おぉぉ、と、部屋中から歓声が漏れる。

「またから中盤の三上へロングフィードが出た!」

その視線を一身に集めるテレビからは、興奮したような実況の声とこれは面白い、という解説者の言葉。




尊敬と、憧れと、


それから。






「うわ、すげぇ!」
「キック力あんなー!」

テレビ画面の中で、右から左に向かって出されたボールにそれぞれが反応を示す。将は目を輝かせて画面を見つめ、シゲはコーラを片手にほー、なんていいながら、けれど同じく食い入るように。 そんな中で、先ほどから歓声をあげっぱなしの高井が口を開いた。

「つーかさ、俺たちってすごくねぇか?」
「この武蔵森に2点とったんだもんな!」

その高井の言葉に、田中が同じように興奮した面持ちで返す。武蔵森は、今テレビで中継されているベスト4をかけた試合まで、全国大会という舞台を無失点で駆け上がってきていた。 この実況者にも再三にわたって言われているその飛びぬけた武蔵森の守備力を相手に、2点をとったという事実に、森長たちも話に加わる。 けれどそんな桜上水の中で冷めた口調で口を開いたのは水野だった。

「何言ってんだ、春と今じゃチームも違うだろ」
「そうやでー。あちらさんには今年が最後の3年がおるんや。」

水野がテレビから視線をずらさずに言った言葉に、シゲが同じくテレビを見たままに付け足す。 後がない奴らは、ここぞってとこが違うんやで、と。自分達のチームには3年はいないけれど、それでも理解はできるその言葉に、高井たちが顔を見合わせる。そんな高井たちに、それに、と、水野が付け足した。

がいたときにとったのは、1点だけだ」

視線は、テレビ画面から外れることはない。 そうすれば、ちょうど画面にはが映り、下にはテロップが表示された。

 武蔵森学園中等部 DF 3年

この人は、こんな修飾で表せる人じゃない。ふと、反抗するかのように水野が思った。日本の年代トップDFだろうという実況のソレでも、まだ、足りないと。それはきっと、この、尊敬にも似た憧れのせいだと思う。 きっと、初めて会ったあのときから。


――― 入らないの?武蔵森。


そうやって声をかけられたのは、武蔵森の推薦入学試験のときだった。思い返せばあのときは、の名前も知らなくて、彼の力も知らなくて。けれど確かにあのときの少しの会話で、何かを感じていた。 今ならわかる。きっと自分は、あのとき既に、惹きつけられていたんだろうと。今でも、覚えている。だってあのとき、ふと、思ったんだ。


――― 武蔵森だったら、あの人が先輩だったんだ。


「おわっ」
「ナイボ!」

あがった声に、水野が違うほうへと向いていた意識を戻した。 そうすれば、三上から出されたスルーパスに藤代が抜け出して、 反応できなかったDFを置き去りにして、キーパーと1対1になって、そして ―――

「ゴ ――― ル!!」

テレビの中から歓声が響く。 すぐにベンチで桐原が頷く映像が入って、次いで、武蔵森の応援席の様子が映し出された。 地方でやっているというのに、その応援席の人数は決して少なくない。その応援席と同じくらい、とまでは行かないが盛り上がっているこの部屋で、 ナイボーやったなぁ、とシゲが笑う。あんなボール出されるなんて、FW冥利に尽きるっちゅーもんやな、と。テレビの中では藤代がに頭を叩かれ、笑っている。それから、と三上がパン、と音が聞こえそうなほど綺麗に手を叩きあった。少しのズレもなく、お互いにそうするのが解りきっていたかのように。それを見て、水野の中で、何かがチリ、と掠めた。

(・・・俺だって。)

あそこにいたら、と、思いかけて、ふと何考えてんだ俺、と、ふと我に帰る。 今の俺は、桜上水のサッカー部で、キャプテンをやってて、この部が、好きで。それなのに。 いつも当然のようにの隣にいる三上を、羨ましく思ってしまった。

―――俺はお前よりはアイツのこと知ってる自信はあるぜ?

いつだったか、偶然聞いた三上が言っていた言葉。 売り言葉に買い言葉のように言われたその言葉は、けれど、確かに真実で。 そしてきっと、その言葉は誰にだろうといえるもので。
羨ましい、と、思った。
と、ふいに ――― というわけではないけれど、水野にとっては驚くタイミングで、 シゲがせやけど、と、飲み終えたコーラの缶を潰しながら口を開いた。

「相当えぇな、三上との連係。」

このホットライン、かなり起点になっとるわ、と続けるシゲに、そうね、と小島が頷いた。 確かにそれは疑いようもないことで、今日の武蔵森の相手とて、と三上には徹底マークをつけている。けれど、それでも、崩れないのだ。この、武蔵森のホットラインが。 水野がその言葉に眉を寄せて目を細めれば、そんな水野の様子など気にもとめない小島が、 この2人っていつもも仲いいの、と、風祭に問いかけた。そうすれば、うん、と、風祭が素直に頷く。

「仲いいっていうか、2人でいてすごく自然なんだよ。確か、先輩と三上先輩、今年もベストコンビになったって・・」

風祭が、思い返すようにしながら言う。桜上水メンバーがベストコンビ?と聞き返し、 風祭が武蔵森生の有志でやるアンケートの「ナイスコンビ」で1位で、と説明をしている。 その話よりもテレビ画面よりな場所で、水野は風祭の言葉を頭でリフレインさせた。 2人でいて、すごく自然。これほどの言葉があるのだろうかと思う。そんな、入り込めないような間柄が。

「人生諦めも肝心やで」

ポツリ、と、シゲが言う。驚いて水野がシゲを見れば、眼が合ったシゲは笑った。俺かてえぇなぁ思うけど、だからっちゅーてあの2人壊したないし、と。 なんのことだよ、と、水野が視線をずらせば、さぁなぁ、とシゲがまた笑う。 そんなシゲに苛立ったように眉を寄せながら、けれど、シゲの言うとおりだと思った。 壊したくは、ない。だってアレはまるで理想の。
――― 、という笛の音とともに試合を終えて、テレビの中で笑いあうこの2人の仲を。

(武蔵森、高等部)

ふと、水野の頭にそんな単語が浮かぶ。 けれどそれには気づかないでいようと思い直して、ボール蹴りにいかないか、と、後ろで騒いでいた桜上水のメンバーに声をかけた。
シゲはそんな水野に、強情やなぁ、と笑ったのだけれど。







水野のお話のはずが、桜上水の話に…寧ろ主人公と話してすらいない…。
しかも無駄に長いって言う…ほんと、ご、ごめんなさい……!!
武蔵森サッカー部は全国大会中です。

92000番を踏んでくださった緋月様へ捧げます!