三 木 鉄 道

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いつも満員なら廃線する事が無かったのに

満員の乗客を乗せ厄神駅に入線をするミキ300−105号

2008年 3月17日 (月)

兵庫県の加古川駅から加古川線に乗って10分位すると厄神駅に着く、そこから三木まで第三セクター、三木鉄道が走っている。しかしながら赤字続きで財政が困難になり昨年6月に廃止の届出があり承認された。そして今年の3月31日にいよいよ最後の日を迎える事になった。

テッチャンが多い、でもおじさんばっかり。 孫にデジカメを教えているのだが・・・ 2008年3月17日(月)快晴。9時過ぎであろうか加古川駅に到着、2004年12月に電化された加古川線の厄神(やくじん)駅まで10分位で着いた。三木鉄道の厄神駅はJR加古川線の上りホームと供用である。しかしレールはJRとつながっていない、途中での行き違い設備はなく1閉塞である。厄神駅を除くと駅員がいるのは三木駅のみで、他は無人。運賃精算は全て車内で行う、ワンマン運転である。

ちょっと時間があるので駅の外に出て写真を撮った、3月末で廃線になるとの事でホームには鉄道ファンらしき人々が20〜30人、デジカメを片手にリュックを背負って、うろうろしている。中に3歳位の孫を連れて、デジカメを一生懸命に教えているおじさんもいた、気持ちがわかるような気がした。

厄神駅にて、これから出発だ! 発車予定時間の5分位前に三木駅発の列車が入って来た。皆カメラを構えて、いい年をしたおじさん連中もこの時はカメラ小僧になる、自分もそうであるが!列車は小休止してからすぐに折り返して、定刻に厄神駅を発車した。

列車が発車してすぐに進路を東にとり真直ぐに進んで行く、全長6.6kmと短い路線である。厄神駅、三木駅を入れると9駅もあり、平均駅間距離は820mとなる。直線部分が多いので次の駅が見える所もある。

13分位で三木駅に着いた、設立は大正時代(1917年1月)に設立された立派な駅舎で現在も手入れはされて、そのまま残っている。ホームの端ではさよなら三木鉄道のスタンプ台があり列を作っていた。昼間の列車は1時間ヘッドで毎時37分発である。帰りは時間があるので歩く事にした。

1917年に設立された駅舎 三木駅を出発する列車 折り返しの列車には乗らないので、発車する列車を少し離れた所から写真を撮ろうと場所を確保しにぐるぐる回った。廃線を惜しむファンがあっちこっちで場所取に忙しい。定刻より少し遅れて列車は発車した。

列車が発車してから三木駅に戻ったら、あのざわめきがなく静まり返っていた。一休みしてから最初に向ったのが次の高木駅である、線路より少しばかり遠回りをして駅に着いたら三脚付カメラを片付けているおじさんと出会った、これから三木駅に行くそうである。その後2人がカメラを持って高木駅に来た。とりあえず駅舎と駅名表示板と周辺の写真を撮ってから次の別所駅に向った。

空き缶を捨てるなとかいてあるのに!嫌味なのか? 駅舎らしき建物があるのは、別所駅と石野駅だけである。その別所駅に来て待合室に空き缶を捨てるなと書いてあるのに、その前に空き缶とごみが捨てられていた!

西這田(にしほうだ)駅に寄ってから、石野駅へ向っている時、菜の花がきれいに咲いている所があり、その後ろにはカメラを構えている人達がいたので参加させてもらった。この土地の持ち主には断ってあるからどうぞと言われ遠慮はしなかった。石野駅に着くと駅舎の回りに小学校の生徒たちが書いた幟があった。

下石野駅、宗佐駅と続くが、その他西這田駅、高木駅も三木鉄道になってから設立された駅である。そして国包(くにかね)駅が厄神駅から1Kmの所にある駅であり、ホームの端に1キロポストが立っていた。

厄神駅に戻った時は午後の2時頃になってしまった、6.6Kmを寄り道しながら歩くのだから1時間半位かな、と思っていたら何と2時間半もかかってしまった。余分な立ち話が多かったからかな?しかし同じ3月末で廃線になる島原鉄道に付いての話やら、カメラの話やら新情報もあった。

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