう。思わずドアを閉めそうになった三上をなんとか止めて、えーと、とが声を漏らす。その瞬間にまたざわめいた教室に苦笑をこぼしながら、今度はきちんと届くように、バレンタインのときの送り主の名を呼んだ。




「うそー、あたしも渡せばよかったなぁ」
「来年は贈ろうっと!」

閉めたドアの向こうから聞こえた声に、オイオイ・・と三上が疲れきった様子で呟いた。もいやいやいや・・・と引きつった笑いを浮かべる。今のが最後のクラスだったが、よっしゃ、終わった!と思う以前に、また聞こえたこんな声に、2人は疲れを倍増させる。今まで自分たちが回ってきた全クラスでこんな声を聞いてきた。しかし、そうは言ってもさすがにお返しを返さないというのは悪い気がしてしまうし、だからってこれで来年に今年以上の数が来てしまったらそれこそ休み時間では間に合わない―――という以前に、精神的にも体力的にも無理だろ、普通に。
来年を思って、はぁ と一つ大きな長いため息をついて、2人は自分たちの教室へと戻っていく。なんとか放課後までには持ち越さずにお返しをし終えることは出来たが、これからまだ1時間授業が残っていると思うと気分としても下がる一方で、寝るしかねぇな なんてことを思いながら歩いていた三上は、ふと思い出して、持っていた袋―――朝からは考えられないくらいに軽くなった袋から、1つの包みを取り出した。そして、それをぽい、と無造作にに放る。危なげなくそれをキャッチしたが、なんだよ という視線を送れば、余った と三上が返した。

「俺が持っててもしょーがねぇしな」
「・・・じゃぁまぁ有難く。」

小さく笑いながら、がサンキュ と返せば、笑ってんなよオイ、と三上がを軽く睨んだ。そんな彼に、はいはい と答えながら、はこちらも朝よりかなり軽くなった袋を漁る。そうすれば、出てきたのはお返しにあげていたのと同じ包みだった。はお金もかかるし、と簡単なお菓子を作ってお返しをしていたのだが、そのため微妙に余ってしまって、まぁ藤代あたりにでもやればいいか、なんて思って簡単なラッピングしかしていないそれは、しかし余りの関係上、お返しに包んだものよりも1・5倍ほどの量が入っていた。はお返しとばかりに、ぽい、とそれを三上に放る。

「・・・あ?」
「やるよ。俺のも余りだけどな」

大事に食えよ と付け足して、がからかうように笑う。甘いものが嫌いな三上はバレンタインのチョコ類も少し食べて後は藤代に送るというふうにして何とか減らしていたのをもちろんは知っているが、そこは自分ももらったし、というかあえての、というところである。多くねぇかコレ、という疲れた声はあえてスルーして、が少し浮上した気分で三上の前を歩いていけば、突然、グイ と肩が引かれて、は?と思っている間にもの顔は自然と後ろを振り向く形になる。そうすれば、の目の端にニヤリと笑う三上の顔が映った。何か言おうと口を開いたそのとき、何かが口に押し付けられる。

「ぐえッ!」
「喉に詰まらせんなよ」

押し付けられる、というよりも押し込まれたのは、三上に渡した包みの中身だった。大量に作れるという理由で選ばれたクッキーは、いつの間にか三上の手によって開けられ、現在そのうちの3枚がの口の中にある。その量のために文句を言うにも言えず、とりあえず口の中の物を食べ終えてから、はベシ、と三上の頭をはたく。それを大して気にも留めずに、三上は包みの中から一枚クッキーを取り出して口にした。

「てめ、マジ詰まるとこだったっつーの!」
「だから言ったろ、詰まらせんなって。」

歯に当たった・・と口に手を当てるに、なんだ、結構うめぇじゃねーか と三上がクッキーの感想を口にする。美味く出来てなきゃやらねぇよ と返しながら、あーくそ、と内心で呟いて、は自分のクラスのドアを開ける。おー、終わったかー と声をかけてきたクラスメートに、まぁなと答えて、三上が教室のドアを閉めた。こんな感じに、来年の数に不安を残しながらも、とりあえず今年の一連の流れは終わっていくらしい。




(え!?なんで先輩たち返し終わってんスか!?)(ま、経験の成せるワザ?)(ガキにゃわかんねぇだろうけどなぁ?)