別に、大して用事があったわけでもなかった。ただ部活がなくて暇すぎて、服でも買いに行くかと出かけただけで。 いつも自分達が部活をしていた休日の午後は、こんなに人が多いんだ、なんて今更に思った。 とは言いつつも、こんな人ごみの中から知り合いを見つけた俺って、そういう才能あんのかも。そんなことを思いながら、は前を歩く、見覚えのある少年の後姿に声をかけた。 「水野!」 「え・・・、!?」 「あ、やっぱり。よ、久しぶり。」 その声に視線をよこした水野に、は今日の成果であるジャケットが入った、大きめの袋を持つ手とは反対の手を、水野に向かって軽くあげた。 そうすれば、水野はさきほどの驚いた顔を直しながら、前へと向けていた体をがいる後方へと向けた。そしてそのままに、距離は縮まって。 「部活帰りかなんかか?」 「あぁ、午後もあるけど・・部活のものの買出し。」 の言葉に答えながら、水野はシゲのやつがどっか行きやがったからな、と思う。そう、本来ならシゲの仕事だったのに、なんで俺がこんなこと、と。けれど、ふと思い返す。 もしシゲがきていたら、ここで水野がと会うことはなかったわけで。そう思えば、水野はさっきまで頭にあった苛立ちが抜けていくのがわかった。人間なんて、単純なものだという言葉が身にしみる。 「は?」 「俺は買い物。暇だからさー」 「暇って・・・あぁ、」 の言葉に聞き返しかけて、けれど途中で水野は言葉を止めた。それもそうだ。 この人はもう受験生なわけで、部活も引退してて、でも武蔵森はエスカレーター式で。つまり、勉強も切羽詰ってやる必要もなければ、部活も出来なくてすることがない、と。 そこまで思ったところで、水野は無理矢理にその思考を断ち切った。自分が桜上水の2年で、彼が武蔵森の3年だなんてこと、今更すぎて。 「桜上水はどんな?今は・・あぁ、そっちもテストとかだろ?」 「・・・あぁ、・・・この前終わった」 「・・・・・触れちゃいけなかったか?」 水野が溜め息とともにこぼした言葉に、驚いたようにが言う。そうすれば、いや、俺じゃないんだけど、と水野が呆れたように言った。その言葉に、は思い当たる節を見つけてあぁ、と納得する。 「シゲ?いや、でもあいつは・・・」 「あぁ、シゲはまだこなすんだけど。・・・・・他大勢が。」 「・・・そりゃ大変だな」 水野に、がはは、と苦笑する。その気持ちはよくわかる。何ていったって、自分も同じくテスト前は部員のことで苦労する側だ。 「そっちは・・・藤代とか?」 「まぁ、その辺を筆頭にな」 の答えに納得した様子を見せる水野にお互いに苦労するな、と声をかければ、全くだよ、と水野が長い溜め息をつく。 そんな水野の部長ぶりというか、苦労人ぶりというか。そんなものに、としてはどうも桐原監督を思い浮かべてしまうのだけれど、それを水野に言ったところで何にもならないよな、と、何とはなしに考えた。 とはいえ、最近はどうもそこまで険悪な仲ではないみたいだけど、と。 「まぁ、勉学は学生の本業だからな」 「・・・・・エスカレーター組がそれを言うのか?」 「なかには例外もいるんだよ」 が俺たちは私立だしさ、と、言葉と共にニッと笑ったに、水野が肩をすくめる。確かにその通りで、普通の公立中学である桜上水には、特に藤代なんかに効力を発揮していそうな何かが際立っていればという私立の特性はない。 そんなことを思う水野に、は水野はあんま関係ないだろうけど、と笑った。 「――― っと、ちょっと悪い」 ふと、が気づいたようにジャケットのポケットに手を入れた。それから再び外気にさらされた手には、震える携帯電話があって。 その携帯は電話だったらしいその着信を、1つのボタンによってつなげた。 「もしもしー起きたか?」 さっきまで水野に向けていた視線を、どこというわけではないけれど、水野ではないものに向けて、が口を開いた。そうすれば、電話の奥から、あぁ、今どこだよ、という、三上の声が届く。その言葉には、今日の朝俺が行くなりあのクマ投げてきたくせに偉そうにすんなよ、と軽く言ってから、水野と会って話してんだよ、とは水野に視線を向けて笑った。それにえ、と水野が目を開くのと同じほどに、はぁ!?という声が、小さくではあるが、電話の奥から水野まで届いた。 その声に、水野は少しいぶかしみながら、があぁ、それじゃそこで、と言って電話が切れるのを待った。 「・・っし。ごめんなー」 「いや・・・今の相手って」 「あぁ、うん。三上」 あっさりと答えたに、あ、と、声の主を思い浮かべた水野は、そのままに眉を寄せた。 その水野の様子に、は面白そうに笑う。それでも、以前ほどピリピリしたオーラはないことに気づいて、今の三上も似たような反応してたな、と。 もちろん、三上がもう水野のことをそこまで意識していないとわかっていて言った言葉だったけれど。 「悪い、俺ちょっと三上と待ち合わせることになったから、」 「あぁ。俺もこの後は部活戻るし」 「ん。引き止めて悪かったな」 張り切ってやれよ、と笑うに、あぁ、と、水野が応えるように笑う。今日は、こうしてに会ったんだ。この前、テレビを通してみたあのプレーの持ち主に。これで、張り切らないでやれるわけがないと水野は思う。 「それじゃ、・・・また。」 「おう、またなー。」 水野のまた、という言葉に当たり前のように返して、手を振ってからがくるりと踵を返した。同じように、水野もに話しかけられる前の方向へと体を向ける。ふと振り返れば、遠いけれど確かに見えるその背中に、水野はその整った顔に笑みを浮かべた。 さて、帰ったらとりあえず、この話をネタに部員のやる気をあげさせることから始めるか、と。 主人公、水野と遭遇の巻。 この2人、会ったらどんな話をするかなと思ったんですが、 あんまりにも色気もサッカーっ気もなくてすみません…! 93639番を踏んでくださった神谷雫様へ捧げますー! |