「今日の調合は注意して行うように」

そんな教授の言葉から始まったグリフィンドールの魔法薬学の授業は、たしかに彼がそういうだけあって、難しいものだった。学年を重ね、少しの間違いでも悲惨なことになり得ることを知っている生徒たちは、慎重に作業を進める。もまたそのなかでペアをつくり、順調に調合を進めていた。だいたいの生徒たちはまだてこずっているけれど、もう少しで完成する      の耳に聞き慣れてしまった声が届いたのは、そんなときだった。

「これで完成じゃね?」
「そうだね。教授、出来ましたー」

その声に、思わずは手に持っていた薬草を千切りそうになった。その声が、紛れもなく、この学年のトップを張っている、ジェームズ・ポッターとシリウス・ブラックのものだったからだ。






The crunch of win and loss









「よー、さっきの魔法薬学は大変だったよなぁ?」
「うわ、なにこのウザいの」

授業の中断する昼休み、シリウスは自寮のテーブルに座る姿に笑って声をかけた。けれどはそんなシリウスとは対照的に、思い切り眉をゆがめてシリウスを見る。その拍子に、彼女の長い髪が揺れた。その反応はもっともなものだろう。誰か他の生徒がその言葉を言うのなら、それは極普通のものだ。けれど彼らは、その難しいはずの調合をいとも容易く終わらせた生徒なわけで、それは彼らより調合に時間がかかった生徒たちにしてみれば、厭味以外の何物でもなかった。そんな彼女の反応に、シリウスは面白そうに笑う。
言っておくが、は成績が悪いというわけではない。むしろ学年三位という、優秀と言うのに相応しい成績を持っていた。この学年ではグリフィンドールが主席・次席・三席を担っていて、これはマクゴナガルにも誇らしい      とはいえ、その学年主席と次席は毎度何かしらの騒ぎを起こすので、目の上のたんこぶともなっているが      ことなのだ。そして、次席のシリウスと三席のが、いちいちこういったことで張り合っていることは、周知のことだった。

「なんだよつれねぇな。あ、ここ座るぜ」
「は?ってちょっと!」

ガタリとの隣の椅子を引いたシリウスにが言うも、既に遅し。シリウスはちゃっかりの隣に座って、さらに何故だかジェームズやリーマスやピーターまでもがその位置でいつもの布陣を構成させていた。彼らの無駄な素早さに、は軽く呆れてから諦めたように息を吐く。もうこんなこともいつものことで、今更しっかり怒る気もおきないというところだった。

「やぁ、。失礼するよ」
「・・・もう座ってんじゃん。まぁいいよ、どーぞ、リーマス」
「おまえ俺との態度に差がねぇか?」
「日ごろの行いの違いってやつでしょーが」

さらりと言ってシリウスのほうを見ることはせずに食事をするに、シリウスは彼女には見えないように小さく息をついた。まぁなんというか、実際のところシリウスはのことが嫌いなんてことは全くないのだ。ジェームズたちに言わせてみれば、なんとかな子ほどいじめたくなるってやつだよね と呆れられるところで、まぁつまり、そういうことで。自分でもそれはわかっているのだけれど、いまさら態度を変えることなんて出来やしないのもわかっていることで、シリウスはパンに手を伸ばしながら小さくため息をついた。素直になってしまえばいいなんて、言うのは簡単でも、そうそう容易く出来ることじゃないのだ。

「・・シリウス?」
「・・・・、あ?」
「ボーっとしちゃって、どうかしたわけ?」

ぼんやりと意識を飛ばしていたシリウスは、突然にかけられた声に驚いたように声を漏らした。そうして続いた言葉に、大きくひとつ瞬きをする。今まで、こんなふうに言われたことはあったか?そう思ってまじまじとを見るシリウスに、が怪訝そうに眉を寄せる。ジェームズたちは当人たちに見えないように小さく笑った。そうして、ようやくはっとしたシリウスが、別に と顔をそらす。

「ふーん、ならいいけど」

大して気にするでもなく言ってグラスに手を伸ばすに、シリウスは隠れてため息をつく。なんでこう、肝心なところで余裕がなくなるんだろう。あーあ、全く と言うジェームズの声が聞こえてきそうだ。そう思ってもう一つため息をついたシリウスの隣で、がごちそうさま と呟いた。自然とシリウスがに目をやれば、食事を終えたらしいが席を立っている。

「なんだ、もう行くのかい?」
「まぁね。ルームメイトのレポートを手伝わなきゃだから」
「あ、だから今日は1人だったんだ」

の言葉に、ピーターが納得したように言う。その言葉に頷いて、それじゃぁ とが彼らに声をかける。そうして、目があったシリウスに向けて、少し目線をきつくして言い放った。

「言っとくけど、次こそ負けないから!」

それだけ言ってその場を後にしたの背中を、思わずシリウスは目で追う。おーおーかっこいいねぇ、とジェームズが笑う隣で、シリウスにもあのくらいの強さがあったらいいんだけどね、とリーマスが言った。ピーターもそれに頷く。そんな彼らに うるせぇよ と返しながら、シリウスは先ほどのの目を思い浮かべた。自分としてはそこまで彼女との勝負に固執しているわけではない     まぁ実際、楽しんでいるのは確かではある     けれど、とりあえず今は、あの目線を向けてもらうためにも、彼女に負けるわけにはいかないらしい。




(とは言ったって、惚れたほうの負けっていうからなぁ)